第51話 主人公の運命力
ひとまず俺は立ち上がり、一つ咳払いをする。
「……奇遇だな、少年。何故ここにいる」
「えっ!? い、いやぁその、な、なりゆきで……」
そんななりゆきがあるか。
……と思うが、原作ゲームをやっている身としては、ちょっと想像できなくはないのが困りどころだ。イグナ、マジで成り行きで最悪の事態寸前の場面に遭遇とかよくやるからなぁ。
ま、詳しい話はあとで聞くとしよう。俺は一歩前に出る。
「そうか。では詳細は後回しだ。その魔女を狩るぞ」
俺がそう言うと、魔術書の魔女グリモアは色めきだった。
髪はよれ、伸ばし放題。目つきの悪い瞳が、瓶底眼鏡の向こうから俺を睨みつけている。デカい魔女帽も相まって、森の奥の恐ろしい魔女の若い頃、といった風体をしている。
「なっ、そ、そんなついでのようにッ! タイム! この狂った時計仕掛けめ! どうしてここが分かった!」
「……それに答える義務は、俺にはない」
俺がそう答えると、グリモアはゲラゲラと笑いだした。
「ギャハハハハ! 答えたな! 答えているじゃないか! タイム、お前は存外、魔術に疎いな?」
そう言うと、グリモアは何処からともなく本を取り出した。人の皮の装丁の本。奴の魔術書だ。
「魔術書よ、刻印は済んだ! あの者を――――」
俺は、時間を止める。
「……何かあぶなそうな雰囲気だったな」
俺の魔法が常識的な奴だったら危なかったかもしれない。ふー、こわいこわい。
「おっ、油断せず時間止めよったな、ボン。エエでエエで~! 着々と時間魔法の使い方がウマーなっとるわ」
ティンのサムズアップに俺は肩を竦めつつ、ティンの背中の弓矢を取って構えた。
矢を三発。魔女は耐久性が高いが、防御力は高くない。
しぶといが、首を落とせば十分殺せる。それが俺の認識する魔女だ。
時間を動かす。
「――――ゲェッ」
俺が放った矢三つがちょうど首を切断して、魔術書の魔女グリモアは絶命した。首が宙を舞い、倒れた体の上に落ちる。
「……すっげ……」
そして目を丸くするイグナだ。俺は近寄っていく。
「無事か?」
「あ、は、はい! ……すげぇ。あの、何ともないんですか?」
「あれだけ隙が多かったらな」
「あいつの魔術、厄介だったんですよ。『問いかけに答えた者に、魔術書に記した制約を課す』~とか何とかで。すっげー苦戦してて負けそうだったんです」
それでグリモアは、あれだけ勝ち誇っていたのか。だがその制約とやらをそのまま食らう義理もない。
「そうか。だが隙が大きすぎた。俺の敵ではなかったな」
「――――はいっ!」
俺が格好つけると、目をキラッキラさせて、イグナは頷いた。両こぶしを握り締め、ブルブルと震わせている。
……何か反応にノワールめいたものを感じつつ、俺はイグナに向かう。
「それで、少年。改めて聞こう。お前は何故ここに?」
「あ。ええっと……タイムさんにわざわざ説明するほどのものじゃないと思うんですけど……聞きます?」
「聞かせてくれ」
「……分かりました」
バツが悪い、というよりは少し恥ずかしげに、イグナは話し始めた。
「その、オレ魔法学園の学生で、平民なんでダンジョンに潜って冒険とかするんですよ。でも最近集まりが悪くって、仕方ないんで街をうろついてたんです」
集まりが悪い、と言うのは、俺(クロック)が参加できていないことか? と俺は考える。
エヴィーに言われて数日ほど自粛中なのだ。ほとぼりが冷めたら戻る計画だった。
しかし、それだけで『集まりが悪い』という言葉は使うだろうか。
「まぁみんな事情がありますから、こういう時期もあるだろって感じで。で、そうやって時間を潰してたら、何か……怪しい連中を見つけたんですよね」
……みんな事情がある、か。俺以外に欠席者がいそうな物言いだ。後々そっちも調べてみるか。
「怪しい連中、か」
「はい。オレ、メイン通りよりも裏路地探検が好きっていうか、隅々まで歩く趣味があるんですけど、そこでこう……ガラの悪い奴らを見つけたと言いますか」
計画でサバトが引き入れた連中か、と俺は思う。
「この街、そういうの少ないじゃないですか。オレの故郷では多かったんですけど。で、尾けてみたら、この家に入ってきて、んでぞろぞろ出て行って」
「この家が怪しい、と当たりをつけたのだな」
「はい。つっても流石にたくさんいる中で突撃して暴れるのはヤバイと思ったんで、全員出てったかなってタイミングで乗り込んで調べてたら」
