第11話 時計仕掛けの演出家

 デカブツの腕が無事吹き飛ばされ、デカブツが両腕を失って地面に倒れこむのを確認して、俺は廃屋の中に踏み込んだ。


「俺がお前の手下ごときに殺されるとは、随分侮ってくれたな」


 俺の登場にオリアナが困惑する。


「え、な、何で。死んだって、今」


「手下なら襲い掛かってきたが、全滅させた。すると子供が逃げてきたので、ここに辿り着いた。そして」


 俺は黒猫の魔女ノワールを指さし、不敵に笑う。


「お前らだ。お前らを、探していた。薄汚い魔王崇拝者『サバトの魔女たち』。確かお前らは、その中でも被害の多い、『黒猫の魔女』の部隊だな?」


「あら、あら、あら。これはこれは、わたくしも有名になりましたわね」


 魔女ノワールは、俺に相対するように、クスクスと笑っていた。


「ご指名ありがとうございますわ。わたくしこそ『黒猫の魔女』ノワールに存じます。わたくしたちを探していて、一体何がお望みですの?」


 平穏。破滅エンドの妨害。


 そんな舐められそうなことは言えないので、ノワールが適当なことを言い終わったのを確認して、俺は宣戦布告する。


「一秒だ。一秒で、お前らは身の程を思い知る」


 時計を押しこみ、時間を止める。さぁ、まずは邪魔もの全員を片付けよう。


 俺はその場で弓を構えては放ち、周りのザコローブたちを処した。全員の頭に一発ずつ。俺は元の立ち姿に戻って、時間を動かす。


 同時、モブどもが全員揃って矢に頭を射抜かれた。即死だ。


 オリアナが「えっ、嘘」と言葉を失い、ノワールが無言のうちに目を剥く。


「……今、何をなさいましたの。そんな真似、普通の魔法でできるはずがありませんわ」


「分からないか? ならそれが、お前の限界ということだ」


 まぁぶっちゃけ、相当の勘と推理能力がないと分かるわけがない。


「舐めてもらっては困りますわね。ならば―――わたくしの愛猫を見ても、同じことを言えますかしら!?」


 僅かな口のうごめき、指振り。それをキーにして、それは現れた。


「ニャァァアアアアアアアアゴ!」


 廃屋の壁が吹き飛ぶ。巨大な黒猫が、猫パンチで俺たちから天井を奪い去る。


 うおお、なんてデカさだ。頭から尻尾まで、全長二十メートルもありそうなデカさの黒猫である。すっげぇデカい。可愛い。


「うふふふっ! わたくしの愛猫、ミャウですわ! すべてを簡単に薙ぎ払い、叩き潰す質量の暴力! それでいて攻撃を軽やかに避ける猫のしなやかさ! あなたごとき」


 俺は時間を止める。すべてが停止する。


 それから、腕を組んで考える。デカ黒猫は毛皮も厚く頑丈で、弱点と呼べるのは目くらいのものだろう。


 となれば、現状の位置だと、上空五メートルはありそうな黒猫の目に、何発も矢を打ち込むのが、今できる倒し方か……?


