第27話 時間の裏の
時は『羽ペンの魔女』クイルとの戦闘時にさかのぼる。
時間を止め、大広間に『時計仕掛けの大魔法使い』タイムとして再登場した俺は、タイムの姿で腕を組んでいた。
「なぁティン」
「何やボン」
「……こいつさぁ、何発矢を撃てば死ぬかなぁ……」
眼前には全身に
具体的には、以前ノワールと戦った時に軽く処した、めちゃくちゃ腕の長いムキムキの男の二倍三倍ほど逞しかった。
マジでデカい。一人二メートルは余裕である。成長した俺でも見上げるくらいある。クソムキムキのクソデカ男たちだ。
「分からへんけど百発とか撃ったら流石に死ぬんちゃう?」
「えー? めちゃくちゃ居るんだけど。数十発でどうにかなんないかこれ」
「いや知らんけど。ワイも勘で言ってるだけやで?」
「いやまぁそうか、そうだよな」
俺は唸るしかない。マジかよこれ。
とはいえ、面倒くさい、で放置は絶対に出来ない問題だ。やるしかない。
……魔女クイルをサクッと殺して終わり、じゃないのが厄介なんだよな。原作で魔女を最初に排除したら、奴隷全員暴走モードに入ってバッドエンドだったし。
「……ま、時間はそれこそ無限にあるからな」
コツコツやっていこう。俺は頷いて「どーしよっかな~」と歩き出す。
「ん? ボン、どこに行くんや?」
「んー? ほら、あんまり過剰に撃つのも疲れるからさ。実験用の目立たない個体探したくて」
「実験って何や?」
「何本で一体死ぬのかの実験。一体三十本で死ぬところで二百撃ったら大変どころじゃないだろ」
めちゃくちゃ数いるしな。マジで何人いるんだろこれ。
俺は考えに考えて、端っこの個体を選んだ。
「まずは……十発いっとくか」
ティンからもらった矢を適当に打ち込んでいく。5、6、7。……ん?
「ティン、矢切れた」
「ああ、こっちにあんで」
「サンキュ」
ティンが補充用においてくれた大量の矢を補充しに戻る。けど一旦確認のために、俺は元の位置に戻って時間を動かすことにした。
「元の体勢こんな感じだったよな?」
「よー正確に覚えとんな」
「時間停止能力ってあんまりバレたくないじゃん。移動にも使えるってバレると何か良くない気がするんだよな」
「ボンはビビリやなぁ」
「ビビリで何が悪いんだよ。強いだろビビリ」
というかこう言うのは、本来なら慎重と言うのだ。俺はムクれながら時計のボタンを押しこむ。
トッ、という音。
まぁダメか。まだまだ死ぬ様子はないらしい。まぁまだ七本だしな。
「なっ、何よぉ。驚かせて、何も起こらないじゃなぁい!」
魔女が何か言ってる。俺は軽く煽っておく。
「哀れだな。お前は何に怯えている」
「はっ、はぁ!? お、おび、怯えてなんていないわぁ! あたくしは、お、お前の肥大した噂になんて転がされないのよぉ!」
「そうか」
俺は時計のボタンを押しこんだ。
「よし次だ」
「ボンは真面目やなぁ。性格は悪いのに」
「コツコツやるぞ~」
俺はティンの茶々を無視して、矢を補充する。
次に打ち込むのは十発だ。戻って時間を動かすと。トトッと短い音が続いた。
まだまだだな。魔女クイルが何か言ってるけど、適当にいなしておく。
時間停止。
「つぎぃ! 十五発!」
「刻むなぁ」
「無駄矢撃ちたくないからな!」
鍛えてるからマシだけど、俺だって人並みに百本とか矢を撃ったら、手が痺れるし疲れるのだ。鍛える前は二十本でもうダメダメだった。
時計のボタンを押しこむ。時間を動かす。トトトッと短い音。まだダメかぁ? 時間停止。
「次は三十本!」
「おお、倍やな」
「そろそろ俺はこいつらの硬さに震えてきてる」
弓矢用の手袋を持ってきてもらってよかった。まだまだ撃てるぞ。すでに飽きてるけど。
撃ちこみ、時間を動かす。トトトトッ、と音がする。
「あ、あっは、あっはははははっ! お、驚いたわぁ! タイムが、敵を前に悠長に、時計のボタンを押すことしかできないなんてぇ!」
クイルが何か言っているが、アレは鳴き声なので黙殺。
時間停止。
「次は四十本! この辺りで終わってくれ! 頼む!」
「祈っててワロタ」
撃ちこむ。さぁ、そろそろマジで頼むぞ。これで死んでくれ! もうヤバいんだこっちは!
時間よ動け!
