第37話 白蛇に絡まれた時計
俺は少し考えて言った。
「……サバトって何? っていうか君、一人で話進めてるけど、誰?」
すっとぼけ大作戦である。いや、だって俺ほとんど喋ってないもん。勝手にアルビリアがヒートアップしただけだもん。まだ通じるはず。
と思ってたら、アルビリアが言った。
「この街、良い街だよね。活気があって、人がいっぱいいる」
「……ん?」
アルビリアはニコニコしている。だが、俺の背筋にゾワゾワとしたものがおり始める。
「人がいっぱいいる街は好きなんだー。見てるだけで、歩いてるだけで、楽しくなっちゃう。それからね、思うんだ」
アルビリアは、白蛇の魔女は、言った。
「どうなっちゃうんだろうなって」
その、肝心な部分をボカした言葉に、俺は震えた。
想像してしまう。アルビリアがこの場で、本気で暴れた場合のことを。恐らくタイムであれば勝てる。時間魔法を駆使すれば。
だが一筋縄ではいかない。アルビリアはすでに臨戦態勢に入っている。先ほどの、まだ油断している状態とは違う。
俺が時間を止める時間で、アルビリアは自分を大白蛇に飲み込ませて自分を守ることができる。一瞬では殺せない。
そしてそうなれば、いつかできるはずの隙を待つことしか、俺にはできないだろう。ダイナマイト一つでは大白蛇は圧倒できない。
つまり、万全に勝つための武装がない。人は死に、街は崩壊する。全員が死に絶えてからアルビリアを殺せても、意味がない。
それはつまり、敗北だ。
俺には、自分がとぼけて見逃される可能性と、街を犠牲にする可能性を天秤にかけることができない。
―――ましてや、底知れないアルビリア相手に。
「あはっ。……ボクを知らない人は、今の言葉を聞いてもそんな顔しないよ。やっぱり君、ボクのこと知ってるよね♡」
「……何が望みだ」
「んー、ひとまず一緒に来てよ。手をつないで、仲良しこよし」
俺はアルビリアに促されて立ち上がり、言われるがままに手をつないだ。
「あはっ♡」
アルビリアは上機嫌に歩き出す。
「ね、君の名前教えてよ。あ、その前にボクが自己紹介しなきゃかな? ボクはアルビリア。よろしくね」
「……俺は、クロック。クロック・フォロワーズ」
「フォロワーズ子爵家の子だ! サバン公爵家とはまだ付き合いあるの? あそこの長女ちゃんも、実はちょっと気になってるんだけどー」
エヴィーはちゃんとマークされているらしい、と黒幕というかラスボスというかの口から聞かされる。どういう顔すればいいんだ俺は。
「あ! 雰囲気良さそうなカフェ。ね、一緒に入らない? お金は出してあげるよ。これでもお金持ちなんだー」
「……分かった」
俺は警戒を解かないままに、二人でカフェに入った。
一人は学園の生徒、しかしもう一人はクソ目立つ白ローブというので、店員は妙な顔をして俺たちを席に案内する。
「店員さーん。オススメ持ってきて。ケーキ二つ、飲み物二つ」
「は、はい。かしこまりました……。飲み物は紅茶とコーヒーどちらがお好みですか?」
「ボクは紅茶かな。クロックは?」
「……コーヒーで。甘い奴」
「かしこまりました」
店員が引っ込んでいく。それを見送ってから、アルビリアは俺を見つめて言った。
「甘いのが好きなんだ。可愛いね♡」
「いいだろそれは。それで? 腰を据えて何を話そうって?」
「あはっ。やっとまともに話してくれた。嬉しいな」
いちいち好意を示してくるから、俺としてはやりにくいことこの上ない。
「んっとね。まぁさっきのお話がすべてで、サバトに入って一緒に魔王様復活させない? ってだけの話なんだけど」
「それだけ聞いたらデメリットしかないが」
「まーまーそう言わず。デメリットしかなかったらサバトなんて結成できないでしょ」
それはそうだが、と俺は渋い顔をする。
「サバトに入ったら、願いが叶うよ。どんな難しい願いでも叶う」
微笑みを口に湛え、しかし真剣な眼差しでアルビリアは言った。
だが俺は一蹴する。
「俺の願いは平穏な日常だ。魔王復活に与するよりも、お前らサバトに敵対したほうがはるかに簡単に手に入る」
「えー、つまんなーい。すっごい悩んでそうな顔してたから期待してたのにー」
すっごい悩んでたのはお前らの出方についてなんだよなぁ、とは流石に言えない俺である。
「大事なことだぞ平穏は。その為に身を粉にする価値がある」
何せ貴族生まれのぬくぬく生活である。三男だから領地を継ぐことはないにしろ、順当に頑張れば宮仕え確定。いい暮らしは続行だ。
兄のスペア的な側面もあるから、結婚しろ圧には少し辟易するところもあるが……。俺の子優秀だったら兄貴に養子にとられんのかな。それちょっと嫌だな。
