第10話 白鳥の水かき

 オリアナを発見し、救出する少し前―――


 ―――オリアナが消えたと分かった直後、微かな音を聞くとともに、俺は時間を停止させた。


「お、これはバトルの開始やなぁ!? こう見えてワイもなぁ、同族じゃ『舌なめずりのティン』と恐れられたもんやで!」


「その二つ名のどこに恐れられる要素があるんだよ」


 言いながら、俺とティンは音の下に歩み寄った。


 そこには、三人のローブの連中が、俺が立っていた辺りに杖を向けていた。何か魔術で攻撃、みたいな感じなのだろう。


「よっしゃ、敵発見!」


「何やボン、今日は元気やなぁ。まぁ初の実戦ともなれば、テンションも上がるってもんやな! ほれ! やったれやったれ!」


 俺は背中に引っ提げていた弓を構え、矢をつがえた。


 俺の流儀だが、矢を使うときは、殺すときだ。


 『サバトの魔女たち』には、入団のために無辜の人物を生け贄に捧げる必要がある。つまり、連中は全員、自分のために人を殺したことがある。


 だから、連中は一旦殺してもいい。そう言う風に認識している。特に、俺を殺そうとした奴は、ぶっ殺だ。


 弓を引く。キリキリと弦が音をたてる。至近距離。外さない位置。俺は矢を放つ。


 放たれた矢は俺の手から離れた瞬間から、急速に勢いを落とし、連中の首元寸前でぴたりと空中に静止した。


 それを人数分。ティンは言う。


「ところでボン、一人くらい残しておく方がエエんちゃうか? 敵の本拠地の場所分からへんやろ」


「それ先に言えよ」


 もう撃っちゃったよ。停止してるから勘違いしやすいけど、この状態から矢を逸らすの大変なんだよ。


 過去に一回やろうとして、めちゃくちゃ手の平を怪我したのは苦い思い出だ。触った瞬間動き出すので、側面で掴むと俺の手で激しく摩擦するのである。


 手、すげぇ火傷した。摩擦熱の火傷、マジで尾を引いて痛いので嫌いだ。


 ともかく、この停止時間内で行ったことは、通常時間でも止められなければやめられない。つまり、一度放った矢は、素手で矢を掴めないとどうしようもない。


 俺は諦めのため息を吐いて、時計のボタンを押した。


「動け」


 時間が動く。たんっ、と短い音を立てて、三人のローブたちが同時に倒れた。訳も分からず奴らはもがき、そして死ぬ。


「止まれ」


 時間を停止させる。俺はティンに聞いた。


「この辺ってもう敵いないか?」


「おらへんね。少なくともボンを狙っちゅう奴はおらん」


「じゃあ探すしかないかぁ」


 時間を動かす。俺はどうしたもんかな、と思いながら歩いた。


 恐らくは、村にいることは間違いないのだ。とするなら、虱潰しにする他あるまい。


 俺は廃屋をノックしては、息を潜めるという素人丸出しの動きで偵察をした。素人丸出しだからこそ、そう警戒せずに何かしてくるだろうという打算もあった。


 けど、何もなかった。


 多分マジで、ここまで当たってきた廃屋全部が外れだった。


「ぐぬぬ」


 そこで、不意に気配を感じた。どたばたと走りくる人の足音。しかし小さい、子供か? と疑った瞬間に、それは現れた。


「うわぁああああん!」


「子供がめっちゃ泣いてる」


「うわぁあああああ! みんなとはぐれたぁああああ!」


「落ち着け落ち着け」


 小さな女の子を受け止め、慰めていると、どうやらサバト被害者のようだった。話を聞くに、オリアナが助けてくれたらしい。


 マジかよ。オリアナ強いのかよ。あんなウザムーブしてる新米冒険者みたいな奴が。


 意外に思いつつ、さらに話を聞くと、敵が何か強そうだという情報が子供からもたらされる。怖そうなおっさんに、怪しい少女が偉そうだった、と。


「分かった、後は兄ちゃんに任しとけ」


「うん……!」


 俺は子供の案内通り移動して、その場所に訪れる。廃村の村はずれ。木々に囲まれたその廃屋からは、確かに他とは違って気配があった。


「なるほどね。じゃあ、やろうか」


 俺は時間を止める。そうしてからティンと移動して中を覗くと、オリアナが今にもデカブツに頭を踏みつぶされそうだった。


「大ピンチじゃん」


 わお、と思いながら、俺は矢をつがえる。


 強そうな敵だ。だから、一撃で仕留めるのがいい。


 俺は気持ち悪いくらい発達したデカブツの両の腕を、まず吹き飛ばしてやることにした。


 腕片方につき、二十発。矢はティンに大量に運ばせたものを使う。


「ボンはホンマ猟犬使いが荒いで。ワイが力持ちなのをいいことに、たくさん物を持たせるんやから」


「助かってるよ」


「えぇ~~~ホンマ~~~!? 仕方あらへんなぁ~、これからもワイを頼ってくれよぉボン!」


 ちょろすぎだろこいつ、と思いながら、俺は淡々とデカブツめがけて矢を射た。


 考えていた数の矢を放つ。デカブツの両腕の寸前で、計四十の矢が停止している。最後に、俺は歩み寄って、敵の状態を確認した。


「このデカブツ、知ってるな。黒猫の魔女のところの中ボスだ」


 黒猫の魔女、というのはいわゆる魔王四天王みたいなポジションの敵だ。他にも数人の魔女がいて、ストーリー上全員厄介だった。


「とすると、こいつは……ビンゴ、黒猫の魔女だ」


 漆黒の髪を伸ばした金の瞳の少女。名を、黒猫の魔女ノワールといった。猫を使った強力な魔術を使うが、肉体的な戦闘力は皆無に等しい。


 俺は考える。うまいこと工夫したら、黒猫の魔女ノワールに言うことを聞かせられないか、と。


「スパイが欲しいんだよな。サバトの動きを逐一俺に教えてくれる」


 ううむ、と俺は悩む。するとティンが、俺の顔を覗き込んできた。


「ボン、何を悩んどるんや? ちなみに倒れてる嬢ちゃんのパンツの色は白やで」


「何覗いてんだスケベ犬」


「あたっ! 叩くことないやろ! ワイはただ美しいものを見て愛でるだけの善良な」


「こいつ、敵だけど無理やり仲間にしたいんだよ。何かアイデアないか?」


 ティンのどうでもいい話を遮って言うと、ティンは「ふぅん?」と首をひねる。


「この魔女をかぁ。この魔女の望み次第なんちゃう? 魔女ってほら、悪魔に望みを叶えてもらう代わりに魔女になるやん」


「確かに」


 そんな設定だったわ。思い出した。


「望み、望みかぁ」


 何かあったかなぁ。まぁまぁ掘り下げがあったキャラだったとは思うが。うーん……。


「あ、思い出した。アレだ。病気の母親をサバトに捧げて、魔王にその母親を元気な姿で生き返らせてもらう、みたいなのがこいつの望みだったはず」


 思い出した思い出した。キャラデザが可愛いのもあって、倒す時かなり葛藤させられたんだ。


「でもこの願い普通に難易度高くないか?」


「え? 楽勝やろ」


「マジ?」


 ティンが俺に時間魔法の組み合わせで、これこれこうすればと教えてくれる。死ぬほど難易度は高そうだったが、できることが増えれば……まぁ……?


 とりあえず、じゃあ、そうだな。とりあえず方針は決まったし、やってみるか。


 俺は廃屋から出て、時間を動かした。







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