第9話 オリアナが見たもの

【オリアナ】


 タイムに口をふさがれて、むぅ、と頬を膨らませ文句を言おうとした次の瞬間には、オリアナは強い力で背後に引き込まれていた。


「!」


 オリアナは藪の中に引きずり込まれる。敵の動作は素早く、いつの間にか猿轡をされ、助けも呼べなくなる始末。


 それでオリアナは悟るのだ。この敵は素人じゃない。人間を攫うのに慣れた、本当にまずい相手だ、と。


「んぐっ! ぎゅっ!? んん、ん……」


 オリアナがとっさにもがこうとしたその直後、後頭部に強く衝撃が走った。


 オリアナの意識はそれで一気に不安定になる。前後不覚。状況の混乱に合わせて、気が遠くなり―――結局オリアナは気絶した。






 それからどれだけの時間が経ったのか。オリアナは全身を縛られ、地面に転がされた状態で目を覚ました。


「……!」


 オリアナは目覚めが良い方である。だから覚醒してからも、迂闊に目覚めたことをバレないように、細目で視線を巡らせた。


 それは、廃村の中でも木々に囲まれた、外れの廃屋の中のようだった。


「行幸だったな。まさか生け贄が多めに手に入るとは」


 そう言ったのは、漆黒のローブを羽織った。禿頭の男だった。筋骨隆々で、泰然としている。


「うふふふふふふっ。そうですわねぇ、そうですわねぇ。魔王様もお喜びになりますわぁ」


 甲高い声で言ったのは、同じく漆黒のローブを羽織った、小柄な少女だ。しかしその少女だけは、ローブの背中に大きな刺繍が入っている。


 不気味な、黒猫を思わせる刺繍。


 少女がこの中で、一番偉いのだろう。にしても、魔王と言ったか。生け贄、とも言っていた。


 見れば、他にも数人のローブの人物がいた。そちらは目深にローブを羽織り、正体が分からない。


 この場にいるのが、敵のおおよそになるのだろうか。オリアナは不自然でないように気をつけながら、ゆっくりと違う場所にも視線を巡らせる。


 オリアナの周囲には、オリアナ同様に拘束されたらしい子供たちが、複数地面に転がって呻いていた。


 全員に、暴行の痕跡。顔に青あざ。手足の擦り傷。服の下に見え隠れする殴打痕。


 他にも拉致してきた子だろう。依頼に記された迷子情報は一人だったが、問題になりにくい子を狙って、他にも攫われていたか。


 オリアナは思う。――――想像以上に、狙い通りに事が運んだな、と。


 そう。オリアナは、ただ迷子の依頼に引き寄せられただけの新米冒険者ではない。素人を装って裏で事件を探る、でも特殊な立場の人間だ。


 王都騎士団・隠密捜査部門。それがオリアナの所属する部隊である。


 昨今不穏な動きの観測される地域で、行方不明者が続出している。そんな事件を探るために、オリアナ含む部隊は派遣されたのだ。


 それで、あの隙の大きい素人の動きである。見事狙いは的中し、無関係の一般人であるタイムよりも先に、敵の手に掛かったというわけだった。


 あとは、この場をどう打開するか。周りを窺うに、タイムは攫われていない。


 良かった、と思う。彼は不愛想に振舞っていたが、態度がかなり純朴だった。こんな血なまぐさい現場を見せるのは心苦しい。


 元々、極度の危険地帯に向かおうとしていたタイムを、どうにか巻き込まないための同行である。


 恐らくだが、機敏そうな雰囲気のある彼のことだろう。オリアナが消え、危険な依頼と分かって、撤退してくれるはず。だから、今は彼のことは忘れよう。


 オリアナはさらに窺う。オリアナの双剣は当然ない。その程度の武装の解除はするだろう。


 だが、奥の手は取られていない。


 オリアナはニヤリと笑い、秘密裏に手首の関節を外す。


 体内で響く、ゴキゴキという音。オリアナは手首を極端に細くして、するりと腕を拘束から抜いた。


 それから再び関節を戻して、腰に仕込んでいたに手を掛ける――――


「ところで、あの人動いていませんかしら?」


 バレた。それを自覚した直後、オリアナは素早くをふるって、自らの拘束を切り払った。


「む? ……何だアレは」


「あら、あら。聞いたことはありますが、見たことは初めてですわね。鞭のようにしなる、紙のように薄い剣。間合いに入った相手を、防御をくぐって切り裂く……」


「ウルミっていう武器だよ! 冥土の土産に覚えておいてね、魔王崇拝者さんたち!」


 瞬時に自らを解放し、オリアナは構えを取る。


 曲剣ウルミ。柔らかい鉄でできた、鞭のような剣。その性質から、ベルトのように隠して持ち歩くことができる。


 オリアナはその曲剣をふるい、素早く子供たちの拘束も切り払う。子供たちは驚いた顔になって、オリアナを見る。


「逃げて!」


 オリアナは叫ぶ。


「山を下りた先に、君たちを守ってくれる人たちの野営地がある! そこに助けを求めに行って!」


「あ、あの、お姉ちゃんは……」


「大丈夫! あたしはね、君たちを助けに来たんだよ!」


 オリアナが笑顔を返すと、子供たちは頷き、こぞって外に走り出す。


 それに目深ローブたちが動き出すが、オリアナの敵ではない。


 曲剣を振るう。その奇妙な動きは敵の予想をかいくぐって、その肉を切り裂いた。


 数人が一息に血だまりに倒れこむ。それに「あら」と少女は言い、「ふ、ふふ」と禿頭の男が立ち上がる。


 もはや敵は逃げていく子供たちに興味はないらしく、オリアナを注視していた。オリアナは冷や汗を流しながら「目標達成。後は逃げるだけ」と息を吐く。


 禿頭の男は言った。


