第35話 時計派の座談会

 夕方、初のダンジョン攻略を終えて自室に戻ると、ベッドの上に、カエルを頭に載せた黒猫が座っていた。


 おなじみ時計派の魔女、黒猫の魔女ノワールに、薬瓶の魔女メディである。


「あっ♡ おかえりなさいまし、クロック様!」


 ぴょん、と飛び出しそのまま人間の姿となって、ノワールが俺に駆け寄ってくる。その拍子に頭のカエル、メディがベッドにずり落ちて、「んげ」と人間の姿になった。


「もー! ノワール様ひどいですぅ~! 動くなら一言言ってください~」


「上司の頭に乗って一息ついているのが悪いのです」


「うぐっ」


 ノワールの返答に言葉を失うメディである。ぐうの音もないだろ今の。


「ただいま。二人とも今日は何の用だ?」


「何の用だ、なんて寂しいことを言わないでくださいまし……。何の用がなくとも、わたくしはクロック様にお会いしとうございます」


「実はですね!」


「メディ」


 ノワールのリップサービスが、メディの返答でもろバレである。


「クロック様にご要望をいただいた、『ダイナマイト』『幻覚剤』、試作品をご用意いたしましたので、持ってきました!」


 緑髪を振り乱し、メディは懐からそれを取り出した。


 糸をつけただけの、一見すると長細い土の塊。そして瓶に入った怪しい液体。


 それが、メディの用意した『ダイナマイト』と『幻覚剤』だった。


「もう用意できたのか。早いな」


「えへへー。クロック様のヒントのお蔭ですぅ~!」


 にこーっと笑う無邪気なメディである。


 信じられるか? この幼女のように笑うメディが、百歳前後だという事実を……。


「濃硝酸、濃硫酸、発煙硫酸、グリセリンの化合物が爆発を引き起こすことは分かっていたのですが、安定運用ができなくて……まさか珪藻土にしみこませることで安定するとは!」


