第21話 虚飾剥がしの風が吹く
決闘の日が、やってきた。
「ふー……。あーやだやだ」
言いながら、俺は学園内のグラウンドに足を踏み入れる。
そこには、決闘の相手貴族が立っていた。相変わらず高慢そうな面をしている。格下に負ければ、すぐにでも外法に手を出してしまいそうだ。
「来たな、子爵家風情が。お前のごとき木っ端貴族、私が吹き飛ばしてやろう」
ニヤリと笑って相手貴族は言う。俺はそれを無視して、周りを見た。
観客はそう居ない。原作の貴族VS平民の構図とは違って、貴族同士の決闘はそこまで話題を集めないからだ。
とはいえ、それでも来ている奴は来ているもの。
「クロック~! 応援してるぞ~!」
手をぶんぶん振って俺を応援してくれているイグナ。
見ればとなりに、女生徒が三人くらい座っている。全員どうでもいい顔してる。あれよく見たら本編ヒロインじゃん、何連れてきてんだ。
そして、立場から声を上げないが、しかしそこに座っているのが一人。
「……ふん」
エヴィーが、俺を見て鼻を鳴らしている。相手貴族が「エヴィル様! 来てくださったのですね!」と声を上げるのを聞いてもまったく反応しない。
まったく律義な悪役令嬢である。応援の席でも俺の意思を尊重してくれるというわけだ。
エヴィーが応援したら、相手貴族動揺するしな。計算も狂いかねないし助かる。
他には決闘と聞いて暇つぶしにやってきただろう野次馬が、チラホラと顔を覗かせる程度。
こんなものでいい。俺は思う。俺は楽にぬくぬくと生きたいのだ。評判になって事件が舞い込んでくるなどもっての外。
それでなくとも、破滅を避けるためにてんてこ舞いなのだから、『クロック』としては、厄介事はごめんなのだ。
「さぁて、悪役モブらしく、ほどほどに戦って、ギリギリで勝ちますかっと」
「応援しておりますわ、クロック様」
「ノワール、喋るな。色々危ないから」
気づけば足元にいた黒猫ノワールが、一言激励して「よよよ……」と言って去っていく。
「……でもありがとな」
俺の言葉が聞こえたか否か、黒猫ノワールは一瞬だけ俺に振り返り、くゆりと尻尾を翻して消えた。
さて、決闘である。俺は前に出て、相手貴族に話しかける。
「ちょっとした軽口で決闘だなんて、随分と器の小さい奴だ。お蔭で一週間特訓しなきゃならなかった」
「ハッ! 爵位も低い無能貴族は大変だな! 私はお前などには時間など割かなかったぞ。大貴族の子女を丁重にもてなすなど、実に有意義に過ごしたとも」
その大貴族の子女が俺の差し金と知ったら、こいつはどんな顔をするんだろうな。
そんな風に思いつつ、俺は肩を竦めて問う。
「で、ルールは」
「剣、魔法アリ。防護結界展開の上での決闘と行こう。敗北は……『負けを認めた方の負け』だ」
防護結界はその通り、指定対象を防護する結界だ。怪我はしない。だが、痛みはある。
つまる話、こいつは『殺したり傷つけはしないが、お前が泣いて謝るまで痛めつけ続ける』と言っているに等しい。
このクズがよ。舐めやがって。
「性格の悪さが伺えるな」
「趣味がいい、というのだよ、これは」
俺たちは睨みあって、それから踵を返し、一定の距離まで後退する。決闘にも所作があり、それを貴族は家庭教育で習う。
「結界玉はこちらで用意させてもらった。私が天高く放り、弾けた瞬間から防護結界が作動する。それと同時に、決闘開始だ」
「分かった」
見れば、水晶玉のような魔道具を、相手は抱えている。アレが結界玉か。
俺は視線を落とす。俺の腰に剣は収まっている。他の武装はない。オーレリアでは魔法剣士的な動きが貴ばれるから、向こうも案の定同じ装備だ。
勝つ条件はシンプル。剣の腕と、魔法の腕で相手をねじ伏せる。
どちらも俺の苦手分野だ。苦労させやがって。俺の平凡な学園生活のスタートを返せチクショウ。
―――相手貴族が、結界玉を上空に放り投げる。
そして、弾けた。俺と相手貴族に結界が掛かる。
同時、相手貴族は駆けだした。剣を抜き放ち、振りかぶる。
「うぉおおおおおおお!」
相手貴族の足は速く、すぐさま俺に肉薄して一撃入れてきた。
俺はそれを剣で受け止め、流す。
……いってぇ! 手が痺れる! 訓練に付き合ってくれたイグナほどじゃないけど、こいつちゃんと強いぞこの野郎!
