第58話 イグナ覚醒
ここで一度、原作イグナの能力変遷についてまとめておきたい。
原作ゲームにおけるイグナは、前述の通り義憤に燃える熱い男で、人情味にあふれたいい奴だ。
だがそんなイグナに対し、知っての通り魔女たちは、それはもう凄惨な光景を作り続ける。
学園はぶっ壊すし、街はガタガタにするし、最終的にはイグナパーティのメンバーも欠けることになる。
結果どうなるのかというと、イグナは闇落ち覚醒をする。
それはもう、えげつないくらい強くなる。
怒りと呪いが籠った罵倒の呪文は、短い言葉で絶大な威力を発揮する。長い詠唱になれば、それこそ地形が変わるほどになる。
原作ゲームにおいて、結局誰が一番強いのかといえば、魔王をボコボコにする最終形態イグナが一番のぶっ壊れだった。
何が言いたいか。
俺の『理不尽な師匠』大作戦は、最初の目的を達成したということだ。
「焼け死ね、魔女」
タイムの演技をさせている関係で、淡々とした物言いながら放たれた憎悪の呪文。
それと共に振るわれた一閃は、シャシーの大暴れでも生き残った人形たちを、轟炎の元に焼き払った。
「うわえぐ」
俺は離脱してクロックの姿に戻り、ローブを羽織って息を潜めながら、イグナの活躍に思わず呟いていた。
以前の羽ペンの魔女のシモベに、俺ごと焼く覚悟で放った炎と同じ威力である。この数日でだいぶ経験を積ませたが、怒りでここまで強くなるとは。
だが、見ていて思う。まだだ。まだ強くなる余地を感じる。怒りと鬱憤が渦を巻き、まだまだイグナは高みに上っていくという気配がする。
『……?』
タイムの様子が変わったからか、シャシー越しにアルビリアの困惑が見て取れた。
だが、アルビリアも冷静ではない。
『タイムッ! お前だけは、ここで殺す!』
シャシーの尻尾振り下ろしが、イグナ目がけてやってくる。先ほどの大暴れと違って、狙いすました攻撃だ。
俺なら、時間を止めてどうにかするしかないような攻撃。
だがイグナは、正面からぶつかった。
「蛇の丸焼きにしてやる」
剣閃に炎が追従する。イグナの剣と、シャシーの超質量攻撃。
勝ったのは、イグナだった。
ぶつかった場所から、爆炎が生じた。シャシーの尻尾が大きく炎を纏って吹き飛ばされる。
その煙が晴れた姿を見て、俺は目を丸くした。
シャシーの尻尾が、途中から輪切りにされ、断面を焼き焦がされている。
「『―――――――ッ』」
俺はイグナのポテンシャルの高さに、アルビリアはその攻撃の相性の悪さに言葉を失う。
ここまでか。ここまでやるのか、イグナ! かなりスパルタにしたつもりではあったが、ここまでの成長を見せてくれるのか!
イグナの攻撃は、シャシーにかなり有効だ。というのも、シャシーはアルビリア同様回復力に長けている。
つまり、尻尾を落とされた程度なら、すぐに生やしなおすことができるのだ。
だが、断面を焼かれてはそうはいかない。確実にイグナが、シャシーを、アルビリアを追い詰めている証拠だ。
俺は隠れながら、歓喜に体を震わせる。主人公らしさを見せたなイグナ! 俺は嬉しいぞイグナ!
「全員殺す……」
何か俺の手で闇落ちしちゃってる気がするけど、気のせいだよなイグナ!
ともあれ、イグナに関してはもう気にすることはないだろう。あいつなら十分に勝ってくれる。
俺は森を抜け、崖側に移動した。
いつものパルクールの要領で、すったか崖を登っていく。そして崖際にしがみつき、機を窺う。
『タイムぅッ! タイムぅぅううう!』
「死ね、焼け死ね。お前には、火刑がふさわしい」
俺が戻ってくるまでの数分で、気づけば一方的な勝負になっていた。
アルビリアの質量攻撃は、もはやイグナ相手には意味をなさない。一方イグナの攻撃は、防御力を貫通し、回復すら許さず焼き払う。
圧倒的。イグナの戦いぶりは、その一言だった。焚きつけた立場で言うのも何だが、正直えげつない。
かなりの全長があったシャシーは、すでに全長の半分を割っている。アルビリアの叫びは嘆きと涙の割合が多くなってきている。
―――さて、お膳立ては済んだ、というところだろう。ここからは、俺の頑張りどころだ。
「あーホントマジで、本当のこと全部ぶちまけたい。でももう戻れないか。全員のヘイト買いすぎだっつの俺」
俺はローブを羽織り、タイミングを見計らった。イグナは、シャシーの弱くなった攻勢に、さらに切り込んで追い詰めにかかる。
俺がこうして姿を変えて、アルビリアを助けに入る、という話はイグナにはしていない。というか出来ない。
何故ならそれは、俺が時間操作で背格好を変えられる、という能力をバラすことになるからだ。
実のところ、俺の年齢操作による変身は、俺の中ではトップシークレットに位置している。何故なら、全部うまくいかなくても、最悪姿を変えて逃げれば生き延びられるからだ。
逆に言えば、この能力だけはバラしてはならない。それは俺の、最後のセーフティーネットを失うのに近い。
それを、臆病な俺は、自分に許すことは出来なかった。
「それでこうやって命掛けるんだから、バカバカしいことこの上ないけどな」
