第8話 時間魔法で大変身!
下着姿で消えていったゴロツキ三人を見送ってから、俺は時間を止めていた。
「ボンも酷いことするなぁ。ちょっと身ぐるみはがそうとしてきた相手の服を奪うなんて……ん?」
「ちょっと石で転ばせて、やろうとしたことを返しただけだろ。おあいこって奴だ」
俺は言いながら、連中の服を地面に並べる。
「まぁ当然だけど、デカいな」
「まぁボンはボンやし。今何歳やっけ」
「十三歳」
「連中は十七、八くらいやったな。どないするん?」
「実は秘策がある」
俺がにやりと笑うと、ティンは少し考えて「ああ! そういえばぴったりの能力があったな!」と目を見開いた。
俺は頷いて服を脱ぎ、時計を自分に押し付けた。それから、時計の針に直接手を触れ、クルクルと回す。
すると、すくすくと俺の体が成長し始めた。何度か回転させると、俺の体はすっかり十八歳相当のものになる。
「前世がある分、こっちの体の方がしっくりくるな」
ということで、時間魔法の新しい機能、【成長】である。機能が未知数な部分も多い時間魔法だが、こういう使い方があるのだと最近知った。
俺はちょうどよい具合になった体で、連中の脱ぎ捨てていった冒険者服を好みに合わせて着込んでいく。
「うぇ、これ臭いな。あ、でもこっちは頑丈そうだ。それにこれを合わせて、これとこれで、最後に顔を隠して……っと」
「お、ええやんけ。見事にすねに傷のあるタイプの冒険者や」
「すねに傷がある言うな」
秘密を隠してるのはそうだけど、別に悪い秘密ではない。
周囲にあった水の張った桶を覗き込むと、ティンの言う通り、顔を隠す必要がありそうな冒険者、と言った風情の姿がそこにあった。
うん、いいじゃんいいじゃん。いかにも過去には触れないでくださいという姿だ。敵意がない限り触れられまい。
俺は頷いて、ティンにサムズアップして時間を動かす。ティンも犬の前足で、サムズアップを返して消えた。何であいつ犬なのに親指立てられるんだ?
周囲に喧騒が戻ってくる。
俺は再び冒険者ギルドの前に立ち、その扉をくぐった。
ギルドに入ると、表通りとはまた違った雰囲気の喧騒がそこにあった。荒事になれた人々の、威圧感のある声が行き交っている。
そして俺が足を踏み入れた瞬間、それが一瞬消える。俺を値踏みする視線が走る。
こえー、と内心思いながら、俺は平然を装って歩き出した。
喧騒が戻る。冒険者らしい冒険者の姿だったからだろう。見咎められはしなかったらしい。
俺はカウンターに行き、そこにいる受付嬢に声をかける。単発の、若い受付嬢だ。
俺はなるべく、低い声で言う。
「冒険者を始めたい」
「はーい。どんなお仕事をする予定ですか?」
反応カジュアルだな。
「荒事を回してくれ」
「傭兵業に近い感じですね。じゃあ鉄の剣の冒険者証をお渡ししまーす」
鉄製のドッグタグのようなものを渡される。彫り込まれているのは交差する剣のマーク。原作でも出てきた冒険者の証だ。身分証明になるらしい。
「失礼ですが、お名前をお聞かせ願えますか? 必要なら代筆いたしますが」
識字できるというのは知られない方がいいな。名前は、本名はもちろんNGだから。
「タイムだ。代筆を頼む」
「承知しました、タイムさんですね。では、そちらに並んでおりますご依頼の内、鉄等級のボードに貼られているものがお受けできます」
案の定だが、最下級の依頼以外は受けられない、というところだろう。俺は「分かった」と頷いて、冒険者証を首から下げる。
ということで、冒険者タイム、爆誕である。俺は早速、鉄等級の依頼を眺める。
といっても、すでに取り掛かる依頼は決まっている。
「……これだ」
俺はその依頼を手に取る。鉄等級相当の依頼。内容は、山の迷子の捜索だ。
だが、これは単なる迷子ではない。邪教『サバトの魔女』による拉致事件である。原作では鉄等級の冒険者がこの依頼に挑み、そして消えた。
人生初の、本当の危険。ここから、俺の破滅エンド回避、あらため、破滅エンド妨害活動が始まる――――
「ねぇ君、その依頼『外れ』だよ」
と思ったら水を差された。
「……誰だ」
「え? 何よ、不愛想だな~。親切で声かけて上げたんじゃん」
プン、とちょっと怒った風な声に、俺は振り返る。
そこに立っていたのは、オレンジの髪をしたハツラツとした少女だった。
……うん、知らない奴だな。全然知らない奴だ。原作でも見たことない。
「ま、でも最初に名乗るのは筋と言えば筋か。あたしはオリアナ! 君と同じ鉄等級の駆け出し冒険者!」
そう言って胸を張るオリアナだ。年頃は多分十五、六くらい。
にしてもこう、胸を張るとアレだな。運動してる子は発育がいいですねってなるな。
というか、オリアナ? 見た目は知らない奴だけど、名前は何かちょっとだけ覚えがあるぞ?
