第53話 腹芸はお得意ですか?

 結局イグナと数日かけて約8割の不法入街した悪党を改心させた後、俺はクロックの姿で、街のベンチに座っていた。


 ゆっくりと、特になにもせず、ただそこに座る。夕方の放課後、待ちゆく人々を眺めながら、まだまだ街は平和だなと思い―――


「タイムの情報は掴めたみたいだね、クロック?」


「来たな、アルビリア」


 俺の隣に現れた真っ白な少女、サバトの現魔女長アルビリアに、俺は言葉を返した。


 というわけで、今回のターゲット、アルビリアである。と言っても、もちろんアルビリアを殺すわけではない。


 今回の目的は、アルビリアと交渉して、サバト入りしつつ情報を得ることである。


 幸いにも今、ノワール率いる時計派と進めている計画は順調だ。だから俺は、最後の決め手としてアルビリアの口を滑らせに来たのだ。


 そんな俺の思惑も知らず、アルビリアは「あはっ♡」と笑って、俺に距離を詰めてくる。


「成果は上々みたいだね。どんな情報を掴めたのか、教えてよ」


「まぁ待てよ。掴むには掴んだが、いきなり本題ってのも芸がないだろ。こんな街中で、まさか騎士団が油断してるなんて思っちゃいないよな?」


「……あはっ、あははっ♡ もしかしてクロック、他にも色々掴んだ?」


「掴んだも何も、盛大に巻き込まれたっての」


 俺の物言いに、アルビリアは赤色の瞳をキラリと光らせる。


「うん、うんうん♡ 思った通り、君は正直で誠実みたいだ。いいよ、なら交渉の席に着こう。以前に行ったカフェでもいいかな?」


「ああ」


 アルビリアは俺の手を取って、手をつないで歩き出す。


 カフェに入り、俺たちは手短に注文を済ませた。それから向かい合って座り、言葉を交わす。


「アルビリア、まず俺から確認だ。黒猫の魔女、ノワールから話は聞いてるな?」


「うん、もちろんだよ。ノワールの窮地を救ってくれてありがとね」


「救ったっていうか、本当に巻き込まれただけなんだけどな」


 ―――アルビリアと交渉を開始するにあたって、あらかじめノワールと決めていたのは、『クロック・エヴィー人質事件は、隠さないことにする』ということだ。


『アルビリアは耳が早いです。下手に隠すと、疑われる可能性が高い。そもそもサバン様にランス様と、二人も部外者を巻き込んだ事件です。口裏を合わせて伝えるのが良いでしょう』