「ノワール、こいつは見かけによらず、中々できるらしいぞ。オレが相手をしていいか」


「ええ、ええ。決死の潜入作戦というところでしょうか。いいですわ、子供たちの追っ手を放つにはもう人員が足りませんし、せめてこの子をいただきましょう」


 ノワールと呼ばれた少女が、目を細めて命じる。


「バルド、その子をしてくださる?」


「おう!!!」


 合図と共に、禿頭の男・バルドがローブを脱ぎ払った。


 その下から現れたのは、まさしく異形だった。トロールのような巨大すぎる腕が、人間の体から生えている。


 大きすぎて、直立時でも地面をこすりそうなほど。腕単体で、全身の体長よりも長いのではないか。


「っ」


 オリアナは、その姿に息を呑んだ。マズイ。多少の力自慢程度なら対応できても、極端な怪力持ち相手では、この武器では対応が難しい。


 だから、すかさず反転した。オリアナの目的はこの場の勝利ではない。子供たちを逃がし、自分も逃げ帰ること。


 すでに子供たちは逃がした以上、無理をする必要はない。故に撤退の判断。


 だが、バルドからは逃げられなかった。


「オラァァアアア!」


 素早い正拳突きは、まるでイノシシの突進だった。


 オリアナは回避しようとしたが、しきれずに吹き飛ばされた。転び、立ち上がろうとした瞬間、上から踏みつけらされる。


「ったくよぉ……。オレたちがガキを攫うのに、どれだけ苦労したと思ってんだぁああオラァァアアア!」


 何度も何度もオリアナを踏みつけにしながら、バルドは叫ぶ。


「こっちはなぁ! 魔王様が弱って栄養を必要としてんだよォ! その! 貴重な! 栄養源を! お前は逃がしやがったんだクソアマがァァアアアアア!」


「いっ、ぎっ、ぁっ」


「ハハハハハッ! いい気味だ! いい気味だなぁ、ええ!? おい! これだから歯向かってきたメスを痛めつけるのはたまらねぇ!」


 オリアナの悲鳴を楽しむように、バルドはオリアナを踏みつけにする。最後に頭を強く踏みつけてきて、オリアナは意識を刈り取られかける。


「女の頭の踏み心地はいいなぁ!? 男のに比べて、少し柔らかいのがいい」


 バルドは、先ほどまでと違って、脚力で踏みつけるのではなく体重を少しずつかけていく形に切り替える。


「こうして、少しずつ力を籠めるとなぁ。女が、自分の頭が砕ける音を聞きながら、死んでいく様が見えてなぁ! ヒヒッ! その顔がいいんだ。恐怖に歪む、その顔が!」


「うふふふふっ、バルドもいい趣味をしていますわねぇ」


 オリアナは、自分の頭がミシミシと音を立てているのが分かって、全身に恐怖が走る。殺される、と実感する。


 子供たちの呼ぶ助けは間に合わない。ここから打開するための策もない。詰み。詰んだ。このまま、死ぬと実感しながら、殺される。


「い、ゃ」


 オリアナは、恐怖に敗北した。自分の頭蓋骨の砕ける音は、簡単に年若い少女の心をへし折った。


 泣いても敵を喜ばせるだけと知りながら、オリアナは泣き出してしまう。


「やだぁ、やだぁ……! たす、け、助けてぇ!」


「ハハハハハッ! ハハハハハハハッ! ここにお前を助けるような奴なんかいねぇ! お前の仲間も、とっくに手下に殺させたしな!」


 オリアナは目を剥く。そして、ああ、と脱力する。巻き込んでしまった。あんな不器用なだけの少年を。


 ならば、当然の報いか。オリアナは目を閉じる。任務を遂行できても、無関係な人を死なせてしまった。その咎は、自分にふさわしい―――


 その瞬間、


 バルドの両腕が、同時に吹き飛ばされた。


「ぎゃっ」


 短い悲鳴と共に、腕に遅れてバルドが吹き飛ぶ。見ればバルドは両腕を失い、衝撃に絶命しているようだった。


「……ぇ? い、いま、一体、何が……」


「俺がお前の手下ごときに殺されるとは、随分侮ってくれたな」


 ツカツカと近寄ってくる足音に、オリアナは振り向く。そこには、タイムの姿があった。


「え、な、何で。死んだって、今」


「手下なら襲い掛かってきたが、全滅させた。すると子供が逃げてきたので、ここに辿り着いた。そして」


 タイムは、ニィィと笑う。


「お前らだ。お前らを、探していた。薄汚い魔王崇拝者『サバトの魔女たち』。確かお前らは、その中でも被害の多い、『黒猫の魔女』の部隊だな?」


 『黒猫の魔女』? とオリアナはノワールと呼ばれた少女を見る。


 黒猫の魔女。騎士団が賞金首として狙う、邪教の幹部だ。被害拡大防止のために、発見直後の討伐が厳命されている。


 タイムの言葉に、魔女が答えた。


「あら、あら、あら。これはこれは、わたくしも有名になりましたわね。ご指名ありがとうございますわ。わたくしこそ『黒猫の魔女』ノワールに存じます」


 それで? とノワールは笑う。


「わたくしたちを探していて、一体何がお望みですの? 力? 富? 名声? それとも興味ですかしら。可哀そうに、好奇心は猫を殺すことをご存じありませんのね」


 クスクスとノワールは笑う。その周囲から、毒々しい黒のオーラが立ち上る。


 それにタイムは、こう言った。


「一秒だ」


 タイムはいつの間にか、懐中時計を握っていた。オリアナは奇妙に思う。何故今、時計を手にするのかと。


「一秒で、お前らは身の程を思い知る」


 そしてタイムは、時計のボタンを押しこんだ。







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