第36話 次の魔女に備えて

 その日俺は、一人で街を歩いていた。


 学園街とされる、オーレリア魔法学園の外周に位置する街だ。


 放課後、今日はイグナパーティのダンジョン攻略は休みという話を受けて、俺は街をぶらついていた。


 街並みは夕焼けに彩られ、赤々と染まっている。人通りはまだ多く、街の活気を感じられた。


「流石貴族の子女の集まる街。治安がいいねぇ」


 フォロワーズ子爵領も活気はあったが、路地裏を見ればガラの悪い連中が睨み返してきたものである。それがこの街にはほとんどいない。


 それもそのはず、ここはオーレリア魔法学園の生徒のために作られた街。不審者はそもそも入れないし、入ってくるのも高級店ばかりなのだ。


 オーレリアの要所の一つだからなぁ、と俺は思う。思う途中で、軽食の屋台を見つけて鳥串を一本頼む。


 フォロワーズ子爵領なら銅貨一枚で済んだトリ串が、学園街では五枚になる。よほどいいトリなのだろうな、と思いながら口にすると、確かにウマくて唸ってしまう。


「クソ、文句のつけられないうまさだ……」


 屋台一つをとっても高級志向なのだから頭が下がる。


 俺はトリ串を食べ終えてからその辺のごみ箱に捨て、適当なベンチに座り込んだ。


 腕を組み、考える。考えるは、今後の流れ。


 ――――原作において、羽ペンの魔女事件の次に起こるのは、街の襲撃である。


 犯人は『サバトの魔女たち』幹部が一人、カラスの魔女。そしてもう一人、補佐として付き添う黒猫の魔女、ノワール。


 ……そう。ノワール、本来ならここが初登場で、生き延びて宿敵枠に収まるキャラなのだ。


 原作だと、ノワールの大黒猫が実に猛威を振るい、街並みが随分と荒らされる。


 大黒猫、俺が即殺したから弱い印象があるが、あいつ、目と口の中以外はほとんど攻撃が通じないのだ。


 ゲームではイグナが飛びついて、長い詠唱の大火力の火の魔法と共に剣を突き刺して、やっと撃退したほど。レインのウォーターボールを何度口の中にぶち込んだか。


 仲間になっていてくれてよかった、と思う一方、ノワールが居ない以上、今回の事件でどのようにサバト側の動きが変わっているのか読めない、というのが今の大きなネックである。


「ノワールの話じゃ、今のサバトはタイムを警戒して情報がほとんど手に入らないらしいからな……」


 羽ペンの魔女が手も足も出ずに殺された、というのはサバトにとっても大きな衝撃だったようで、厳戒態勢が敷かれたらしい。


『幹部に位置するわたくしですら、ほとんど情報が流れてこない始末ですわ。恐らく今サバトの全容を掴んでいるのは、それこそ現在のサバトのトップ――――』


「……白蛇の魔女、アルビリアだけ、か」


 白蛇の魔女、アルビリア。ノワールと対照的に、真っ白な髪をした神秘的な少女だ。


 白のローブ、白い髪、白い肌、そして真っ赤な瞳はアルビノの特徴である。彼女は巨大な白蛇を召喚し戦う。


 強さそのものはノワールとさして変わらないが、ノワール以上に掴めないというか、神出鬼没というか、対策がしにくい魔女なのだ。


 何せ、ゲームではキャラである。


「ラスボスの魔王の側近みたいなポジションの癖に、下手すると羽ペンの魔女戦で同席することがあるくらい意味分かんないからなあいつ……」


 そう。行動が完全にランダムで、本気でこちらを殺しに来たかと思えば、助言をして消えていくこともある理不尽なキャラなのだ。


 攻略サイトでは『アルビリアが序盤のボス戦に登場して倒せない場合は、リセットしてください』と書かれていた。


 何だそりゃと思ってボス戦をリセットしたら本当に消えた。そして結局最後まで出なかった。


 そんなだからバグを疑ったが、仕様だという。マジで意味分からんあいつ。


「君、さっきっから妙なこと言ってるね。ボクのこと呼んだ?」


「呼んでない」


「えー? 呼ばれたと思ったのになぁ。アルビリアーって言わなかった?」


「いやそれは言ったけ……!??!??!???」


 俺は突如として横に現れた少女の姿を見て、飛び上がった。


 真っ白なローブ、真っ白な髪、真っ白な肌―――そして真っ赤な瞳。


 現サバトの魔女の長、白蛇の魔女、アルビリアが、俺の座るベンチに、俺の真横に座っていた。


「あはっ。やっぱり呼んでた。で? 君、何者? 何でボクのこと知ってるの?」


「え、いや、は、はぁ?」


 俺は返す言葉を持たない。いやいやいや、待て待て待て。


 おかしいじゃん。おかしいじゃん! 魔王再誕からして阻止する気満々の俺からしたら、お前ラスボスだぞ!


 何でこんな序盤にラスボス出てくんだよ! 出てくんな! 引っ込んでろ!


「ぶー、何か酷いこと思われてる気がするー」


 白蛇の魔女アルビリアは、唇を尖らせてそんなことを言う。


「でも、確信した。君、ボクのこと知ってるよね。同じ名前の別人のこと考えてたわけじゃないみたいだ」


 神秘的な風貌で、アルビリアは清らかに笑う。


「なのに、ボクは君を知らない。おかしいね。ボク、普通に生きてて知る機会があるタイプの人間じゃないんだけどなー」


 蠱惑的な微笑みを浮かべて、アルビリアは俺ににじり寄ってくる。俺は冷や汗だらだらで、どうすべきかを考える。


 ―――どうする。ここで殺すか? しかしここは人通りが多すぎる。時間を止めてどうこうというのも難しい。


 ならば、使うか。先日メディに貰った幻覚剤を。そうすれば周囲一帯の人間は事件を正しく記憶できない。その隙にアルビリアを殺せば―――


「気になるなー、君。ね。ボク、君のこと好きかも♡ サバト入らない? 今なら幹部にしてあげる」


「は?」


 クロック・フォロワーズ、十五歳。


 自分に「何か魔女をたぶらかすフェロモンでも分泌してるのではないか」と疑った瞬間だった。








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