第57話 仕込みと無茶ぶりとローブの魔術師

 アルビリア戦の直前、俺は暇そうなイグナを確保して、これからの戦いの説明をしていた。


「イグナ、お前にはこれから俺に扮して、サバトの魔女長と戦ってもらう」


「嘘ですよね」


 イグナは顔を真っ青にしている。俺はトップハットを目深に被って、にこやかに微笑む。


「本当だ。ああ、安心しろ。もちろん支援はする」


「あぁぁああこれ本当の奴だ! マジでやらされる奴だ! タイムさんの鬼! 悪魔!」


 イグナは頭を抱えて悶え始める。よほど強敵との戦いが楽しみらしい。


 俺はうんうんと頷いて、説明をつづける。


「お前にはこれを渡しておく。剣の入った仕込み杖だ。基本的には襲い掛かってくる魔女の人形をこれで切り伏せ、巨大な蛇の攻撃は避けろ」


「い、いや、あの、役者不足というか、あの。いやちょっと待ってくださいこの剣ほっそ」


「普段使いの剣よりも脆いから大切に扱え」


 俺は言いながら、仕込み杖を渡した。中に剣の仕込まれた奴だ。


 イグナにタイムを演じさせる、という作戦を伝えたら、ノワールが用意したものだ。脆いが魔法威力が増す一品らしい。ただし脆いのは本当。


 俺は諸事情でイグナにプレッシャーを掛けたいので、そういうプラス効果は教えずに、首を振って突っ返そうとするイグナに押し付ける。


「え? 鬼畜? いつもより遥かに困難な場面を、いつもより弱い武器で挑まされようとしてますか俺?」


「そういうこともある。人生は理不尽の連続だ」


「理不尽を与えている人が言っていいセリフじゃないと思うですけどねぇ!」


 イグナは流石にブチギレの構えだ。俺は仕方ない、と肩を落として「分かった」と告げる。


「この作戦にお前が参加してくれないと、街の人が大量に死んでしまうことになるが、仕方ない。役者不足だが、私一人で挑みに行こう」


「ねぇぇええぇぇぇええそういうこと言うの卑怯じゃないっすかもぉぉおおおお!」


 ということで、イグナは俺からの試練に挑んでくれる運びになった。大変頼もしい限りである。


 さてイグナの協力を取り付けられたところで、俺たちは揃って崖上の花畑に向かっていた。


 俺もイグナも、両方タイムの姿だ。


 イグナにはカツラで髪色を誤魔化させている。身長差はシークレットブーツを履かせ、時計は似たデザインの時計を買い与えた。さらに魔道具で声色も似せる徹底ぶり。


「う、うぅ、マジで、ホント、何でこんなことに。いや、嘆くなイグナ。切り替えろ。お前が望んだ、家族を守りたいってことを、今この瞬間にやってるんだ。よし、よーし……!」


 イグナは後悔と勇気の間で激しく揺れている。そんなイグナに、俺はこう言った。


「ああ、お前の役目は途中からだ。あと、お前自身の身の安全のために、聞かない方がいい情報をアルビリアはかなり言うだろう」


 そう言って、俺はイグナに耳栓を渡す。


「これを嵌めて、俺が呼ぶまではじっと隠れていろ」


「……何か、ヤな感じっすね。何を隠そうとしてるんですか」


「本当に聞きたいなら聞いてもいいが、最終的にお前はサバトに捕まって拷問死。そしてその情報を元に俺が殺されることになる可能性があるぞ」


「オレハナニモキキマセン」


「よし」


 イグナは耳栓をして、木の裏で必死に耳を押さえている。素直な奴め。


 だが重要なことだ。アルビリアは俺の煽り次第で、多分クロックの名前を出す。聞かれるわけにはいかないのだ。


 さて、では行こうか。


 俺は時計を懐にしまい込む。チックタックと音を響かせながら、森の中から歩み出る。


「俺が街を離れるという噂を流せば、魔女は動き出す。その予想は、見事当たっていたようだな―――白蛇の魔女、アルビリア」


 とりあえず俺は、初手で煽っておく。すると、崖に立っていた真っ白な少女―――アルビリアが、俺に振り返った。


 アルビリアの周囲には、無数の使い魔たちがいる。アルビリアは殺すわけには行かないので、あれらを適度にぶっ飛ばすのが今回のミッションだ。


「……タイム、だね。初めましてのはずだけど、何でボクを知っているのかな?」


「それに答える義理はない。お前はすぐに、死ぬのだから」


 まぁ殺す気はないのだが。よーし、しっかり好感度稼いで、安心安泰のスパイになっちゃうぞ~!


