第29話 お見舞い連戦

 エヴィーは俺のベッドの横に座るなり、持ってきたらしいリンゴを、ナイフでシャリシャリと皮をむき始めた。


「……エヴィー様、リンゴお好きでしたっけ?」


「普通よ。何その質問」


「いやぁ……」


 普通に考えたらお見舞いの絵面なんだけど、エヴィーがまず普通じゃないので、俺は何事かを疑っていた。


 普通ってことは自分で食べる用なのかな……。っていうかナイフの使い方上手いの怖いな……。心臓を的確にえぐられそう。


 俺は何だか怖くなってしまって、布団を被りなおす。するとエヴィーが「寒いの?」と聞いてくる。


「いえ、別に……」


「そう」


 言いながらもリンゴを切り終えたエヴィーは、皿に切り分けたリンゴを並べて近くの小さな机の上に置いた。


 俺は訝しむ目でリンゴを見つめる。エヴィーが「何よ」と俺を睨む。


「いや、何か、動きがまるでお見舞いみたいだなぁと思って……」


「お見舞いよ! お見舞いじゃなかったら何だと思ってたのよ!」


 エヴィーの抗議に俺は目を丸くする。


「嘘だぁ! エヴィー様がそんな殊勝なことする訳ないじゃないですか! 絶対に『余計な騒ぎを起こしてくれたわね』って叱りに来たと思ってたのに!」


「怪我人を叱りに来たならそれは鬼畜よ!」


 だから、エヴィーは鬼畜だろ、という話をしているのだが。


 エヴィーは「この不忠義者!」と言いながら、叩く代わりにリンゴを一切れ俺の口に突っ込んでくる。俺は「もがが」と咀嚼。うまい。


「……確かに叱りに来た面はなくはないわ。クロック、お前は少し目を離すとすぐに厄介事に首を突っ込んで……。心ぱ、ごほん、管理するこちらの気にもなってほしいわ」


「ツンデレぶってもエヴィー様の性根は分かってますからね」


「何を言ってるのよお前は」


 心配と言い間違いをすることで、『本当は心配してるんだからねっ』というメッセージが伝わる、ということを分かってやっているのだ。


 エヴィーはそう言うことをする。俺は詳しいのだ。


 俺は視線を鋭くし、改めて警戒する。俺はお前の手の上で転がされないぞエヴィー。


「まったく……これだけアタシが目を掛けているのはお前くらいだというのに、いつになったらお前は忠義を返してくれるのかしら? クロック」


「ふーんだ」


「ぷっ、何よそれ。子供じゃあるまいし」


 子供だろ。


 何が面白かったのか、俺がぷいっと横を向くと、エヴィーは笑いだす。


 ……別に、忠義以外は返しているだろう、と思う。今回の件で頑張ったのは、一面ではエヴィーのためでもある。俺だってただ蔑ろにしているわけではない。


 主とは毛ほども思っていないが、友達くらいには思っているのだ、俺だって。


 そう思っていると、「まぁいいわ」とエヴィーは立ち上がった。


「ともかくそのリンゴでも食べて、養生していなさい。それと、今後は何か起こったら報告すること。あまり危険なことに首を突っ込まないこと」


「オカン……? もがっ」


 新しく二つ目のリンゴの一切れを口に突っ込まれる。


「それと――――自分の命の価値くらいは理解なさい」


 俺は雰囲気の変化を感じ取ってエヴィーを見上げると、エヴィーは俺を睨みつけていた。


 その表情は複雑だ。激情、冷酷さ、そしてどこか真摯な瞳。エヴィーは俺に、叱りつけるように、あるいは懇願するように言う。


「クロック。お前は確かに子爵家の三男で、家督を継ぐ立場ではないわ。けれどそれでも、平民とは決して命の価値が違うの」


「……エヴィー様?」


「誰かのために死ぬのなら、せめてアタシのために死になさい。他の誰かのために命を散らすなんて許さないわ。ましてやそれが平民だなんて……!」


 俺はそれを聞いて、ああ、イグナを庇って俺が死のうとした話が伝わってしまったのだと悟る。


「……ええと、エヴィー様」


 俺が言い訳をしようとして、言い訳をしたらタイム関連全部バレるから何も言えないな、と言葉に詰まったあたりで、エヴィーは言った。


「クロック、お前は何。お父様から、何と仰せつかったの」


「……それは、その」


「何」


「……エヴィー様の世話役、ですが」


「そうでしょう。なら、それをまっとうなさい。お前は、たった一人のアタシの世話役なのよ?」


 エヴィーは言って、俺の肩の辺りの服を、くしゃと握る。


「主と関係なく死のうとする世話役が、どこにいるというの……!」


「……エヴィー様」


 エヴィーは下を向いて、絞り出すように言った。その顔は赤く、口はわななき、声は震えていた。


 沈黙。俺もエヴィーも、何も言わない時間があった。しかし、俺が下手な慰めの言葉を吐く前に、エヴィーは一人で立ち直った。


「……見苦しいところを見せたわ。アタシの用件はこれだけ。体の調子が良くなったら、アタシの寮に顔を見せに来なさい」


 以上、と言い捨てて、エヴィーは立ち去っていった。俺はその後ろ姿を見送ってから、呟く。


「……まぁ、俺は誰が死にそうな場面でも、俺が死ぬことは絶対にしないが」


 自分の命が一番大事なので、言われるまでもない話である。とはいえ他にも色々言われたので、可能な範囲で世話役の務めを果たすとしよう。


 さて、これで寝られるな、と俺は寝床に体を預ける。すると再びガラガラ! と元気よく病室の扉が開いた。


「クロック! 目覚めたって聞いたぞ! うぉおお本当に起きてる! やっと目が覚めたかこのぉ~!」


