第7話 裏工作、開始

 実のところ、俺の破滅エンド回避案は、二種類ある。


 一つは、言わずもがな我が主予定のエヴィルの更生。彼女が悪役令嬢マインドを捨てて品行方正にすごしてくれれば、破滅エンドは回避できる。


 だが前回の邂逅で、エヴィルをどうこうというのは中々苦しい可能性が出てきたので、俺は第二の案を進めることにした。


「ボン、的の周りが逆針山みたいになっとるで」


「知ってる」


 休日の昼のこと。時間を止め、俺は同じ的に百発の矢を打ち込んでいた。弓矢は俺から離れ、的から十センチという距離で静止している。


 俺から離れた物体は、他の物体同様に時間が停止する。その性質を利用すれば、俺は敵に矢や投石などで、同時に複数回の攻撃を加えることができる。


「動け」


 時間が動く。同時に百本の矢が的に突き刺さり、その威力に的が一気に粉々になった。


「止まれ」


 俺は再び時間を停止させる。それから、「うん」と頷いた。


「強めの敵相手でも通じるレベルの攻撃になったな。ティンはどう思う」


「どうって、この一撃のために小一時間もまじめやなぁとしか」


「静止世界に時間とかあんの?」


「ティンダロスの猟犬の体感時間は優秀やでぇ?」


 ドヤ顔になるティンだ。俺は肩を竦めつつ、ティンに尋ねなおす。


「だからそうじゃなくて、これ、強い敵相手の実践に使えるかって話をしてるんだよ」


「そりゃあ使えるやろ。いきなり目の前に矢が現れて死なない奴は、めったにおらん」


「よし」


 俺は頷く。異世界だから少し心配していたのだが、流石にそんな異常な反射神経の奴は、このファンタジー世界にもそういないらしい。


 するとティンが逆に聞いてくる。


「にしても、ボンは一体何を考えてるんや? 時間魔法の静止時間も、この数年でめちゃくちゃ伸ばしてるやろ。魔力とか、今エラい量になっとるんちゃうか」


「ま、したいことがあるからな」


「したいことぉ? ……ふっ、ボン。気持ちは分かるけどな~、えっちなことはダメやでぇ~?」


「しないわ」


 この下世話犬が、と嫌らしい笑みを浮かべるティンを睨む。


「じゃあ何がしたいんや」


「シナリオブレイク」


「はぁ?」


 訳が分からない、という顔をするティンに、俺はこう言った。


「そろそろ、本格的に活動するのにいい時期なんだよ。付き合ってくれ」











 俺の破滅エンド回避策。その第二案は、『エヴィルがラスボスに体を乗っ取られないようにする』というものだ。


 詳細に整理しよう。ラスボスこと魔王は、エヴィルの体を乗っ取ってこの世界に現れる。悪の心と高い魔力適性のあるエヴィルは、魔王の器に最適なのだ。


 だが、エヴィルの資質だけで勝手に魔王が乗り移るわけではない。裏で準備が整えられるからこそ、そう言う事態になってしまう。


 では、その『魔王がエヴィルの体を乗っ取る準備』とは?


「魔王再臨を望む邪教『サバトの魔女たち』が整える、魔王の魂召喚の儀式だ」


 サバトの魔女たちは狡猾に戦力を整え、騒ぎを起こし、そのうやむやに紛れて準備を整える。


 つまり俺がすべきことは、『サバトの魔女たち』の邪魔をすることなのだ。


 だが、流石に原作をやっていても、敵組織の動きともなると完璧に把握するのは難しい。俺も掴んでいるのは、大まかな流れくらいのもの。


 しかし逆に言えば、大まかな流れは掴んでいる。


 ならば、そこから逆算して、その邪魔をしに動けばいいのだ。


「ほーん。まぁ理屈は分かったわ。ほんで? 何でワイはボンを乗せて城下町まで走っとるんや?」


「俺が疲れないだろ」


「ボンは猟犬使いが荒いでホンマ」


 そんな訳で、俺はティンの背中に乗って、城下街を目指していた。


 城下街。つまりフォロワーズ子爵家側の街だ。平たく言えば地方都市である。


 城下街の盛況ぶりは基本的に領主の手腕次第で、一度だけ連れてこられたことがあるが、その意味ではウチの小悪党親父は、領主としては悪くないらしい。


「別にメイドちゃんに言い含めてるし、時間は気にせんでもいいと思うけどなぁ~」


「バレたらコトだろ。早く帰るに越したことない」


 ちなみに、そのまま抜け出してきたわけではない。


 お付きのメイドことケイトに「数時間屋敷から離れるから、ごまかしはよろしく」と言い含めての隠密行動である。


 報酬に、今日から三日間の俺のおやつは、すべてケイトのものとなった。欲張りな奴である。


「ほれ、ついたで。ここがフォロワーズ子爵領城下街や」


「助かった。礼を言うよ、ティン」


「おう。じゃ、用事があったらまた時間止めてな」


「分かった」


 俺はそう告げて、時計のボタンを押しこんだ。同時、時間が動き出す。


 すると、喧騒が俺を包み込んだ。


 街角で人を呼び込む屋台の人々。会話をしながら行き交う雑踏。不審者を咎める警邏隊。停止状態でも多いと思った人々が、活気に溢れていた。


 さて、と俺は歩き出す。原作ゲームに、街の地図があって助かった。おぼろげな記憶ながら、迷うことはないだろう。


 俺は雑踏を潜り抜けるようにして、目的地を目指す。そうして、そこにたどり着いた。


「冒険者ギルド……!」


 これが噂の、俺は期待に胸を躍らせる。それから、「やべ、今の姿だとマズイ」と思い直す。


「正体を隠して活動する必要があるんだから、変装しないと」


 俺は適当な路地に入る。するとそこには、ガラの悪いゴロツキが居た。


「あぁん? 何だぁ、お前?」


「おい、よく見ろよ。あの姿、どこぞのボンボンじゃねぇか?」


「こりゃあツイてるぜ! 服を剥いで売れば高値になりそうだ! うまくやれば身代金もとれそうだなぁ」


 ニヤニヤと笑いながら、俺を囲いだすゴロツキたち。俺はにっこりと笑って言った。


「いやぁ、俺も助かるよ。お前らみたいなクズは、痛めつけても心が痛まない」


「は?」


「止まれ」


 時間を止める。すべてが停止する。俺は適当にその辺で拾った石を手に取り、持ってきたスリングに仕込んだ。


 静止状態でひゅんひゅんと回す。そして鋭く放つ。狙うは足。それを三人、人数分だ。


 連中の足の寸前で、石が空中に静止する。


「動け」


 そして時間が動き出す。放った石は一斉にゴロツキたちの足に突き刺さり、盛大に転ばせた。


「いってぇぇええ!」「ぎぃっ、な、なんだぁっ?」「足、足がぁ!」


「よし。じゃあ目には目と行こう。お前らは俺の服を欲しがった。だから俺は、お前らの服を貰う」


 転んだゴロツキの中でも、一番偉そうな奴の髪を掴み上げて、俺は脅す。


「服を脱げ。ああ、でも俺は優しいから、下着は脱がなくていいぞ」







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