第59話 イグナブチギレ継続中
翌日。色んな疲れを抱えていたが学校は変わらずあるので、俺は死んだ顔で登校した。
そしたらイグナに絡まれた。
「よぉぉおおおクロックぅぅうううう」
「うわ」
いつもの好青年の顔はどこへやら、メチャクチャ不機嫌そうな顔のイグナが肩を組んできたので、俺は引いた。
「話……聞いてくれや……」
「お、おう……分かった……」
ということでイグナに拉致られ、俺は学校の片隅のベンチに、イグナと共に並んでいた。
「はぁぁあああ……! あっっっっっっのクソ野郎がぁ!」
と思ったらイグナがブチギレた。
「ひぇ」
「何だあいつ何だあいつ何だあいつ! 人に無茶ぶりしやがって、何とかこなしたら、その後は! 音沙汰! なし!!! ざっけんなクソが!!!」
「わぁ……」
思った以上に恨みを買っているのを目の当たりにして、俺は言葉がない。ごめんと謝りたい気分だが、クロックとしてここにいる以上、それは出来ない。
俺はめちゃくちゃ目を泳がせながら、せめて共感を示す。
「な、何というか、災難だったな」
「ホントだよ! 昨日の晩何があったか話してやろうか!?」
「あ、ああ、まぁ話したいなら聞くけど」
俺が頷くと、イグナはそこで渋い顔になる。
「……いや、やっぱりいい。話したら多分まずい情報だし」
「おう……」
別に聞いても良かったのだが。どうせ俺に愚痴られる分には、俺が情報を漏らすことはないのだし。
「あーくそ! ほんっとあの野郎! ふざけんな!」
とはいえイグナは憤懣やる方ないご様子。次に会う機会でもこんな状態だと困るので、少しでもガス抜きすべく俺は話を掘り下げる。
「ま、まぁまぁ。具体的な話だとまずいなら、こう所々ぼかしながら愚痴るだけでも、気分転換になるんじゃないか?」
「……クロックぅ~! お前は本当にいい奴だなぁ~!」
イグナは感涙という顔で俺の肩を組んでくる。いや、うん……本当にごめんな。必要なことだし、狙ってたことではあったが、ごめん。
イグナは重苦しい溜息をつき、一拍おいてこう言った。
「……最近さ、あこがれの人に、弟子入り? みたいな感じでちょっとつるませてもらったんだよ」
「うん」
「そしたらその人、人遣いが荒くってさ……! いや、マジ、ずっと無茶ぶり続きでさ!」
イグナがボルテージを上げる。
「前のダンジョンで、オレたちゴブリンと戦ったろ? 十体くらいの。アレでも数人がかりで戦っただろ? なのにあの人、ゴブリンじゃなく荒くれ十人でそれをやらせんだぜ!?」
「そ、それは大変だな……」
「そうなんだよ! しかもそれ一日に何回もやらせるし! いや、鍛えて欲しいって言ったのはオレだけどさ!? それでもこう、手心ってもんが……!」
それに! とイグナは俺の両肩を掴んでくる。
「あの野郎、昨日の夜いきなりオレのこと連れだして、まっ、……だ、ダンジョンボスみたいなのとタイマン張らせたんだぞ!? 信じられるかよおい! マジで!」
「その割には怪我とかないな」
俺が言うと、イグナはちょっと照れた風に顔を背ける。
「いやぁ、その、……何か、ブチギレて戦ったら、思ったよりうまく行ったっていうか」
「じゃあその人、上手くイグナのこと、育てられてるんじゃないか? 怪我もなく実力も大幅アップさせてるんだろ?」
俺は、次タイムとして会った時のために、一つフォローを入れておく。
「……そう、なのか……? いや、あれは、でも確かにオレ、この数日で何倍も……」
イグナはブツブツと考え込んでいる。そうしていると、イグナパーティの毒舌担当、レインが俺たちに近づいてきた。
「何やってんの、イグナ。……フォロワーズはどっか行って」
「レイン、そろそろクロックに強く当たるの止めろよ」
イグナは半眼で苦言を呈する。レインの表情が険しくなったので、俺からフォローを入れた。
「いやぁ、別にこのくらい慣れてきたからいいって」
「チッ」
それに舌打ちするレインだ。イグナに対する罪悪感が、ちょうどよく発散されていく感じがする。
「……レイン、その勢いで罵倒してくれないか?」
「は? キモ」
「ありがとう……」
「本当にキモイ」
