第30話 薬瓶の魔女メディ
病室でひとまず寮の自室に戻っていいと診断され、俺は数日ぶりに自室に舞い戻った。
「愛しの我が家~!」
家というか部屋だが、慣れた寝床というのは安心するもの。
俺はテテテ、と軽い足取りでベッドに一直線に向かい、そして倒れこんだ。ああ……我が愛しのオフトンよ……やっぱ他の布団と自分のオフトンは違う……。
オフトゥンを抱きしめながら、俺は大変に癒される。帰ってきた感がとても強い。そしてやり切った感も。
「もー! クロック様ったらだらしないんだから」
病室からここまでの荷物持ちを買って出てくれたケイトが、そんなことを言う。
―――あの後病室でイグナたちとワチャワチャやっていたところ、「んむ……何ですかぁうるさいですねぇ……」と何者かの声が、俺たちの間に上がったのだ。
布団の下から聞こえた声に、俺とイグナは瞠目しながら視線を交わした。それから布団を剥ぐとケイトの姿が現れたものだから、それはもう驚いた。
話を聞けば、ずっと付きっ切りで看病していたのはケイトだったという。だが眠ってしまって、俺の目覚めに気付かなかったと。
ヒロイン三人からはいかがわしい目で見られたが、マジで寸前まで寝込んでいた身である。完全に潔白だ。
結局俺の潔白を信じてくれたのはイグナだけだったが……。というか、イグナは疑ってすらいなかった。
そんな訳で、回復までの数日はケイトが世話をしてくれた次第である。何だかんだちゃんと仕事してるよなぁ、と感心する思いだ。
そうして部屋に戻ってきた俺たちは、やっと人心地ついた気持ちになる。
「でも、無事に起きてくださって何よりでした。わぁああ……。つきっきりで看病して大変だったので、寮に戻って寝ていいですか? つきっきりだったので」
「何だ恩着せがましいな。何が欲しいんだ」
「今度街でお菓子つめ合わせ買ってください!」
「はいはい。おねだりばっかり上手になるなこのメイドは」
「えへへ……。クロック様お優しい~」
すり寄ってくるケイトを撫でつつ「ほら、苦労を掛けたな。さっさと帰って休め」と俺は言う。
「でも帰るの面倒ですね……。ここで寝ちゃだめですか?」
「バカ言うな。早く帰れ」
「クロック様の意地悪~!」
んべっ、と舌を出して、ケイトは出ていった。「まったく」と俺は肩を竦める。
そうして、部屋が静かになる。これでやっと落ち着けるな、と思うと、窓辺から、ぺとっ……ぺとっ……、と音がした。
「ん? ……何だ?」
見れば、暗闇の中でカエルが窓を叩いている。
……カエル? この二階に?
俺は何か尋常ならざる事情を感じ、窓を開いた。すると途端に煙を吹いて、カエルだったものが俺の部屋に転がり込んできた。
「わっひゃ~! 変身はやっぱり苦手ですぅ~!」
「うぉおっ、何だ何だ」
部屋に充満する煙を手で払うと、そこにいたのは魔女帽をかぶった、緑髪の少女だった。
「……魔女……」
俺は念のため右手に時計を握りこんで背に隠してから、緑髪の魔女に誰何する。
「お前誰だ?」
すると魔女は「はわわっ」と飛び上がって立ち上がり、俺に深々と頭を下げてこう言った。
「クロック様、お初にお目にかかりますぅ~! 私は『時計派』の魔女の一人、『薬瓶の魔女』メディと申しますぅ~!」
ぺこー! と深々とお辞儀しすぎて、よれよれの魔女帽が落ちてしまう始末。
何とも気の緩む挨拶に警戒を解きそうになるが、俺は一応まだ時計を握りこんでおく。
「話は聞いてないが」
「あ、ええっとですね! その、あの、の、ノワール様からはその、秘密で来ちゃったと言いますか何と言いますかどうしても会いたかったといいますか!」
俺のことも『時計派』もノワールのことも把握している。ということは、情報はすでにすべて得ているらしい。
後はノワールが来れば裏取りができるが……と思っていたら、ちょうどいいタイミングで窓から黒猫が飛び込んできた。
軽やかに窓辺に着地し、そこからぴょーんとメディの頭上に跳び上がり―――人間の姿に変身。
黒猫はノワールの姿へと変わり、思い切りメディの襟首をつかんで地面にねじ伏せる。
なんてダイナミックな制圧だ。魔女とは思えない。
「メディ! あなた、とうとうやりましたわね! あなたはとてつもなく優秀なのに、本当に堪え性がなくて! アレだけ辛抱なさいと言ったでしょうに!」
「ひゃあああっ! ノワール様ご勘弁を! だって! だってノワール様だけずるいんですもん! 私だってクロック様にお会いしたかったんですもん!」
「だからと言って勝手を御逢いしようとすれば、クロック様のご迷惑になるでしょう! よくよくお考えなさい!」
そして物凄い剣幕だ。流石に見かねて、俺は「まぁまぁ」とノワールを諫める。
「いずれ紹介してくれる予定だったんだろ? そこまで怒らなくても……」
「いいえ、クロック様! お言葉ですが、時計派の魔女は全体的に若く、常識に欠ける者が多いのです! 統制はその分厳しくしないと!」
「若いって何歳だよ」
「平均して百歳ほどです!」
「若くねぇよ」
百年生きてて常識が身につかないって何だよ、という気持ちと、平均して百歳という年齢を若い扱いできるノワールは何歳なんだろう、という疑問にさいなまれる。
思いながら、俺はノワールとメディを見下ろした。
外見的には二人ともエヴィーよりも幼く見える。だが年齢は百歳以上。ノワールと比べると確かにメディはいくらか若く見えるのも確かだが。
……もしかしてアレか? サバトって若作りババア集団か? 時計派はロリババア集団なのか?