俺は剣戟を必死に受け止めながら、歯を食いしばる。
イグナと訓練してなかったら、二発三発で剣を落としていたに違いない。訓練って大事だ。鍛えておいてよかった。
が、いつまでも受けてばかりはいられない。
俺は相手貴族の剣を強く弾き、距離を取り直して、詠唱を開始する。
「子爵家風情に気張ってるようだな。お前、余裕は何処にやったよ。もっと簡単に俺のことを叩きのめすものだと思ってたぞ」
「ほざけッ!」
俺の言葉を挑発と受け取って、相手貴族は歯をむき出しにする。
口喧嘩流詠唱、詠唱だとバレないのがいいな。
油断と挑発、そして詠唱の三つの効果がある。詠唱と思わないから魔法を警戒させずに、挑発を誘い短絡的な動きをさせられる。
原作のイグナと同じだが、いや、その威力を再確認させられるな。これは良い。俺の性にも合ってる。
そう、俺は絶好のタイミングを待ちながら、さらに詠唱を重ねようとする。
だが、相手貴族だって、手をこまねいているだけではない。
「神よ! 我が剣に風を纏わせ、敵を裂く力となせ!」
相手貴族は詠唱を行い、刀身から音が鳴り始める。
普通の詠唱魔法は、こんな風に唱えるのだ。祈りのように、明確に、状況が許せば歌うように。
……これシンプルに強い奴だなぁ。だが、避けようとして当たれば酷いことになるか?
俺は臆病心を発揮して、脅威を分かっていながらその剣を受け止めた。
「バカが! 掛かったな!」
俺の剣を打ち据えると同時に、風が細かく俺の全身に衝撃を走らせる。体に満遍なく切り傷のような鋭い痛みが走る。
「がっ!」
いってぇぇえええええ! クソ! 痛ったいもう! やだ!
「おらぁっ!」
俺は破れかぶれで相手貴族の胴に前蹴りを食らわせる。相手貴族が少し離れ、その隙に俺は痛みに耐えながらよたついて距離を取る。
「ハッハッハ! 効いたようだな! 剣が纏うかまいたちは、お前のような受けてばかりの臆病者を追い詰める!」
「くっ……! どいつもこいつも臆病だのなんだの……!」
実際臆病だけど、いいだろ別に! 蛮勇で死ぬよりよっぽどマシだ。
俺は歯を食いしばりながら、剣を構えなおして相手貴族を睨みつける。
「―――それで? この程度の優位で勝ったつもりか? ハッ、お前は自分のことを飾ることばかり得意だな」
「……何だと?」
いいぞ、乗ってきた。有無を言わせず切りかからないから三下なんだよ、お前。
「そうだろう? お前、調べたが三男らしいな。俺と同じだ。家督を継げない三男坊。その癖お前は、親の爵位を笠に着て威張っているな」
「貴様……!」
相手貴族の瞳にほの暗い色が灯る。本気の憎悪、怒り。そう言うものが灯る。
いいぞいいぞ、激怒しろ。言葉を失うほどに。剣戟を忘れるほどに。
「お前は虚飾ばかりだ。制服に刻まれた貴族の紋章を飾って、中身もなく威張って回り、上級貴族の関心でもって自分が優秀だと飾り立てる」
「ッ……!」
「その末に、舐めている相手を叩き潰すだけの実力もない。それでこうやって散々煽られているんだ。馬鹿馬鹿しい。そろそろ中身の詰め方を覚えたらどうだ?」
「……きっ、きっさまぁぁぁぁああああ!」
相手貴族は詠唱も忘れて、魔法の切れた剣で斬りかかってくる。バカがよ。
俺は剣を振りかぶりながら、詠唱を〆にかかる。
「だから、お前は負けるんだ」
「負けるのはお前だ! この下級貴族がぁああああ!」
一太刀が振るわれる。ギリギリで躱す。
「いいや、負けるのはお前だね。分からないか? そう言う風が吹いてるだろ?」
「何を訳の分からないことを! そんな風―――」
そこで、相手貴族はハッとする。だが遅い。俺は、詠唱を完成させる。
「吹いてるだろうが。お前の虚飾を剥がす、我が剣が纏う神風が」
剣を振るう。狙うは相手貴族の剣。普通なら打ち付けられるだけの一閃が、相手貴族の剣を真っ二つに断ち割った。
キィンッ! と短い金属音を立てて、奴の折れた刀身が地面に落ちる。目を丸くして硬直する相手貴族の首筋に、俺は剣を突き付ける。
「さて。お前の剣は折れてしまったが、どちらかが負けを認めるまでは勝負は続くんだったな? ここからは俺がお前を満足いくまで打ち据えるわけだ」
「うっ……! クッ……!」
相手貴族は歯を食いしばり、俺の剣を睨みつける。だがそれ以上の抵抗の手段はない。
奴は体を震わせ、柄だけになった剣を握り締め、しばしの逡巡の後に、手放した。
柄までもが地面に落ちる。ガクリと奴は、首を垂れる。
「……私の、負けだ」
「よし、勝った。そういえば一応賭けているものがあったよな?」
「……大銀貨一枚を賭けていた」
「うわ、金持ちがよ……。ま、勝ったなら美味しいだけか。よこせ」
力なく、相手貴族はポケットから大銀貨を取り出した。俺はそれを受け取る。
爵位忘れたけど、上級貴族ってのは金持ちだなぁ。日本円換算で三十万相当だろこれ。あざーっす!
「じゃ、お疲れさん。せっかく虚飾がはがれたんだ。これからは真面目に生きろよ」
最後に一言バカにして、俺はその場を去っていく。背後から向けられる、憎悪の視線を感じながら。
……さて、ここからが本番だ。予想通り動けよ~? そのために散々バカにしたんだぞお前~。
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