それでも時間魔法と言う安全策は常にある。とはいえ危険を冒すことには変わりがない。
ああまったく、俺は安穏と暮らしたいだけだというのに。何で身内を敵に回すような真似を。
輪切りを繰り返され、シャシーはどんどん短くなる。ドラゴンめいた巨大な体躯は、みじめな芋虫同然に切り詰められる。
「終わりだ」
イグナは、縦に剣をふるった。ますます勢いを増す炎が、シャシーの体を縦に掻っ捌く。
「―――――っ」
そうして、とうとうアルビリアが露出した。シャシーの体液にまみれたアルビリアは、保護を失いどろっと地面に落ちる。
そこに、イグナが近づいていく。イグナは帽子を目深に被りなおし、アルビリアに近づいて剣先を突きつける。
「終わりだ、魔女」
「あ、う、うぅぅう……」
アルビリアは、歯を食いしばり、唸ることしかできない。手足は震え、草木を掴み、そして言った。
「……ごめんね、クロック。すぐ、そっちに行くから」
アルビリアが涙をこぼす。イグナが剣を振りかぶる。
俺は、崖をよじ登り駆け出した。
「ッ!?」
イグナの正面からアルビリアを掻っ攫う。イグナは困惑に剣をふるうが、当たらない。
何故当たらないか。それは、俺の魔術の効果だ。
『ローブの魔術』
効果は隠蔽。不可視。俺はローブで顔を隠すと、ほとんど不可視になる。鏡には映るが、あらゆる生物は俺を意識できなくなる。
そして、俺がローブに隠した相手も、同様の効果を得る。俺がアルビリアを抱えて逃げ出しても、イグナは動揺に視線を巡らせるしかできない。
「どこだ、魔女。何処に行った!」
俺が指示した耳栓が功を奏し、足音も聞き取れずイグナは俺を見つけられない。やたらめったらに火を振り乱し、暴れまわる。
俺はアルビリアを抱きかかえて、森へと突っ込んだ。獣道をひた走り、迂回する形で逃げ延びる。
腕の中で、アルビリアが目を丸くしていた。
「えっ、あっ、な、何で、クロック、えっ」
「タイムに襲われた時はどうなるかと思ったけど、さっさと情報吐いて死んだふりしたら何とかなった。悪いな、ちょっとだけ裏切った」
俺が冗談めかして言うと、アルビリアは涙をにじませて俺にしがみついてくる。
「ばかっ、ばかぁっ。ボクは、て、てっきり君が死んだって、ボクの所為で君がタイムに殺されたってぇ……!」
「心配かけて悪かった。これしか手がなかったんだ、許してくれ」
本当にこれしか手がなかったからな。二重三重に嘘を吐きまくりだ。エヴィーならもう少しうまくやっただろうかってレベル。
俺は果たしてつじつまを合わせ切れるのだろうか。破綻が今から怖くて仕方がない。
「……うん、ゆるす……」
涙を隠すように、アルビリアは俺の胸元に顔を押し付ける。俺はそうしながら、背後を気にする。
そこにあるのは、イグナの影。タイムに扮した奴は、炎を纏い、鬼気迫る雰囲気で佇んでいる。
イグナは、剣を振りかぶる。
「大方、そちらに逃げたのだろう?」
一閃。イグナの炎が、森を焼く。
―――ああクソ! やりやがったあいつ!
「アルビリア、しっかり掴まれよ!」
「っ、う、うん……っ」
イグナの火は燃え盛り、木々を次々に燃やし炭に変えていく。木々を媒介に、炎は俺たちを駆け足するように追い立てる。
クソッ、やりやがった! あいつ成長ついでに勘までよくなりやがって! 俺の制御できる範囲で強くなれこの!
俺は自前の足で、ただひたすらに走るばかりだ。イグナの火は、触れればマジで燃やされる。
「ギャー! こわい熱いこわい! 燃える燃える燃える!」
俺は全力で森を駆け抜ける。俺の必死さに当てられ、アルビリアは石になったように動かない。
木々は燃え朽ち、山は死んでいく。すべては、俺の嘘のためだけに。
だが、人の命には代えられまい。街も、アルビリアも、両立しえない命を守り切るためには、真実を捻じ曲げるしかなかったのだ。
森を抜ける。俺は呼吸が苦しすぎて、その場にぶっ倒れる。
すぐ後ろでごうごうと音を立てて木が燃える。だがそれでも、逃げ切った。
「ゼーッゼーッ、アル、ビリア……! 無事、か……っ?」
俺は、疲労に震える手を伸ばす。霞む視界の中で、アルビリアは俺の手を掴んだ。
「うん……っ、うん……っ! クロックのお蔭で、無事だよ……っ。ボク、生き延びられたよ……っ!」
アルビリアは俺の手を顔に寄せながら泣いていた。その様子を見ながら、俺は思う。
打てる手は打った。茶番はここまでだ。あとはどれだけ、アルビリアが俺に心を許すか。
人の心は、ここまでやっても分からない。少なくとも俺は少し俺のことが嫌いになった。
「覚えたぞッ! 姿なき魔女!」
森向こうから、恐ろしいイグナの声が上がる。
「魔女は殺す! すべて殺す! だがお前は真っ先に殺す! 覚えておけ! 姿なき魔女ォッ!」
「ひぃ……」
本当に怖い。マジで怖い。疲れ果てた今でも呼吸が止まるレベルで怖い。
まだ休んでいる場合ではない、と俺は疲れた体に鞭を打ち、アルビリアを背負い直して逃げ出した。
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