「この本に吸い込まれた、と」
「はい……。で、魔女と遭遇して、パニくりながら戦闘ですよ」
イグナはボロボロで、立って動けてはいるものの、全身傷だらけだ。俺は嘆息して、時計をイグナに押し付ける。
そして、時計の針を進める。イグナの体から、傷が消えていく。
「お、お、おぉぉ?」
「傷を癒した。その分体が老化するが、魔女と戦って生き残った経験も体に蓄積される。経験を失って傷がなかったことになるよりは、こちらの方が好みだろう」
「よ、よく分かりませんけど、はい! ありがとうございます!」
俺は帽子を目深に被って、「気にするな」と返した。ま、経験積んで強くなって欲しいのは俺の都合だからな。
そうしていると、空間がひずんでいく気配がした。俺は警戒する。
「魔女が死んで魔術書が破綻しようとしているな。俺が出てきた本がどれか分かるか?」
「えっ? あ、多分それです」
「では行くぞ」
俺はイグナの腕を掴んで、イグナの示した本に近づく。
と、外の時間動かしてなかったか。俺はさっとボタンを押して、すべての時間を動かしつつ、本を手に取った。
開くと、まばゆい光が俺たちの目を眩ませた。その間二秒ほど。
気づけば、俺たちは元の家の、悪趣味な人間解体室に戻っていた。出来たばかりの魔術書は、本にも関わらず溶けだしている。
「お、も、戻った……」
「無事だな。では少年、以後は気を付けることだ。鍛錬を欠かさないように」
俺はそれだけ言って、踵を返した。ひとまずグリモアを殺して、グリモアから情報を得たというカバーストーリーを構築できたしな。
と思ったら、俺の服の裾を掴んで、引き留める者がいた。
「……少年、何故掴む」
「あ、あのっ、タイムさん!」
イグナは、切羽詰まったような顔で、俺を見つめていた。歯を食いしばり、まっすぐな目で俺を見つめている。
「お、オレっ、強くなりたいんです! この街は、最近何だかきな臭くて、少し油断したら、また、オレは大切な仲間を失うんじゃないかって、だから!」
イグナは、俺に懇願する。
「オレのこと、鍛えてくれませんか! 少しでいいんです! タイムさんと居たら、オレ、何かがつかめる気がするんです! だから!」
「……ほう」
俺は、イグナの申し出に感心する。
元々強くなりたいみたいな欲求の、強いキャラであるとは認識していた。だが、タイムなんていう怪しさ爆発した奴に、頭を下げられるほどだとは思っていなかった。
俺は考える。イグナは、将来的にはさらに強くなって、魔王を倒すポテンシャルを持った人物だ。
だが、その冒険は、俺が先回りして動くと潰れてしまう。イグナはポテンシャルを発揮できずに、経験も積めず、最終的には魔王に勝てないかもしれない。
そもそもの前提だが、俺は楽に貴族生活を継続したい。魔王に挑むのはイグナに任せたい。イグナの後ろで仲間面して「やったー! イグナが勝ったー!」と喝采したい。
つまり、イグナが強くないと、困るのは俺なのだ。もちろん他複数の解決パターンは並行して進めているが、それはイグナルートを蔑ろにする理由にはならない。
だから俺は、ほくそ笑んだ。
「それはつまり、経験を積みたいということだな?」
「っ、は、はい!」
「俺に、修羅場に連れまわしてほしい、ということだな?」
「えっ、しゅ、修羅場……。は、はい!」
「悪党が蠢き、魔女どもが暗躍する戦場で、死ななければそれでいい。ともかく強くなるために地獄を見たい、ということだな?」
「……あ、あの、やっぱ考え直してもいいですか」
俺は盛大に笑顔になって、イグナの腕を掴んで引き寄せた。
「少年。お前の名は何だ」
「う、い、イグナ、です……」
「イグナ、お前を強くしてやる。だが、その過程で地獄を見ることになるだろう」
「……そ、その、参考までに、どんな地獄なのかだけ、聞いていいですか」
「俺はこの後、悪党どもと戦う予定に、サバトの魔女長と軽く殺し合う予定がある」
「えっ」
「では行くぞ。まずは悪党どもを皆殺しにする」
「いやあのっ、ちょっ、ちょっと待ってくれません!? あのっ、たっ、タイムさん!?」
「ハハハハハ!」
俺は笑いながら、イグナの腕を掴んで、意気揚々と歩き出した。
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