体勢を元の場所で元のポーズに戻した俺は、トトトトトッという短い音と共に、「ぷぎぇっ」と悲鳴が上がるのを聞いた。
――――うぉぉおおおおおおおっしゃぁぁぁあああああああ!
内心で大歓喜である。良かった! ここで終わって本当に良かった! マジで良かった!
「……な、に、今の、声は」
クイルは動揺する。道を開けて死んだ奴隷の姿を確認する。わーグロ。やったの俺だけど。大変だった~。
「たっ、タイムぅっ! おまっ、お前、お前は! お前は一体、な、なにを、何をやったのよぉ!」
クイルが慌てて俺に聞いてくるので、俺はドヤ顔で告げた。
「102本」
「……は……?」
「102本だ。お前の異形の奴隷が死ぬ矢の数は、102本。102本の矢を一度受ければ、お前の奴隷は死ぬ」
これが俺の研究成果だ! お前が人体で研究した仕返しだ! ふはははは!
……テンション上がり過ぎてるかな。ちょっと落ち着いた方がいい?
「……? ……っ、……ぃっ!」
クイルが何か泣きそうな顔になっている。と思ったら逆切れしてこう叫んだ。
「―――奴隷たち! あのッ、あの男を殺しなさぁい! 今すぐ、あいつを八つ裂きにして、原型も残さないようにするのよぉ!」
途端一斉に走ってくる奴隷たちだ。お、助かるね。
というのも、固まっていたから矢を撃って処しづらかったのだ。これで一体一体に隙間ができる。
「あっ、あはははははっ! タイム! おまっ、お前はこれで終わりよぉ!? だっ、だって、あたくしの奴隷は一体辺り、ベテランの銀等級冒険者と同じだけ強いの!」
クイルは言う。いやそんなこと言われたって、殺せる矢の数はもう把握したし、意味ないけども。
「そんな奴隷たちが、総勢86体、一斉にお前に襲い掛かったのだから、いくら強いお前でも」
おっ!? マジ!? 奴隷の数、自分から教えてくれちゃう!?
「ありがとう」
「え……?」
俺は思わず礼を言ってしまう。
「奴隷の数を数えるのは、億劫だった。86体だな。ならば計8772本の矢があれば全滅するというわけだ」
「なっ、何を……っ?」
途方もない数だが、まぁコツコツとやるだけだ。
あとは奴隷たちが広がり切るまでひきつけてひきつけて――――
――――時間停止、と。
時が止まる。一番いい位置に。奴隷たちが揃って大きく広がるように走るその瞬間で。
すると、ティンが現れた。「なぁボン」と俺に声をかけてくる。
「その数の矢、本当に撃つんか?」
「え? 何をいまさら」
「いや、な? 何ちゅーか、流石にその量ヤバないか? って、ちょっと引いてる言うかな?」
何とも歯切れの悪い物言いで、ティンは俺に聞いてくる。
「確かにそれだけの矢を撃てば、確実に魔女の奴隷たちは一掃できるやんな」
「ああ」
「けど、八千……九千本も矢を撃ったら、ボンの手は擦り切れてまうで? もっとこう、いい方法あるんちゃう?」
「いい方法って?」
「……いや、浮かばへんけども」
ティンは言う。俺は何となくティンの意図が分かって、肩を竦める。
「ティンなりに俺のこと心配してくれてんのか?」
「ファッ!? い、いや? 全然ボンのことなんか心配してへんけど? ふっ、ふん! あんたのことなんて、全然心配してないんだからねっ!」
「ティンがツンデレセリフ言ってんのはだいぶキモイ」
「やんのかゴラァァアア!」
「ティンの沸点マジで分かんないんだよな」
俺は首をひねる。だがそれはそれとして、こう答えた。
「心配してくれるのは嬉しい。けど、今の俺にはこの方法しかないんだよ」
もっと威力のある武器を用意するにも、もう状況は整ってしまった。後は矢を撃つだけ。八、九千の矢を撃って、皆殺しにするだけ。
俺だってもっと強い武器があればそれを使いたい。素の俺がもっと強ければ、こんな面倒で大変な方法は避けたい。
だが、俺にはこれしかないのだ。時間魔法以外においては、凡人でしかない俺は、根性と根気で物事を成し遂げるしかない。
だが、ティンは食い下がる。
「あっ、ほなアレはどうや!? そこで座りこんどるボウズが教えてくれた詠唱魔法!」
「魔法は止まってる時間の中じゃ使えないだろ」
すでに試した。魔法は、この静止した時間の中では働かないのだ。
「じゃ、じゃあボンが前に言ってたバクダンいう武器は」
「調合があるから、時間停止中は無理だ」
粉の火薬をどうこうというのは、時間が動いている間しかできない。しかも材料も揃える当てがない。最初からできる余地があるならそちらから当たっていただろう。
「……ボン」