そんなことを考えていると、ノワールはメディを見事完全封殺したらしく、メディの頭を掴んで自分と一緒に俺に土下座してくる。
メディの額が地面にぶつかってガツンと音がする。うわぁそんなに何度も叩きつけなくても。
「大変! 大変なお目汚しをどうかお許しくださいませ! ほら! メディも謝りなさい!」
「あっ、ぎゃっ、いひゃっ、ごべんなざい~~~!」
メディは額を打ち付けられ、子供のようにギャン泣きしている。とても百歳前後には見えない。
「……俺は許すから、ノワール、その辺で」
「はい、承知いたしましたわ。クロック様が寛大で良かったですわね、メディ」
「ありがどうございまずぅ~!」
やはりびぇーと泣いているメディ。それに、ノワールは改めて言った。
「では、失礼ながら、改めてメディをご紹介いたしますわ。クロック様、こちらはメディ。時計派の魔女で最も若い『薬瓶の魔女』にございます」
「よ、よろしくお願いしますぅ~……!」
「お目汚ししてしまいましたが、非常に優秀な魔女です。まだ生け贄の用意など、魔王復活作戦に参加したことはありませんが、その才能は飛びぬけています」
ノワールは、さらに溜めて言う。
「この通り未熟者でございますが……天才とは、メディのような者を言うのだと思いますわ」
「へぇ……そうなのか」
原作では出てこない魔女なのにな、と思う。だが、ノワールがそこまで言うなら、相当なのだろう。そもそもノワールって幹部だし。折り紙付きだ。
とはいえ、一旦泣いているメディをあやすとしようか。
俺は苦笑しつつ、「それで」とメディの気を紛らわせに掛かった。
「何でどうしても会いたかったんだ? 何か理由があれば聞くぞ」
「はっ、はいっ! あの! あのあのあの、クロック様に一つ、ご質問がございまして! どっ、どーしても聞きたくて、参上してしまいました!」
「ああ、何が聞きたいんだ?」
俺は努めて優しく尋ねると、「はいっ!」とメディは目を輝かせる。
「クロック様は、爆弾に興味がございますか!? 火薬! 毒薬! その他さまざまな兵器に!」
その質問と、その目の輝きの歪さに、俺は改め思い出す。
時計派は、俺の味方になってくれる魔女たちだ。だがどこまで行っても―――魔女は魔女なのだと。
メディは言う。
「もしご興味がございましたら、是非役立たせてほしいのです! そしてクロック様の時間を超えた知識をいただいて―――さらなる発展を遂げたいのです!」
俺の背筋に、ヒヤリとしたものが伝う。
メディ。そんな魔女を俺は知らない。原作では出てこない、重要度の低い魔女なのだろう。
だが、俺が知識を与えれば、メディはきっと萌芽する。
科学とは、天才とはそういうものだからだ。あのノワールがそう言うのだから、きっとそうなる。
メディはきっと、俺の現代知識を糧にその才能を芽吹かせ、花開き、さらなる可能性をもたらしてくれる。
だがそれは、便利と危険の両側面を持ち合わせていた。
俺はごくりと唾をのむ。
―――悪辣さは変わらないまま、しかし俺を気に掛けてくれるエヴィー。
―――俺を仲間に迎えてくれるイグナに、それを嫌がる本編ヒロインの三人。
―――そしてノワールを振り切って現れた、時計派の次なる魔女、天才メディ。
もはや、原作の流れは大きく逸脱している。大きな流れが来ている感覚と同時に、うねりの先の運命が全く読めなくなっている。
だが、俺はすべきことをするだけだ。時間魔法の有用性をさらに活かすなら―――メディの手を取らない理由はない。
俺は恐怖を押し殺して、笑う。
「もちろんだ、メディ。君の力になろう。その代わり、俺に力になってくれ」
「はいっ!」
俺は魔女の手を取った。
消したはずの時間魔法の時計が、チックタックと音を立てていた。
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