「ほらほら! 君も名乗ってよ!」
「……タイム」
「タイム! タイムってあのハーブの? へへ、あたしもオレンジから名付けられたらしくってさ、似た者同士だね!」
植物繋がり~、と腕を組んでくるオリアナだ。めちゃくちゃ馴れ馴れしい。というか腕にふくらみが押し当てられている。
「……何を言っている」
「だから、その依頼『外れ』だよって教えてあげてるんじゃん!」
オリアナはむくれながら言う。俺は再度依頼を確認する。
「……時間に対して実入りが少ない、ということか」
「そうそう! だからオススメしないよ~? それより、あっちの方がオススメ!」
オリアナは違う依頼を提示してくる。だが俺は、それを無視して尋ねた。
「何が目的だ」
「え、何その言い方ひっどーい! っていうか、話の流れで分かんない?」
「……?」
「もー、察し悪いなぁ。だーかーらー!」
オリアナはむっとしながら、オリアナが持つ依頼書の『人数制限』の欄を指さす。
「ここに、二人以上って書いてあるでしょ?」
「ああ」
「で、君は冒険者になりたてでパーティを組んでない」
「ああ」
「そこで、あたしことオリアナちゃんがパーティを組んであげよう、と言っているのです!」
ふっふーん! と胸を張るオリアナだ。俺は渋面になる。
「いらん」
「何でよー! 一人じゃ依頼受けらんないでしょ~?」
だって別に、情報だけあれば依頼とか要らないし。というのは原作を知る身だからこその発言だろう。
っていうか、オリアナ、オリアナ……。
……あ、思い出した。こいつアレだ。
「ね~え~! せっかくだからパーティ組もうよ~! そんな外れ依頼やめてさ~!」
この依頼を受けて行方不明になった冒険者だ、こいつ。
一人でギルドを出たら無理やりついてきやがったので、俺は仕方なくオリアナと臨時パーティを組むこととなった。
「もー! 結局あの外れ依頼受けちゃうし……。頑固なんだから~!」
オリアナは文句を言っている。じゃあ付いてこなくていいだろ、と俺が睨むと、何故かオリアナは「でも嬉しい!」と笑顔を向けてくる。
「えへへ! 実はパーティ組むの初めてなんだよね~! 今まではほら、鉄等級だったからさ? 一人でできる雑用みたいな依頼ばっかりで~」
オリアナは、俺がほとんど喋らないのに、何をモチベーションにしているのかずっとこの調子だ。マジで無限に喋っている。
……原作の正史でオリアナが行方不明になったのは、狙っていた依頼が二人必要で、この『外れ』依頼が一人でも受けられるものだったからだろうか。
どちらにせよ『外れ』を受けてしまうのだから、オリアナは不運というもの。正解は分かっていたのに、地獄に足を踏み入れてしまった。
「狙った依頼は受けられなかったけど、パーティ組めると何か賑やかで楽しいね!」
「……そうか」
そんなことを言うオリアナと共に、俺は山道を登っていた。
この辺りで迷子が出たのだ、というのが依頼書の情報だ。俺は依頼書を見下ろしながら、この道をまっすぐ行った先の廃村が怪しそうだと目星を付ける。
「それでそれで!? タイム、弓背負ってるよね! その弓で戦うの!?」
興奮気味に尋ねてくるオリアナに、俺は辟易する。
「……そうだ。弓で戦う」
「そうなんだ! えへへ!」
ウザイ。子犬かこいつ、と思いながら、俺は顔を背ける。
「でも、矢は背負ってないの? 魔法で補充するとか?」
「企業秘密だ」
「あたしはね、この双剣で戦うの! 力はないけどすばしっこいからって褒められてね! それ以来これなんだ!」
オリアナは両の手に短剣を握り、「しゅばっ」と格好つけている。俺は早足で先に進む。
「お~い~て~い~か~な~い~で~!」
「……」
涙目でついてくるオリアナに、俺は眉間にしわを寄せっぱなしだ。下手したらエヴィル以上に厄介かもしれん。何だこいつ。
「追いついた~。えへへっ」
めちゃくちゃいい笑顔で、オリアナは俺にそう言った。それに俺は、渋面を深くする。
俺は思案する。一応この先は、『サバトの魔女たち』が潜んでいる危険地帯だ。この能天気を連れているのは、少し不安だな。
迷子はすでに死んでいる可能性があるし、入り込んだ時点でサバトは俺たちを消しにかかるはず。
襲い掛かってきたら、どう対応すべきか……。
そう思いながら歩いていたら、道が開けたことに気付く。山中の廃村だ。
この辺りで迷子になった、というのが依頼書。そして敵が潜んでいるだろう場所もここ。
つまり俺たちは、すでに戦場に立っている。
「あ、迷子がいそうなのってこの辺りだよね! おーい! 迎えに来むぐっ」
「騒ぐな」
俺はオリアナの口をふさいで、周囲の気配を探る。
と言っても、俺は別にそういう訓練を積んできたような熟練ではない。ただ、先に相手を見つけられればいい、というだけだ。
先に相手を見つけられれば、よほどの相手でもない限り、俺が勝つ。そう言うことができるのが、時間魔法の強みだ。
俺がわざわざ変装までしたのは、存分に時間魔法を使うためなのだから。
「……」
しかし、気配がしない。
しないな……。全然わからん。本当は別に居ないんじゃないの? ってくらい気配がしない。物音一つしない始末だ。
俺は一歩踏み出す。だが何もない。もう一歩踏み出して、周囲を見回す。何もいない。
腕を組んで考える。何か間違ったかな。そうやってしばらく悩んでから、気づいた。
静かすぎやしないか? と。
俺は振り返る。そこには、今まで一緒にいたオリアナの姿がない。
「……なるほど」
敵は思ったよりも狡猾らしい。
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