「仕方ないだろ。だから、やりきるしかない。矢の調達だけ、任してもいいよな?」
「……せやな。任せろ。それだけは、ワイがやったる」
しょぼくれるティンを、犬相手にするように撫でて、俺は立ち上がる。
「ふぅー……さ、やることやるか」
まずは102発。俺はティンから矢を受け取り、放つ。
至近距離だから、狙う時間がないのはありがたかった。それでも疲れなどがかさみ、体感時間で、十五分くらい。
一体で十五分。八十六体で……。
「ハハ、二十時間かよ」
やば、と呟きながら、俺は淡々と矢を撃っていく。
それからの時間は単調だった。二十時間連続射撃。百発撃てば手がしびれ、二百発で手袋が擦り切れ、五百発で手から血が出た。
あと、この十……何倍だ? 俺は乾いた笑いを上げ、息を吐く。
「良かった、時間が経てば治ること知ってて」
俺は時計を自分に当てて針を進める。少しだけでも進めれば、小さな怪我は治った。ついでに、手袋の時間を戻せば擦り切れる前になった。
「こりゃお得だな」
肉体の疲れは癒える。だが、心の疲弊する感じがあった。飽きるのに飽きているというか。そう言う感じ。
だが、やり遂げるしかない。やり遂げるしかない。
イグナの命が掛かっている。エヴィーの命が掛かっている。延長線上で俺の命だって乗っている。
俺は死にたくない。
だから万全を期すのだ。
俺は続きに戻る。
百発、二百発、三百発。手に限界が来る。時計で治す。次に移る。
どんどん撃っていく。やることが単調で何をやっているか分からなくなる。それでも撃つ。
撃つ。撃つ。撃つ。何度も何度も、至近距離で連続で。
淡々と、淡々と。つまらないと思うからつまらないのだ。面倒だと思うから面倒なのだ。
たった二十時間の連続射撃だ。一回六秒程度。狙いを定める時間もない。淡々とやれ。二十時間くらい、一日にも満たないだろ。
死ね、死ね、死ね、死ね。俺は意識を無にして矢を撃つ。忘我し過ぎて痛みを忘れる。撃てなくなって手を見たら、手袋も破けて血が流れていた。
「やべ」
時間を進めて治す。続ける。何が何だか分からなくなる。
単調作業。二十時間。一回六秒。休みなし。
集中。
「ボン……」
何も聞こえない。
俺は淡々と撃ち続けるだけだ。すべきことをするだけだ。無限の時間があるなら無限に使ってやればいい。あとは俺の根気の問題だ。
俺は、自らの根気のなさで起こる、誰かの犠牲を良しとはしない。
だからやり切れ。やり切れ! やり切るんだよ!!!
体を時計でいじれば、眠くはならなかった。怪我も時計でいじれば治った。他にも不都合があれば時計を使った。
魔力は切れない。この数年間、ちゃんと訓練をしていたから、この孤独な戦いの中でも切れることはない。俺は連続して一週間時間を止め続けられる。
だから。
「だからこれで、終わりだ」
最後の矢を放つ。矢が最後の異形の奴隷の前で停止する。俺は重くため息を吐く。
「おぉ……! やりきったなぁボン! 8772本、本当に一日がかりで打ち切って……! ほんま、ほんまお疲れさまやで!」
「マジで疲れた……」
俺は二十時間のぶっ通し射撃で、疲れのあまり泣きそうだ。俺は凡人なんだぞ。誰か労ってくれ。ティンに労ってもらってるわ。ありがとうティン。
「さて、じゃあ結果を見ようか」
「ボン? 少し休みぃや? いや、時間停止中で魔力も減ってるから、休み切れんのはあるかもしれんけど」
「いや、最後までやり切る。休むのはこれが終わってからだ」
俺は元の立ち位置に戻る。それから、時計のボタンに触れる。
その瞬間、ひどい不安に駆られた。
「……」
俺は思う。もし殺しきれなかったらどうしよう、と。
「……、……」
もし殺しきれなかったら、余裕がある位置の相手なら、もう一度時間停止で何とかなる。
だが、眼前のこいつが死ななかったら?
俺は疲労困憊だ。殴られれば一撃で沈む自信がある。そうすれば多くが死ぬ。
「……、……、……!」
俺は唇をかみしめる。心臓が鳴っている。怖い。誰かの命が俺の指先に乗っているのは、怖い。
なら、もっと撃つか? いいや、もうこれ以上撃ったって仕方がない。今の俺に必要なのは、ただ勇気だ。勇気だけがあればいい。
「すぅー、はぁー……」
深呼吸を挟む。腕の震えを見つめる。大丈夫、きっと大丈夫……!
「ああ、クソ。頼む……ッ!」
俺はトップハットを目深に被りなおし、意を決して、時計のボタンを押しこんだ。
時間よ、動け。
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