「ああイグナか。元気だな」


 自分も満身創痍、という恰好で現れたのは、イグナだった。イグナはダッシュで俺のベッドの傍によって、俺の手を掴んでくる。


「クロック、お前はオレの恩人だ。ありがとう。起きたらまず、それを伝えたかったんだ」


「えぇ重……」


「重いって何だよ重いって! それで言ったらあの場で『俺ごと焼いて自分だけでも逃げろ』とか言われる方が重いわ!」


「間違いないわ」


 何にも言い返せなくてビックリした。


 そんな風にしていると、何やら見覚えのある美少女三人が、「イグナ! まだ安静にしなきゃって言われてたでしょ!?」「ここ!? 見つけた!」と駆け込んでくる。


「……わぁ」


 以前もちょろっと見た、本編ヒロイン三人である。イグナもしかしてアレか? とっくにフラグ立て終わってるのか?


 モテ男がよ……、と俺は目を細める。俺くらいの年だとそろそろ婚約者見つけなきゃなとか言われるんだよな。言われたんだよな親に。


 仲いい女の子とかエヴィーとノワールしかいないのに、そんなの無理だろ何言ってんだ。片や身分が遥かに高い公爵令嬢、片や反社筆頭勢力の魔女である。無理筋ど真ん中だ。


 一方本編ヒロイン三人組は、俺を睨みつけてくる。


「アレがイグナを巻き込んだって言う貴族……?」「うわ……最悪だ……」


 めちゃくちゃ嫌われてますやん。しかも巻き込んだんじゃなくイグナから絡んできたんだしね。


 そんな俺とヒロイン三人の思惑をガン無視して、イグナは元気に話し出す。


「オレさ、今回の件で未熟さを痛感したよ。タイムの、いやタイムさんの強さを見たら、オレなんてまだまだだ」


 タイム


「クロックは気絶してたから分かんないと思うけど、タイムさんはすっっっっっっっっごかったんだぜ! あれはマジですごかった! 何をしたかさっぱり分からないくらいだ!」


 能力の正体掴まれたらこっちも困るから、なるべく理解されないように努力してるもんなぁ、と俺は思う。


 矢を撃ったら、わざわざバレないように立ち位置を戻しているのだ。我ながら涙ぐましい努力だよなこれ。


 っていうかアレだな。イグナの物言いアレだな。まるでタイムのことを尊敬してるみたいだな。


「今回の一幕で、オレ、タイムさんの大ファンになっちまったよ! 弟子にして欲しいくらいだ。あの人あんな強いのに優しくてさ、本当にすごい人なんだぜ……!」


 じゃないわこれ。イグナはいっそ、うっとりした様子で言う。俺は「そうかぁ……」とちょっと引いている。


「よ、よっぽどのものを見たんだな、イグナ」


「……何て言うかな、衝撃だったんだ。オレだってまぁまぁ強いつもりでいたけど、次元が違う戦いって言うのを見せつけられた」


「おぉ……」


 実際時間が抜けるから、一次元分違うのは正しい。物理的に。


「オレは打ちのめされたよ。こんな世界があるのかって。でも、タイムさんは言ったんだ。『君はもっと強くなる』って」


 言ったね。何か意気消沈したから、『ここで主人公イグナのメンタルが折れるのはマズイ!』って励ました思い出がある。


「だから、オレ、強くなりたいんだ。強くなるんだ。そう決めた。でだ!」


 イグナは俺の手を握り締めてくる。


「クロック! オレと組んで、冒険しないか!? 学園では冒険者登録も許可されてるし、そこでの実績で評価も伸びる。だから、オレの仲間になってくれないか!?」


「おぉ?」


 俺は思わぬ申し出を受けて、目を丸くする。タイムはともかく、俺自身も思ったより好感度を得られていたらしい。


 これは破滅の危機を大きく逸れたんじゃないか? と少し希望にイグナを見返す――――と、その後ろでヒロイン三人が、とっても渋い顔をしていた。


 すごいな。ゴキブリが仲間になるんじゃないかってくらい嫌そうな顔だ。


 こんな嫌そうな顔向けられたのは流石に人生初めてで、驚きが先に来ている。


「……ちなみに、その後ろの三人は」


「ああ! 紹介が遅れたな、この三人は俺のパーティメンバーなんだ」


 イグナが喜ばしそうに、三人を手で示す。イグナの視線が向いた瞬間に、三人の表情がパッと明るくなる。


「あはは……よ、よろしく~……」「で、でもまずは怪我を治してからだよね~……話はそれからって言うか~……」「……パーティの男はイグナ一人で良い……」


「この通り三人ともクロックを歓迎してくれてるんだ。是非仲間になってくれないか!?」


 おい嘘だろ。イグナ中心で集まってるのにイグナがそれを理解してないじゃん。


 三人が俺に向ける視線は、嫉妬と嫌悪を混ぜ込んだようなものだ。すでにイグナは相当三人の好感度を稼いでいるらしい。いい奴ではあるからな間違いなく。


 しかしこれは……と俺は逡巡する。


 加入すればヒロイン三人から針のむしろ。加入しなければ破滅回避ルートが遠のく……。


 ぐっ……お、俺は、どんな状況でも、俺の命が一番大事なんだよ!


「じゃ、あ、……よろしく」


「おぉおお! ああ、よろしくなクロック!」


 イグナは俺を感極まって抱きしめる。その背後で「私もされたことないのに……!」とヒロインたちがショックに目を剥いている。


 そんな訳で、俺は今後、主人公パーティでも活動することとなるのだった。


 ……どうかな。まずいかな。パーティ追放とかされないかな。







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