 だから俺たちは、エヴィーと共に俺がノワールに拉致監禁された事件のことは、あったものとして扱うことにした。


 同時にもう一つ、付随して一幕を捏造することに決めた。


『アルビリアに伝える上で、わたくしとクロック様が緩やかに繋がっている、という形にするのが良いでしょう。わたくしがクロック様を見つけ、脅しているというような』


 だから俺たちは、そう言う形式で話をまとめた。


 つまりは―――脱出後、エヴィーと別れた俺を、ノワールが襲撃。その後脅され、エヴィーについて報告をしている、というような感じだ。


 ノワールは少なくとも、そうアルビリアに伝えたという。ならば俺も、それに合わせるべきだろう。真実をつまびらかにしている、と思わせるために。


「あはっ♡」


 功を奏したのか、アルビリアは上機嫌だ。


「いやはやまったく、クロック。君は何とも数奇な運命を背負っているみたいだね。まさかボク以外の魔女ともつながるとは思わなかったよ」


「俺としては迷惑千万だ。お前が災難を呼び込んだようにしか思えないぞ、アルビリア」


「そんな意地悪なこと言わないでよー、もー」


 ぷぅ、とアルビリアは頬を膨らませる。それから、瞳孔が縦に長い赤の瞳でもって、俺を見つめた。


「じゃあ、タイムの情報を教えてもらおうかな」


「……ああ。と言っても、大したことじゃないぞ。ノワールからお前の耳は早いって聞いてる。多分アルビリアなら知ってることだ」


「いいんだよ、それで。いいから教えて?」


 俺は、正面からアルビリアを見つめた。


「タイムが、この街でちょこちょこ暴れてるらしい。相手は分からないが、魔女絡みの悪党って噂だ。そうなのか? そんな悪党を街にいれたのが本当なら、大迷惑だが」


「どうかなー?」


 アルビリアはクスクス笑いながら、俺を煙に巻く。


「それに付随して、もう一つ噂がある。妙な噂だ」


「うん」


 アルビリアは、すべてを知っている、という顔で俺の話を聞いている。


「『タイムは、5月15日、学園街外部、月見の森に現れる』。真偽不明、出所不明。だがタイムは、その時その場所に行かなければならない、らしい」


「……」


 アルビリアは、俺の報告に沈黙した。


 これは、新しく仕込んだ情報だ。連携がうまくいってなければ、アルビリアは受け入れないだろう。普通に聞くのでは怪しすぎる。


 だが、こういう時こそ胆力なのだ。俺はアルビリアの沈黙に、ただ耐える。動揺せず、実直に、淡々と。


「―――うん、合格だ」


 たっぷり時間をおいて、アルビリアはにっこりと微笑んだ。


「君は確かに情報を集め、そして偽ることなくボクに伝えた。君はサバトに入る資格がある。少なくとも、ボクの心臓を一つ捧げるに値する価値がある」


「正直サバト入りはどうでもいいんだが」


「えー! いいでしょー! 入ってよー、ねーえー!」


「ああ鬱陶しい! 暴れるな! テーブル越しにしがみついてくるな!」


 襲い掛かってくるアルビリアを、俺は暴れて振り払う。アルビリアは振りほどかれた癖に、「よよよ……」とか悲しそうな振る舞いながら嬉しそうだ。何だこいつドMか?


 俺は言う。


「アルビリア、これ罠だぞ」


「……」


 アルビリアは、口を閉ざした。俺は構わず続ける。


「タイムが、魔女を誘いだそうとしている。お前なら分かってるだろうとは思うけど、俺からも言わせてもらう。これは罠だ」


 俺の断言に、アルビリアは何度かまばたきをした。


「……心配してくれてるの? ボクを?」


「は? 何だよ。俺が心配の一つもしないような、冷血漢に見えるのか?」


「ああいや、そう言うことじゃなくてさ。だってほら、ボク、半分くらい君を脅してる立場だし」


 それに、俺はまばたきをしてみせる。


「……脅されてたのか? 俺?」


「―――ぷっ、あっははははははは! クロック、気づいてなかったの!? いや、どっちかって言うと、真に受けてなかったんだ! あっははははははは!」


 腹がよじれるほど笑って、アルビリアは「ひー! ひー!」と腹を抱える。大笑いににじんだ涙を少し指先で取って、満面の笑みで俺を見る。


「最高! クロック、君思ったより良いね。幹部って言ったのほとんど冗談だったけど、本当に幹部にしてあげてもいっかなって気持ちになってきちゃうくらいには」


「気持ちってことは、幹部にはされないんだな」


「不服?」


「どうでもいい」


「あはっ♡ つっけんどんなところも、かーわいっ♡ いっぱい成果上げてくれたら、ちゃんと幹部にしてあげるからね♡」


 アルビリアは俺の鼻先を指で突く。俺は嫌な顔をして手で払う。


「じゃあ、晴れてめでたく、クロックはサバト入りけってーい!」


「……っていうかさ、サバトの魔女たちって言うからには、魔女なんだろ? 俺、男だぞ?」


「あ、そこはあんまり気にしなくっていいよ。契約悪魔が中級までの男だったりすると、魔女は女限定みたいなのもあるけど、今回は魔王クラスだから」


「そんな魔王には雌雄がないみたいな」


「あはっ、割といい線いってるよ、その推理」


「何だと」


 魔王ってそうなの? 性別的な部分が緩いの? 異世界にもLGBTの波が……?


「魔王ってほら、目的次第で男になったり女になったりするから」


 違うわ、神話的な奴だこれ。勇者と魔王じゃなくて、悪魔の王サタンみたいな意味の魔王だこれ。


「ともかく」


 アルビリアは俺に手を差し出す。


「ようこそ、クロック。サバトは君を歓迎するよ。共に夢の成就を目指して頑張ろう!」


「……ハイハイ。あー、何で俺の人生こうなったんだ?」


 俺は最後の締めに、嫌がりつつも現状を受け入れるような言葉を吐いた。するとアルビリアは、ニィイッと口端を吊り上げる。


「あはっ♡ もう逃がさないからね♡」


 アルビリアは、俺の手に指を絡める。







―――――――――――――――――――――――


フォロー、♡、☆、いつもありがとうございます!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る