 何だか専門的な話をしているメディ。ノワールはチンプンカンプンという顔をしている。


 メディの話を簡単に言うと、地球の偉人ノーベルの発見を、俺がメディに伝えた、というだけの話だ。


 濃硝酸などの化合物というのは、つまりニトログリセリンのこと。みんな大好きニトロである。だが液体の状態だと、ニトログリセリンは振動で簡単に爆発する。


 つまりニトログリセリンは、持ち運びの途中でつまずくと爆死する物質だった、というわけだ。危なすぎて使えたものじゃない。


 しかし珪藻土に染みこませれば簡単には爆発しなくなり、しかし火をつければちゃんと爆発する。


 そこがメディが詰まっていた部分であり、俺が教え伝えた部分でもあった。それ一つ伝えただけで、完成品まで一瞬で到達するのだから、メディも優秀というもの。


 前世、子供のころノーベルの伝記読んでて良かったなぁ、と思う次第である。漫画の奴。まさかこんな知識が生きるとは。


「幻覚剤はすでに完成してたものです! 空気に反応して気化するので、ご使用の際はビンごと地面に叩きつけてもヨシ、ふたを開けて置くだけでもヨシです!」


 幻覚剤の知識は全くなかったが、こっちはファンタジー物質の混合らしく、サバトでも研究されつくしたお馴染みの薬らしい。


 科学は科学で発展途中だが、それはそれとしてファンタジー物質が普通にあると妙な気持ちになるな……。異世界の塩梅……。


 ともあれ、ありがたいのは事実に違いない。


「助かるよ、メディ。これで色々と楽になる」


「光栄ですぅ~! ……ところで、これらはどう使うのですか?」


 首を傾げるメディからブツを受け取りつつ、俺は説明する。


「ダイナマイトはシンプルに時間停止中の攻撃手段だな。大物相手に使う予定だ。で、幻覚剤の方は、よりスムーズに『タイムに変身するため』に使う」


「スムーズに変身するため?」


「そうだ」


 俺は目を細めて、先日の対羽ペンの魔女戦を振り返る。


「身内がその場にいると変装のために身を隠す時間とかまったくなくてさ……、ほとんど自殺に見せかけて周囲全員の視界を塞いで、その所為で全身ボロボロで」


 オークとかトロールみたいなバケモンにぶん殴られまくったのだ。いまだにちょっと、腹の辺りにはあざなどが残っている。


「だから、俺は思ったんだ。もし変身が必要な状況になったら、こっそり周囲全員を眠らせたり幻覚を見せて、変身をうやむやにできるものが欲しい……! と!」


「よく分かんないですけどめちゃくちゃ大変だったんですね!」


「もうあんな体を張った真似二度とやらない」


 本当にやらない。やらないったらやらないのだ。


「ひとまずのこの二つは安定供給できるので、欲しいときは言ってくださいね!」


「ああ、よろしく頼むよメディ」


「それで~、私からささやかなお願いなんですけど~♡」


 何だ何だ、いきなり猫撫で声出してきたぞ。


「他にも色々とクロック様にお渡ししたいものがございまして~。出来ればその試しを~、安全に行えるクロック様にお願いしたいんですぅ~♡」


「メディ、クロック様を小間使いにするつもりですか」


「やっ、ちがっ! だって私で試すには危険すぎるんですもん! 使い捨てに出来る奴隷みたいなの、私いませんし!」


 さらっと奴隷云々みたいな話が飛び出てくる辺り、こいつらも魔女だよな、とか思う。


「……ノワール、時計派って『羽ペン』みたいに極端に人道に反する奴は」


「居りませんわ。クロック様の倫理観は把握しておりますので、クロック様が眉を顰めるような者には声をかけておりません」


 にっこり微笑むノワールである。本当にフォローが行き届いてるなノワール。優秀な奴だ。


「……! ……♡」


 撫でて撫でてという無言のアピールがすごい。


 俺は苦笑しながら椅子に座ると、ノワールは黒猫の姿になって俺の膝に乗ってきた。


 頭から尻尾の付け根にかけて、俺はノワールをゆっくりと撫でる。ノワールはゴロゴロと喉を鳴らして心地よさそうに目をつむっている。


「分かった、メディ。そのくらいなら請け負おう。どれを使えばいいんだ?」


「これです!」


 メディが渡してきたのは、一本の注射器だった。現代日本で見慣れたもの、というよりは、どことなく古めかしいデザインをしている。


「これは?」


「狂化剤です! 打たれると怒りの感情が極端に増殖、理性がなくなり敵味方関係なく暴れ出しますぅ~!」


「やば」


 えげつないもの渡してきた。


「小動物でも飼育用の檻をへし折るくらい力が出る代物なので、大型魔獣で試せなかったんですよ! なので是非、クロック様にテストしていただきたくて!」


「あー……大体分かった。それで? テストって言うからにはいろいろ条件があるんだろ?」


「はい! 体重200キロ程度の大型肉食魔獣に打ち込んで、十分程度様子を見て欲しいです! 計算通りなら十分で落ち着く想定です!」


「体重200キロ……」


「トラがそんな感じです!」


 トラってそうなんだ。ほー、と思いながら、俺は頷く。


「分かった。機会があれば使ってみる」


「よろしくお願いしますぅ~!」


 では! と言って、メディは窓枠に足を掛け、カエルに変化しながら窓の外に飛び出していった。


 俺は目を丸くして、ノワールに尋ねる。


「派手な退場だけど、あれ大丈夫なのか?」


「カエルの姿のメディの跳躍力はちょっとしたものですよ。一度の跳躍で学園の敷地は抜けられますわ」


「すご」


 常人とはやはり大きく違うな、と思う。魔女。本編に出てこなかったのって、もしかしたら逃走力が高すぎたせいで逃げ切られた説あるなメディ。


「それで? ノワールの用事は?」


 俺が尋ねると、黒猫の姿のノワールは、金色の目を大きく見開いて俺の顔を見上げる。


 それから、ひゅるりと身を翻し、俺の膝の上で人間の姿になった。小柄で、艶やかな黒髪の魔女が、俺の太ももにまたがって、拗ねた顔を寄せてくる。


「もう、クロック様ったら意地悪ですわ。用事がなくとも、わたくしはクロック様のお傍に居たいと申しておりますのに……♡」


「わ、分かった。分かったから至近距離で人間の姿になるな」


「うふふふふっ♡ 可愛らしいクロック様。いつもあれだけ可愛がってくださるのに、何を照れることがありましょうか」


「猫の姿の話だろ」


「そうでしたかしら? 申し上げておきますけれど、人の姿で抱きしめられるのも、猫の姿で抱きしめられるのも、わたくしにとっては同じことですのよ?」


「……分かった、降参だ。好きにしてくれ」


「うふふふっ。お優しいクロック様♡」


 再びノワールは猫の姿に戻り、俺の膝の上で丸くなった。俺は「猫ってのは本当にどっちが主だか分からんなぁ」と言いながら、その背中を撫でるのだった。







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