第16話 時間魔法、人前で使えない問題
俺は決闘が決まってから数秒、とても大変なことに気付いてしまった。
――――時間魔法、人前で使えないから、これ放っておいたらボコられて終わる奴だな?
しかも決闘って、俺の苦手分野詰め合わせパックじゃん、と。
というのも、俺は弓矢や投石などの遠距離攻撃と、逃げも位置取りも出来るパルクールが得意。つまりそれは、『逃げて遠くから殴る』が強い証拠だ。
もっと言うなら、『逃げずに近距離で殴り合う』のが苦手だから、そういうスタイルを取っている、ということ。
剣術? 指南役に「坊ちゃま才能ないですねぇ……」と渋い顔されたさ。
魔法? 家庭教師に「弓があればお気になさることはありませんよ」とフォローされたさ。
そう。俺は時間魔法とそれに関連する技能だけが強くて、他は軒並みドベである。兄弟でも最弱。カスオブカスなのだ。
お蔭で冷や汗だらだらである。あーやっべー。マジでヤバい。詰みが近い。ひぇえ。
「えっと……な、何か巻き込んじゃったみたいで悪いな」
そんな風に話しかけてくる主人公。「おっと。味方をしてくれたのに、オレとしたことが名乗り忘れてたな」と奴は胸を張る。
「オレの名前はイグナ。魔法特待生だ。その、オレが原因で決闘なんかすることになっちまったみたいだし、何か困ってれば手伝」
「助けて」
「へ?」
「助けてくれぇええええ! 俺、俺そんな強くないよ! 魔法そんな得意じゃないし! 剣とか全然使えないし! どうしようヤバい! 痛いのやだ!」
「お、おぅ……。お前その情けない感じでよく仲裁に入ってきたな……」
イグナはドン引きの構えで俺を見つめている。しかし俺は、イグナに見捨てられたら汚名を被るか、ボコられるかのどっちかなので必死だ。
実は俺の今の能力値って、正面対決がマジで向いてないのだ。逃げて時間止めて弓矢か投石でボコるスキルセットなので、決闘は弱点そのもの。
「だから助けて……。お願い。お頼み……」
「分かった分かった! 元はと言えばオレの問題だし、そのくらい受けてやるよ。ただ、そっちで女の子転びっぱなしだからさ。まずそっち助けていいか?」
「もちろん。じゃあ放課後にまた会う感じでいいか? ここは他の貴族からも目をつけられやすいみたいだし、校舎裏で」
「お、おぅ……。何かいきなりシャキッとしたな。そうだな、分かった。じゃあ放課後な! ええと」
「クロックだ。クロック・フォロワーズ」
「おう! よろしくな、クロック!」
イグナはそう言って手を挙げ、それから貴族に弾かれた女の子を助け起こしに向かった。俺はそれを確認しつつ、目的を達したな、と元の道を戻る。
すると俺を出迎えたケイトが、何故か満面の笑みでこう言った。
「クロック様物凄い情けなかったです! 数年前から変わってませんね!」
「人がいいのは見てたら分かったし、
「思ったよりしたたかですよねクロック様。平民みたい」
「貴族の身分の人間が平民みたいにしたたかだったら最強だろ」
「なるほど……」
ケイトを丸め込みつつ、俺は「やべ、昼飯まだ食ってない」「ご用意してますよ? どこかのどかな場所で食べましょうか」とケイトとともに移動する。
さて放課後である。
俺が校舎裏に控えていると、「おう! クロック!」と駆け寄ってきた者がいた。赤髪のツンツン頭。主人公ことイグナである。
「よ、イグナ。来てくれて助かる」
「お前こそやる気だな? 聞いたけど、お前結構偉い貴族と繋がりあるらしいじゃん。そっちから圧力掛けたら、決闘なんてする必要ないって聞いたぜ?」
男見せようってかこのこのー、とイグナが肘で突いてくる。俺は何のことだ? と考え、ああエヴィーの話か、と納得した。
「そうか。その手があったか。確かにエヴィー様に話を通せば……」
「おい。オレの感心を返せよ」
イグナは半目で俺に言う。俺は慌てて取り繕う。
「いやいやまぁまぁ。乗り掛かった舟だし、ひとまず手伝ってくれ」
「あー、やる気がなくはないのな? ならいいけどよ……。それで? 手伝うって言っても、何を手伝えばいいんだ? 決闘ってほら、アレだろ? 一対一でさ」
「そうだな。加勢してもらうわけにはいかない。だから」
俺は昼休みから今まで考えていた案を、イグナに提案する。
「……俺の師匠になってくれないか?」
「……師匠?」
「そう。師匠」
俺は考えたのだ。『ファンタジア・アカデミア』という作品において、主人公イグナがどんなキャラであったのかを。
主人公イグナは正義漢で熱血漢。昭和のアニメ主人公……をちょっとマイルドにして平成に寄せたみたいな性格だ。
だから困った人がいたら絶対に助けるし、強きを挫き弱きを助けるマインドが徹底されている。俺みたいな保身野郎とは比べ物にならない聖人である。
一方能力はどうかと言えば、率直に言って『強い』の一言だ。
火をメインにした詠唱魔法の遣い手で、詠唱しながらガンガン剣で切り込んでいく武闘派。
物語初期でも学生相手にはほとんど負けないし、終盤においてはそれこそ魔王相手でも、最後の覚醒後に圧倒しっぱなしで勝利する。
そんなイグナにどんな援助を求めるのかと言えば―――師匠役になってもらうのが良い、という風に俺は考えた。
善人だし根気よく付き合ってくれるし、別のエピソードでも他人を訓練して強くするというものがあってうまくいってたし。完璧な作戦である。
「師匠……オレが師匠か……ふーん」
ふーん、とか言って明らかに嬉しそうな顔になるイグナである。奴は噛み締めるように「師匠、師匠ね……」と呟いてから、ドンと自分の胸を叩いた。
「分かったぜ! じゃあこれからはオレが師匠だ。以後は師匠と呼ぶように」
「了解イグナ」
「何も分かってないな?」
そんな訳で、主人公イグナ大先生による、決闘に向けての訓練が始まったのだった。
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