何だか少し憑き物が落ちた気分になる。横で見ているイグナのドン引きの視線は気にしない。
「ともかく、イグナ、次の授業もあるでしょ。行こっ」
イグナの手を取って立ち上がらせ、レインは去っていく。「じゃあ放課後ダンジョンでー!」とイグナは言い、「来なくていいからー!」とレインが続ける。
俺はそれに穏やかに手を振り返していると、ひょこ、と顔を覗かせる者がいた。
ピンクの髪を肩口まで伸ばした、気弱な少女。シセルが、ちょこちょこと俺に近寄ってくる。
「シセル? イグナたちはあっち行ったぞ?」
「あ、えと、あの、その、うぅ……」
言葉に詰まり、指をもじもじさせるシセル。それから、ペコリと頭を下げた。
「あ、あのあの、サバン様から庇ってくださった時は、ありがとうございました、クロック様っ……!」
「ああ、うん。あれは別に……」
そこまで言って、俺は口をつぐむ。
今までは、シセルは躊躇いつつ「クロック君」と呼んでから、怖気づいて「……様」と付け足していた。
しかし、今は躊躇わず、「クロック様」と呼んだ。
つまりは、そういうことだ。
俺は周囲に人がいないことを確認して、シセルに語りかける。
「……まぁ、そうだな。昨日はお互い大変だった」
「あ、う、そ、その、クロック様ほどでは、あの」
「いいや、助かった。タイムの噂の流布に、アルビリアの戦力削ぎ。噂の流布は特に助かった。手っ取り早く人員確保できるほど、時計派は人数がいないからな」
俺は改めて、シセルの顔を見る。
「人形の魔女、フランシス。お前の助力に感謝する」
「は、ひゃい……っ。こ、光栄、です……っ」
シセルはそう言って、再び深々と頭を下げる。
―――以前エヴィーが暴露しようとした秘密。それは、シセルが孤児院ではなく、かつて魔女として焼かれた者の、子供として育ったことだ。
魔女の親類は魔女になる傾向が高いという。だから排斥対象だし、事実シセルは、元はフランシスという名前で、魔女として育った。
ゲームではそれが原因でひと悶着あり、最後にはシセルがパーティに馴染む、という一幕があったのだが、今回はこの通り、成り行きが大きく違っている。
「ノワールが善良な魔女を選んで時計派に入れているって話は聞いてたから、もしやと思っていたが、やっぱりだったな」
「い、いえ、あの、わ、わたしなんて、そんな」
「褒めてるんだ、素直に受け取ってくれ」
俺が苦笑すると、シセルは恥ずかしそうに、顔を赤く俯いてしまう。
ということで、今までまったくシセルと打ち解けられる気がしなかったのは、こういうことだったらしい。
俺は時計派から妙な信仰の対象に見られているので、気弱なシセルでは、どうしても緊張は解けなかったのだ。
「……まだ緊張は解けないか?」
「あ、う、その、だ、だって、わたしたちの救世主にあらせられられまひゅクロックしゃまをまえにふだんどおりになんてふるまえまへんっ!」
「落ち着けー、どうどう……」
「ふーっ、ふーっ」
呼吸荒く、カチコチになって、早口で言うシセル。俺は肩を竦めて言い聞かせる。
「でも、演技は大事だぞ? 俺は特に秘密が多いからな。ややこしい場面はどうしても出てくる。その時シセルがうまく誤魔化せなきゃ、まずいことになりかねん」
「ひゃい……」
「ま、困ったことがあれば手を貸すし、緊張をほぐす訓練とかもできるからさ。頑張ってみてくれ」
「はっ、ひゃい! ありがとうございまひゅっ、クロックしゃま!」
額が地面すれすれになるまで、シセルは頭を下げる。俺はそれに苦笑いだ。
「……クロック様、優しい……。き、緊張をほぐす訓練って、何するのかな……。も、もももも、もしかして、あんなこととか、こんなこととか……!?」
「シセル?」
「ひゃーっ! ごっ、ごめんなひゃいごめんなひゃい! すいませんでした―――――!」
ブツブツ何を言っているのかと声をかけると、シセルは飛び上がってどこかへ飛んで行ってしまった。俺はキョトンと首を傾げ、「変な奴だなぁ」とひとりごつ。
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