第17話 イグナ流詠唱魔法

 決闘までの一週間、俺は剣と魔法の両方をイグナに習うことになった。


「ふっ、くっ!」


「よっ、ほっ、せやっ!」


 まず剣での打ち合い。俺も一応貴族で剣の教育は受けているから、全くできないことはない。


 できないことはないが……やはり才能に長けた人物が、俺よりもずっと努力したそれに比べれば、格差は歴然だ。


「ぐぁっ!」


 俺はイグナの剣に吹き飛ばされ、尻餅をつく。イグナはそんな俺を見降ろして「どうしたもんかな」と頭を掻く。


「クロック。お前、剣じゃないだろ、メイン武器。多分弓矢とかじゃないか?」


「え、剣で撃ち合うだけでそんなことまで分かんの?」


「戦闘慣れしてる感じと、剣の実力が不釣り合いだった。つーかお前強いだろ。決闘が苦手ってだけで」


「……」


 マジかこいつ、と俺は冷や汗をかく。全部当たりだ。何だこいつ。


 そう無言でいると「ちょっと驚いたろ。戦闘ってのは対話なんだぜ」とイグナは俺を助け起こす。


「武器を打ち合わせれば、相手の人となりが見える。クロック。お前はお茶らけてるけど、こと戦闘においては冷徹もいいところだ。視線の先が怖ぇんだよお前」


「……俺、どこ見てた?」


「遠距離なら狙えそうな急所。剣だから届かなかったけど、弓矢の遠距離戦なら何度殺されるタイミングがあったのか、オレでも分かんねぇ」


 お蔭で何度背筋が冷えたか。とイグナは苦笑して見せる。俺は自覚がなかったので、「なるほど……」と感心しきりだ。これ、普段は隠した方がいいな。


「だから、オレから提案だ。クロック、お前剣は捨てろ。今からじゃ無理だ。適正もない」


「ズバッと切られたな」


 まぁ家での指南役にも言われたから知ってたけど。


「代わりに、魔法教えてやるよ。多分その方が性に合ってるんじゃないか?」


 イグナに言われ、俺は考える。確かに、今から一週間、みっちり剣をやったところで使い物になる自信はない。


 かと言って、詠唱魔法を始めとした、普通の魔法も身に付けられるかどうかは微妙だが……。


 ここは主人公イグナを信じよう。


「分かった。一旦魔法に絞って教えてくれるか?」


「ああ! ……何かいいな。こういうの。師匠っぽくていいな!」


「男が無邪気でも可愛くないぞ」


「いきなり何だお前、こわ……」


 どつき合いながら、俺たちは魔法訓練に移行する。






 魔法訓練に際し、イグナは最初にこう言った。


「先に言っておくが、オレの詠唱魔法は実践式だ」


「実践式?」


 魔法。この世界の魔法は、大まかに分けて五種類存在する。


 筆記魔法ルーン文字詠唱魔法ドルイド、変身魔法、召喚魔法、錬金術。


 これをまとめて、五大魔法という風に呼称する。


 その内、このオーレリア魔法学園において、主に教わるのは詠唱魔法と錬金術になっていた。


 さてその詠唱魔法だが、基本的には祈るように、聞き心地のいいように、という風に学校では教わる。


『神よ! 我が敵に火球の裁きをもたらしたまえ! ファイアボール!』


 という感じだ。


 ……のだが、そういえば、確かにゲームのイグナはそう言う感じじゃなかったな。


「そうだ。オレがオレの師匠から習った実践式詠唱魔法―――通称口喧嘩流。相手をバカにして、こき下ろして、徹底的に貶める。そうすることで敵よりも優位に立つんだ」


「……まさに口喧嘩って感じか」


「ま、そうだな。ひとまずやってみっか。あ、言っとくけど、悪口はあくまで詠唱魔法だからな。真に受けんなよ?」


 イグナは俺の前に立つ。武器は無手。息を深く吸い、話し始める。


「―――クロック、お前は臆病者だ」


 その言葉は、俺以上に、世界に語り掛けているような印象だった。


「思考に時間を割きすぎる臆病者。躊躇いと逡巡にまみれ、動かす体は一歩遅い」


 イグナは動かない。だが、言葉が先行して、俺ににじり寄っているという感覚がある。


「動きの遅い臆病者は」


 トンっ、と軽い調子で、イグナは前に進む。俺の胸に手を当て、弾き飛ばすように押す。


「炎に巻かれて死んじまえ」


 俺がイグナに押されてよろめいた直後。


 俺が立っていた足元から、まるで俺個人を狙ったような炎が上がった。


「うぉお!? あっつ!」


 俺は炎の直撃を免れつつも、その熱に「わぢゃっ」と倒れこむ。すると先回りしていたイグナが、俺の背を支えるように手を回した。


「っと。大丈夫か? ま、こんな感じだ。言葉を介して、相手の存在価値の低さを世界に訴える。すると魔法は対象を正確に見定め、その悪口度合に比例して威力を増す」


「口が悪い奴が強い魔法なのか……」


「まぁそうだな。クロック、お前口悪いだろ? ぴったりかと思って」


「……誉め言葉として受け取っておこう」


 俺は体勢を立て直しつつ、考える。なるほど、原作でも何度か戦闘は見ていたが、原理的にはそう言うことだったか。


 とするなら、決闘相手の貴族のことを知っておく必要があるな。何かうまく情報を集める手段はないもんか。


「さ、やられっぱなしってのは癪だろ? お前からもやってこいよ、クロック」


「ん?」


 気づけば距離を取り直したイグナが、俺に向かってちょいちょいと指を曲げている。


「え? 俺からもやっていいのか?」


「そりゃあお前の修行だろ? ほら、いいから。師匠に手加減無用だぜ? 今更悪口で傷つく精神でもないしな」


 そう挑発するイグナは実に嬉しそうだ。師匠役というだけで上機嫌なのだろう。俺はしばらく悩んでから、こう言った。


「――――――――――――――――――――――――――――――――――――」






 結果。


 校舎裏では結構大きめのボヤ騒ぎが起こり、『入学早々何があったんだ!』と教師の間で騒ぎになったという。


 俺とイグナは早々に逃げ出し、見つからずに問題になることはなかったが……。


「クロック、今度オレ相手に詠唱魔法使うなら、オレはお前の師匠を下りる」


 心底傷ついたのか、泣きそうな顔になるイグナに、俺はただ「ごめん、本心じゃないからさ……」と謝るしかないのだった。

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