「ねーえー、ホントに? ホントにホントに望みとか願いとかないの? 身の丈に合わないような奴。あるでしょー?」
「ない。マジでない。いいから他を当たれ」
「えー……? じゃあ素性がバレてる以上、ここで殺すしかないんだけど……」
「ある。望みも願いもめっちゃあるわ」
「ホント!? あはっ、やったー嬉しいな」
我ながら恐ろしい速度で手のひらを返してしまった。
いやでも仕方ないじゃん。ここで戦闘になったらマジで街崩壊である。何人死ぬか分からないのだ。そりゃあサバトに入るってリップサービスくらいする。
それに、打算がないでもない。
―――ここまでやんわり断っていたのはブラフである。実のところ、こうやって腰を変えて話す流れになった時点で、俺はサバトに入るつもりでいた。
というのも、サバトの次の出方について情報がなさすぎたのが大きい。幹部のノワールですら、今は読めないと言っているほど。
だが、ここにきてサバトのトップ直々の勧誘である。しかも何やら気に入られての勧誘だ。
上手く立ち回れば、情報をアルビリアから引き出すことも出来るはず。原作情報と照らし合わせれば、より先回りして動けるだろう。
だが最初からこんな怪しい奴の勧誘に乗れば、逆に引かれてしまう。そういう客観視は出来るタイプなのがアルビリアだ。
だから、やんわり断ってからの、この手のひら返しである。
俺は、何と狡猾な戦略なのだろうと自分で惚れ惚れしてしまう。一方アルビリアも上機嫌で、説得できた喜びをにじませながらこう言った。
「じゃあサバトに入る条件として、誰かの心臓を捧げてもらえる?」
「ふざけんなじゃあ入るかバカ野郎!」
そういやそうじゃん! ノワールも母親捧げたとか言ってたわクソ!
白紙だ白紙! 誰かの命がサバト入りで消耗されるくらいなら、正面からお前らのこと叩き潰してやる! カーッ、ペッ!
「あはっ! まぁそうだよねー。望みも願いもさしてないところで、自分の命惜しさに形だけ入るって言ったのに、人殺しまでしろなんて言われたらそりゃねー」
しかしアルビリアは理解の構え。ここで「じゃあ殺すしかないねー」とか言われたら本気で戦争でしかなかったので、助かるところではあるが。
「……他の方法でも入れるのか?」
「うん。あー、えっとね、誰かの心臓そのものは実際必要で、これで魔王様と契約だから欠かせないんだけど、君はボクが直接勧誘したから特別」
にまー、とアルビリアは自分の胸元―――心臓の辺りを指でトントンと叩く。
「ボクの心臓で、魔王様と契約を結んであげる。ボクは白蛇の魔女だからね。心臓を失ったくらいじゃ死なないんだ」
「……そりゃ、どうも」
俺は渋面でアルビリアの言葉を受け止める。
アルビリアは、強さそのものならノワールと変わらない。だがノワールよりも上の立場、トップに立っている理由の一つとして、不死というものがある。
もちろん完全な不死ではない。であれば原作でも勝利できない。だが四肢を欠けた程度なら直せるし、心臓を失っても再生できる。
原作での勝ち方は、覚醒したイグナによる大火力での焼却。細胞の一つに至るまでを炭にしてやっと、アルビリアは死んだのだ。
それが、俺が『勝てはするが被害は甚大』と推測する理由でもある。ダイナマイトを的確に当てて吹き飛ばす必要があるのだ。
ダイナマイトを量産済みならまだしも、今は手元の一つしかない。メディに頼んでおくべきだなこれは……。
「それで? じゃあ何をしろっていうんだ。言っとくが、俺はほとんど脅されて入るんだからな。無理なことはしないぞ」
俺は予防線を張りつつ、予想する。
恐らく、『何故アルビリアを知っていたかを吐け』というところだろう。そこが解消されなければ、いかに気に入っていたとしても懐には入れられまい。
それに追加して何か言われるかもしれないが――――善人に害をなせというのであれば、交渉決裂だ。
俺は覚悟を決めてアルビリアを見つめる。
アルビリアは、こう言った。
「―――『時計仕掛けの大魔法使い』タイムの情報を一つ入手してほしいんだ。それで、君のことサバトに入れて上げる」
「……タイムって、あの?」
「うん、そう。サバトの宿敵。恐ろしき大魔法使い。クロック、ボクを知ってるってことは、情報屋にツテでもあるんでしょ? その力、サバトに貸してよ」
こんな軽い命令、サバトじゃ早々出ないんだよ? 情報を掴んでくるだけ。それで願いが叶っちゃうなら、儲けものじゃない?
アルビリアのそんな言葉に、俺は静かに、『あーそっちかー……』と懊悩していた。
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