第28話 噂が早きこと風のごとし

 クロックが疲労困憊で寝ている間、それはもう大騒ぎだったという。


 何せ、唐突に校内を血まみれで歩くイグナが現れたのだ。しかも意識を失った俺を背負って。


 そのイグナも、ある程度人に囲まれて安全を確信した途端に、意識を失って倒れたという。


 だが、結局先に起きたのはイグナだった。クロックは起きる気配がないので、先にイグナから取り調べが始まった。


 イグナは、こう語った。


「学園の生徒が、魔術に手を染めてた。それに惹かれて『サバトの魔女たち』が現れ、そしてその魔女を倒すために『時計仕掛けの大魔法使い』タイムがやってきた」


 『サバトの魔女たち』の名は平凡な市民でも知っているようなテロリスト集団だ。だからその名前を聞いて全員が息を呑んだ。


 だが、続く『時計仕掛けの大魔法使い』の名に、飲み込んだ息を吐きだせなくなった。


 その話は、校内を一瞬で駆け巡った。何せ俺たちの世代の子供は『時計仕掛けの大魔法使い』タイムの歌を吟遊詩人から聞いて育った世代である。


「おい聞いたか!? 『サバトの魔女たち』が学園の敷地の端に現れたって! あの国際指名手配集団の!」


「っていうか、ウチ、何か魔術に傾倒してる奴が居たらしいな。それで勘づいて現れたって聞いたぞ」


「ああ、聞いた! で、ここからが本題だ。……魔女を倒したのが『時計仕掛けの大魔法使い』タイムって、聞いたか?」


「聞いた聞いた! 数年ぶりに話聞いたよ! マジかよおい!」


「俺あの話好きでなぁ……。いや、本当に、マジかよとしか言いようがない」


「でもさ、ってことはやっぱりタイムってサバトを狩りに動いてんのかな」


「多分そうだろうな。うわー、会いたかったなぁタイム……くぅう」


 温度感としてはそんな具合で、教師陣は緘口令を敷こうとしていたが、翌日にはもう手遅れになっていたという。


「生徒たちの騒ぎをとめろ! 大ごとになるのだけは避けるんだ!」


「失礼します。オーレリア王立騎士団です。詳しくお話をお聞かせ願えますか」


「えッ!? う……は、はい。どうぞ、こちらです……」


 サバトの被害は、クロックが把握して時計派に手を回させたものを除けば、まだまだ甚大だ。原作知識で分かる範囲は潰したが、それでも知らない事件が勃発していた。


 その所為もあって、話を聞きつけた騎士団による介入は非常に早かった。眠りこけるクロックは放置してイグナに聞き込みが入り、そして戦闘現場に昼にはたどり着いていた。


 そして、あの惨状を目にしたのだ。


「……これは……!?」


 幻覚の壁に隠されていたおびただしい魔術空間。そしてそれを真っ赤に染め上げるこびりついた血の床に死体の山。


 一日経ってなお乾ききっていない血の床に、倒れ伏し動かなくなった大量の異形の死体はひどい悪臭を放っており、騎士団の騎士でも思わず吐くものがいたほど。


 そしてその最奥に、魔女らしき死体と、茫然として動かない上級貴族の子息にあたる生徒が座り込んでいた。


「これを、一人でやったのか……? しかも、イグナ少年の話を信じるのなら、一瞬で……」


 調査する騎士団の一人が、恐怖をにじませる声でそう言ったという。


 騎士団はそれを重く受け止め、『サバトの魔女たち』に対する厳戒態勢を敷くとともに、再びタイム捜索に注力することを決定した。


「数年前に現れたタイムが再び現れサバトを狩ったのなら、サバトはタイムを捨ておくことはしないだろう。全力で始末しにかかるはずだ」


 騎士団長は語る。


「恐らくすぐの話ではない。タイムはもっと多くの魔女を狩る。だがその時が来れば、恐らくサバトは大攻勢を仕掛けるだろう。―――我々騎士団は、そこを叩く」


 つまり、と騎士団は言う。


「タイムは生餌だ。サバトに先んじてその情報を得る必要がある。タイムの行動の是非についてはサバトを潰した後に議論すればいい。総員、タイム捜索に注力せよ!」


『ハッ! かしこまりました、騎士団長殿!』


 そのように方針は決まり、騎士団は動き出す――――











「で、最後にあたしだけ、『まだ目が覚めてないクロック君の話を聞きこみしてから帰ってこい』って命令されちゃったんだよね~」


「……ハハ、ソウデスカ……」


 俺は寝起きに数年ぶりに再会したオリアナを前に、冷や汗だらだらで相槌を打っていた。


 オリアナ。VSノワールの際に居合わせた騎士団員である。オレンジの髪に天真爛漫さは据え置き、胸部のサイズは数年前に比べてもだいぶ増している。


 俺からの話は、タイム視点を除いたクロック視点でどうにか事なきを得た。


『イグナを庇って逃がそうとして焼かれた。だが異形の肉壁で生き残った。失神してそこからは何も分からない』


 イグナの話とも矛盾がなかったからか「おっけーおっけー!」とオリアナは軽く流してくれた。俺を見て反応もなかったから、疑われてはいないらしい。


「ところでタイム、本当のこと教えてよ」


「……はい?」


「……なーんちゃって! えへへ、ごめんね。あたし実は、騎士団でも唯一タイムに会ったことある人間でね、クロック君ちょっと面影あるな~って思って」


 ――――油断ならねぇぇええええ! こっわ! 今冷や汗ぶわって出たんだけど!


 オリアナ、思ったよりも恐ろしい相手かもしれない。俺は愛想よく振舞いつつも、オリアナに対する警戒を強める。


「んー……じゃあこんなものかな! ご協力ありがとうございました~! クロック君、お大事にね!」


「はい、オリアナさんも頑張ってください」


「うん! また何か分かったら教えてね!」


 もう二十手前だろうに、天真爛漫さを全身で表すように手を振りながら、オリアナは去っていった。


 ……あの雰囲気で鋭いの怖いわ。しばらく話してると油断するもん。


 でもオリアナはちゃんとこっちのことを見てるわけだ。何それ怖すぎる。近づかないようにしよう。


 俺は重い溜息をつきながら、「疲れた、寝よ……」とベッドに倒れこむ。


 直後ガラガラ、と俺の病室の扉が開いた。


「失礼するわよ、また勝手に騒動に巻き込まれたそうね、クロック」


「……これはこれは、エヴィー様」


 まだ眠るには早いらしい、と俺は一つ覚悟を決める。







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