 そんなことを考えていると、ティンがひょっこり俺の横に現れる。


「なぁ、ティン」


「何や、ボン」


「これさ。頑張るしかない?」


「頑張るしかあらへんやろなぁ」


 俺は溜息を落とす。仕方ないので、頑張ることにした。


「とりあえずアレだ。俺めっちゃ矢を射るからさ、街から適当に追加の矢をパチッて持ってきてくんないか?」


「えー、大変なんやけど。そろそろこう、ボンも加速とか覚えへん? そしたら威力も上がって敵に刺さるんちゃう?」


「どうやって覚えんの」


「気合や」


「もっとマシなアドバイスしてくれ。いいから、今成長するのは現実的じゃないから、行ってきて! 頼む!」


「まったく仕方のないボンやなぁ~……」


 ということで俺はティンをお使いに出しつつ、ノワールの愛猫ミャウを見上げた。


「可哀そうだけど、負けたら死ぬのは俺だしな。やるしかないか」


 俺はティンが置いていった残りの矢をすべて担いで、適当な近くの高い木に登ることにした。


「そういや木登り、最初の賊狩りでもしたな。そうか、こう言うことがあるなら、移動術も頑張った方がいいか」


 俺はひーこら言いつつも、意地と根性で木を登る。うわぁこわ。高い。木の上高い。地面遠い。


 しかし登った分、ミャウの顔にかなり近づけた。手を伸ばして触るのは無理でも、飛び道具での攻撃は難しくないだろう。


「よし、頑張るぞ。えいえいおー、っと!」


 俺はミャウの巨大なクリクリの目を目がけて、無限に矢を撃った。手元にあった残りの矢が、大体三十本。一度に目にやれば、流石に効くだろう。


 撃ち尽くした俺が木からえっちらおっちら下りると、「おー、そっちも終わったかぁ」とティンが戻ってくる。


「あ、お疲れティン。助かるよ、こっちは撃ち尽くしたところだったんだ」


「ほーん? どれどれ……? うわ、えっぐいなぁあの図! 目の周りが針山や! 見てるだけで痛くなってくるで」


「時間動かすから目を閉じてた方がいいぞ」


「よっしゃ! さっさとやってまえ! ひぃ~見るのも嫌や!」


 俺は最初の場所に戻ってから、息を整えて、姿勢を戻し、時計のボタンを押しこんだ。


 時間が動く。同時にミャウの目に俺の放った矢が一気に突き刺さり、「シャー!?」と威嚇なんだか悲鳴なんだか分からない声を上げ、ミャウは横倒れになった。


「!? 嘘ッ! 嘘ですわ! ミャウがこんな一瞬で! 一体何をなさいましたの!」


 一瞬……一瞬かぁ。俺は苦労した分、敵の評価に謎の虚無感を覚える。


 だが、それをおくびにも出してはいけない。俺は不敵な態度を崩さず、ノワールに言う。


「言ったはずだ。一秒でお前たちは身の程を思い知る、と」


「ひっ」


 俺が言いながら一歩を踏み出すと、ノワールは身を竦ませる。


「う、嘘、嘘ですわ。こんな強い魔法使いが、無名なままでいるなんて! 何者ですの、あなたは! 一体何が目的ですの!」


 ノワールは腰を抜かしてしまったらしく、その場にぺたんと座り込んだ。その状態に俺が歩み寄るから、這いずるようにして逃げるしかない。


 そうして、俺はノワールを追い詰めた。ノワールの魔術、あのデカい黒猫に集約されてたからな。黒猫倒せばこんなものなのだ。


「やめっ、はな、放してくださいまし!」


 涙を流しながら、恐怖に暴れるノワール。体自体は小柄な少女なので、まともに抵抗できていない。


 俺はノワールを捕まえ、首根っこを掴む。


 それから時間を止めようとしたとき、声が響いた。


「殺して! そいつは今まで、いくつもの街を崩壊させてきた凶悪犯なの!」


 まさかそんなことを言うとは、という発言がオリアナの口から飛び出してきて、おれは密かにギョッとする。


「黒猫の魔女は、これまで魔王崇拝を目的に多くの事件を起こしてきた! 奪われた命の数は百を超えてる! 現行法に則っても死刑は免れない大犯罪者なの!」


「……」


「お願い、あなたの目的は知らないけど、そうしてくれたら騎士団はタイムに大きな借りができる。力になると約束するから!」


 騎士団? オリアナって騎士団と関係があんの? 原作じゃこの場で死ぬキャラだから詳細が分かんねーよチクショウ。


 騎士団。この場合は、この国オーレリアの騎士団――――オーレリア王立騎士団ということだろう。


 原作でも主人公に並んで活躍のあった武力集団だ。その実力は折り紙付き。ただし『真実の正義』を標榜しており腰が重い。


 作中最強キャラも騎士団にいたような覚えがある。中々動かないが、ひとたび動けば一網打尽。無数にいたサバトの大群を壊滅に追い込む化け物集団だ。


 しかし、と俺はノワールを見る。


 ノワールは涙をこぼして、「ゃ、しに、死にたくない……!」と首を振っている。少なくとも、脅しは効く精神らしい。


 決めかねるな……。騎士団が味方に付くのは武力的に頼もしいが、情報的には確実性に欠ける。


 一方ノワールは、武力は多少騎士団に比べれば低いが、確保してくる情報は確実だ。


 とするなら、と俺はオリアナに言葉を返す。


「それはこれから決めることだ」


 俺は時計のボタンを押しこみ、時間を停止させた。







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