 俺の煽りに、アルビリアがしたり顔で言う。


「答えたくないなら、教えてあげるよ。タイム、君がボクの場所を知ったのは、クロックという少年がそれを教えてくれたからだ」


 浮かべる表情のわりに、何だか顔の筋肉が強張って見える。


「あの善良な彼が、ボクを裏切り君に与したのさ。大方街を襲うという話に怖気づいたんだろうね! まったく、ボクも見誤ったものだよ!」


 畳みかけるように、アルビリアは言い切った。何だか、納得できない自分を無理に説き伏せるような物言いだった。


 少しは動揺する程度には、心を開いてくれていた、ということか。その信頼には答えねばならないな。


 俺は、淡々と言う。


「……少年? ああ、あの若い魔術師のことか」


「……?」


 じわり、と嫌な雰囲気を出していく。まずは予感させるように。突拍子のないことを告げる時は、こうするのがいい。相手が予感したところに、的中させるようにするのだ。


「へ、へぇ? 簡単に認めるんだ? お仲間の情報がバレて、自棄になっているのかい?」


「仲間? 俺に仲間などいない。仲間は弱点になるばかりだ。他者を利用することはあれど、仲間にはしない」


「……じゃあ、何でクロックを、知って」


 アルビリアの動きが目に見えて緊張する。


 俺は知っている。人間は信じたい真実を信じると。そしてアルビリアにとって、裏切られることは何よりも信じたくないことだと。


 裏切りを気にしない人間は、『裏切らないでね』なんて釘を刺さないのだ。


 だから俺は、裏切りよりもを、アルビリアに提示する。


「サバトは殺す。魔女にしろ、魔術師にしろ。情報を握っているのなら、吐かせてから殺す」


 クロックはタイムが殺した、と言外に告げる。


 信じたい真実だろう? さぁ、信じろ。


 自分が悪いのでもなく、心を開いた相手が悪いのでもなく、敵が悪いのだというは、甘美な怒りをぶちまけるのにぴったりだろう?


「全員、目標を変更しろ―――タイムを殺せッ!」


 乗った! 俺は内心でほくそ笑み、懐から時計を取り出した。


「白蛇の魔女アルビリア。お前が死ぬまで何分か数えてやろう」


 時計のボタンを押しこむ。時間が止まる。


「ボン。ボンって結構アレか? 外道か?」


「人心掌握に長けていると言ってくれ」


「う~んカッス」


 現れたティンのごみを見るような目を受け流し、俺は奴に目を向ける。


 ティンは指定通り、大量のダイナマイトを持ってきてくれていた。俺はそれを見て、ニヤリと笑う。


「ティン、ありがとうな。助かるぜ」


「いやぁ~楽しみにしとったからなぁ~! さぁボン! すべてを爆殺や! 飛び散る内臓! 噴きあがる煙! 派手な爆発見せてくれや!?」


「外道はお前の方じゃないか?」


「いやぁボンには負けるでぇ」


 ガッハッハ、と二人で笑いあう。カスの笑いだ。


「さってと、じゃあさっそく、行ってみっか」


 俺は懐からマッチを取り出して、火をつける。それからダイナマイトに火をつけて、投石紐に載せた。


「あーらよいっと」


 ひゅんっ、とダイナマイトを投石の要領で投げ上げる。するとそこで停止した。うん、いい感じだ。


「っていうかさー、ティン」


 俺は何個かダイナマイトを投げ上げながら、ティンに尋ねる。


「何でお前、魔王の前で仕掛けようとした俺を止めたんだ?」


「ん? 負けるからやで」


「負けるんだ……」


「実力差っちゅーか、状況が良くなかったんやな。ボンが時間を止めるまでの時間で、魔王はボンを殺せる状況やった。だから止めたんや」


 俺は渋面で思い出しつつ、ダイナマイトを投げ上げる。確かに、ノータイムでアルビリアの心臓を抜いていた魔王だ。そのくらいは出来るか。


「あのちゅう儀式やっとる間はな、ボンらの方が、魔王の領域に移動してるみたいな感じなんや。手のひらの上に自分から乗っとるっちゅうかな?」


「あー……。つまり、手のひらの上に乗って攻撃を仕掛けたら、そりゃあ握りつぶされて終わりって話か」


「せや。まぁボンが成長すればまた違うやろけど、その時には素の魔王は余裕で倒せると思うで」


「直で倒すルートは復活待ちかぁ~やだなぁ~」


 とか言いながら投げてたら、ダイナマイトが十分量空中に停止していることに気付く。


「よし、こんなもんだろ。後は最後に」


 メディに託された狂化剤をダーツの容量でシャシーに投げつける。


 これが刺されば、シャシーの大暴れに拍車がかかるはずだ。つまり、アルビリアがより我を忘れるということ。


 指定の体重からはかけ離れているが、あらかじめ伝えてより強いのを用意してもらっている。死ぬほどにはならないにしろ、十分に効くはずだ。


「っしゃ! さぁてさてさて! お楽しみタイムやなぁ~! タイムだけに!」


「しばくぞ」


 俺は、時間を動かす。


 直後、爆風が空間に満ちた。連鎖的な爆発が使い魔たちを打ちのめし、ひとまずの衝撃をもたらす。


 俺は少し後退しながら観察した。アルビリアの白い大蛇は健在。ノワールの大黒猫ミャウは……上手く逃げたな。手筈通りだ。んで人形もほどほどに砕けた。


「シャシー!」


 アルビリアが叫ぶと、大白蛇のシャシーがアルビリアを丸呑みにした。原作でも見た、アルビリアの防御方法だ。シャシーを倒さねばアルビリアに干渉できない。


『今度は、こちらの番だッ!』


 大白蛇を思い切り暴れさせるアルビリア。土煙が巻き上がり、俺も時間停止で何度か爆発を叩き込む大混戦となる。


 その煙に乗じて、俺は森へと逃げ出した。


「戻ったぞ、イグナ。交代だ」


 俺が呼びかけると、イグナは耳栓を外し、震える手で俺の服にしがみつく。


「あ、あの、マジですか? あの中に飛び込んでいけと? 本気ですか?」


「俺はイグナを信じているぞ」


「タイムさんからそこまで信頼されてる理由が分かんないですよ! 見てくださいよあれ! 象の大暴れでもあんなふうになりませんよ!」


 イグナの指さす先では、シャシーの大暴れで花畑は完全崩壊し、土も岩もぼっこんぼっこんひっくり返っている。


 その癖シャシーの動きはまぁまぁ速い。振り下ろしの尻尾など、見てからでは避けられないだろう。そして当たれば死ぬ。


 俺はイグナに言った。


「イグナ、無茶に挑戦してこその男だ」


「タイムざぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん!」


 イグナは主人公にあるまじき顔で、泣きながら首を横に振っている。


 そこで俺は、もう一つ思い至って、追加注文をした。


「ああ、イグナ。挑むときは耳栓をつけていけ。思ったより奴は、聞かない方がいい情報をばらまくようでな」


 割と俺の名前出すんだよなアルビリア。困ったもんである。戦闘中くらい戦闘に集中してほしい。


 とか思ってたら、イグナが言った。


「―――……は?」


 泣き顔を通り越してピキッていた。


「……何なんだこれ。何なんだこの理不尽。おかしいだろ。おかしいですよね。何でオレ、こんな目に遭ってるんですか?」


「お前が強くなりたいと望み、そしてそれにふさわしい敵がいるからだ」


「……へー。ふーん。アレが、あの災害みたいな魔女が、オレにふさわしい敵だと」


「ああ」


「……」


 イグナは沈黙する。うつ向いたまま、おもむろに片耳に耳栓をする。


 そして、顔を上げた。


「分かりました。分かりましたよ。いいっすよ。あの魔女、ぶっ殺して来ればいいんですよね」


 目が据わっていた。


 俺はそれに頷き、「じゃあセリフは……」とさらに指示を出す。イグナはブチギレの視線で俺を見ながら、真顔で頷いた。


 正直怖い。


 ……ごめんて。謝れるなら謝って怒りをおさめたいところだが、イグナを怒らせるのも作戦の一つなので、そういうこともできないのが辛いところ。


 憎まれ役やだなぁと思いながら、俺は自信満々にイグナの肩を叩く。あー俺のムーブずっとカス。


「よし、後は頼んだぞ」


「……うす」


 ブチギレイグナが呼吸を整えて、もう片方の耳にも耳栓をして、森から出て行く。大白蛇の大暴れはまだ終わらない。


 イグナは、声の調子を魔道具で整え、淡々とした様子を装いながら言った。


「いい加減、お前の大暴れにも付き合い切れなくなってきたな、アルビリア」


 いいだろう、と言いながら、イグナは仕込み杖から剣を抜く。


「お前の大蛇は、確かにしぶとい。ならばこれで、輪切りにしてやろう」


 そう言ったイグナの声からは、俺にだけ分かる怨嗟の色が籠っていた。






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