第6話 悪役令嬢とのお遊戯会

 さて二人で部屋を出たわけであるが、エヴィルは早速俺に無茶を言ってきた。


「それで? お前はアタシの補佐をするのだったわよね。つまりアタシの奴隷というわけね。まずは忠義を見せてもらおうかしら」


「補佐を奴隷扱いとは、個性豊かな考え方をされますね」


「でしょう? ……ん? もう一度言いなさい。今何て言ったの」


「それで、忠義とは一体何ですか?」


 軽くバカにしたのがバレそうだったので、俺は先を促す。


 エヴィルは心底俺をバカにした態度で、こう言った。


「今日一日、お前はアタシの犬よ。首輪をつけて四つん這いで過ごしなさい」


 懐から首輪を取り出して、エヴィルはそう言った。すげーな。女王様志望?


 俺は考える。プライドとかは状況に応じて犬に食わせるタイプなので、吹っ切れてガチで犬を演じて、エヴィルを引かせるのもいいが……。


 俺はせっかくなので、今後の更生のためにも優位を取っておくことにした。


「ふむ、なるほど。それであれば、忠義に見合うものを、まずは見せていただく必要がありますね」


「……何ですって?」


 俺が冷静に言うと、エヴィルは眉根を寄せた。


 俺は笑顔のまま話を続ける。


「残念ながら、実は私は、今のところエヴィル様に忠義を捧げておりません。先ほどエヴィル様への忠義と思われたものは、フィクス様への忠義です」


「……アタシには、忠義を捧げるつもりはないと?」


 エヴィルの目がどんどんと吊り上がっていく。おうおう恐いね。怒りは爆発寸前だ。


 だが俺は笑みを崩さない。


「いいえ、もちろん捧げるつもりです。しかしそれは、捧げるに値する主であるかどうかを見定めてから、と考えております」


 エヴィル様、と俺は畳みかける。


「我が忠義にふさわしい主であることを、まずはお示しください。勝負はそうですね、チェスなどはいかがでしょうか?」






 そんな訳で、俺とエヴィルはチェス盤を中央に向かい合っていた。


 ふかふかのソファに深く腰掛けながら、エヴィルは言う。


「クロック、お前は不遜ね。このアタシが主にふさわしいかどうかを試すですって? 臣下が主を試すなんて不遜、正面から叩き潰してあげる」


 エヴィルは不敵に笑っているが、勝負の椅子に座っている時点で主導権を取られていることに気付かない辺り、まだまだ子供だ。


「ええ、ええ、是非ともその品格をお示しください」


 俺はあくまでにこやかに対応だ。


 態度が悪いのはシンプルに御大の覚えが良くないからな。態度はよく、しかし簡単には従わない、格の高い部下ポジを取りに行く必要がある。


「先攻はアタシよ」


 そう言うなり、エヴィルは先に駒を前に進めた。強引だなぁと思う反面、気の強さというのは悪いことではない。


 流石に英才教育を受けているのか、エヴィルのチェスの手に迷いはなかった。まぁまぁ強いのだろう。自信たっぷりだ。


 対する俺は、別に強くはない。貴族だから色々やらされている関係で、分からないことはない、程度だ。


 だから、多分負ける。そう見ておくのが良い。


 ――――無論、普通に勝負すれば、だが。


「では、私はこちらを」


 俺は定石に従って、駒を進める。それを見て「ふぅん?」と遥か高みから見下ろすような目で、エヴィルは俺を見る。


 それからしばらくは、淡々とやり取りが続いた。じわじわとお互いに盤面を構築しながら、ぶつかり合うその瞬間を待っている。


 ある程度やり取りを勧めたあたりで、エヴィルは言った。


「少し、お前という人物像が分かったわ、クロック」


 まだ十一歳の少女とは思えない、迫力のある笑みでエヴィルは言う。


「お前は臆病者。準備を入念に入念に、それこそ完璧なまでにしなければ行動できない。その意味では実に補佐向きね。行動する大胆さが求められるのは、主の器」


 だから、と言いながら、エヴィルは駒を動かした。


「アタシが上手く使ってあげるわ。お前はアタシに従いなさい」


 ―――エヴィルが、勝負を仕掛けてくる。


「……ふむ」


 俺は盤面を見下ろす。完成に近づいていたこちらの防御が、一気に崩れだす一手だ。


 頭がいい、と思う。前世のある俺相手ですら、この十一歳の少女の一手に負け始める予感を抱いた。流石はラスボスの器か。体を乗っ取られるにしても格が高い。


 が、この程度のことは最初から読んでいた。


 俺は考えるふりをして、机の下で時計のボタンを押しこむ。


 時間が、止まる。


「おうおうボン! ヒヤッとする一手やな! けどなぁここは任しとき! ワイはこう見えて、ティンダロスのナイトと呼ばれたくらいのチェス打ちで」


 静止した世界で意気揚々と話しかけてくるおしゃべり犬、ティンに、俺はキョトンとして言った。


「え? いいよそういうのは。全然ズルするし」


「ボン……チェスに嘘を吐いたらアカン! チェスはなぁ、真剣勝負なんやで!」


「ティンはチェスの何なんだ……」


 キリリと語っても、顔立ちは変わらずぬへっとしているティンをスルーしつつ、俺は盤面を見つめる。


「ん~……。勝負を仕掛けてきたのはこの辺りだから、多分この辺の駒の位置関係はおぼろげだよな。頭がいいというより度胸がいいタイプのキャラだし、エヴィル」


 俺はエヴィルの考えを読みながら、ちょこちょこと駒を入れ替える。


 そうしながら、苦笑した。


「にしても、ティン、今のエヴィルの言葉、聞いてたか? 完璧主義者の臆病者だってさ。チェスだけで、人のことをよくよく見てる奴だ」


「だからチェスはなぁ! ……そうなんか? 確かにワイも、ボンはまじめやなぁと思っとるけど」


「いいや、俺がどうこうっていう性質以上に、本質を言い当ててるんだよ、エヴィルは」


「どういうことや?」


 俺は自嘲半分に、くくっと笑う。


「俺には時間魔法がある。つまり、無限の準備期間があるってことだ。すると人間、完璧を目指す気質になる。エヴィルはそれを見抜いてきたんだ」


「ほほー! 確かに、そういう意味じゃドンピシャやな! よう人を見とるわ」


「だろ? 中々どうして、侮れないじゃないか、このお嬢様は」


 俺は少しエヴィルに面白さを見出しながら、盤面の調整を完成させる。


「よし、あとは最初の姿勢に戻って」


「でもなぁボン、話ぃ戻して悪いんやけど、チェスはなぁ、深い歴史があるんやで? よし! この場の敗北は仕方ない。次勝てるようにワイが仕込んだる!」


「時間よ動け」


 時間が動き出す。エヴィルが呼吸をし始め、ティンの姿が消える。


「さて、どうするのかしら?」


「そうですね、ではこちらに」


 俺が駒を進めると、「ふぅん、じゃあ……」まで言って、エヴィルは眉を顰めた。


「……」


 一手で窮地に押し返され、エヴィルは思案する。


 記憶に大きく矛盾しない範囲で、俺に有利になるように、すべての駒を配置替えした。それを指摘できるほど、エヴィルの記憶力は良くない。


「……なら、ここ……でも、いえ、こちらなら。……ええ、こうするわ」


 エヴィルは思案して、再び大胆に俺に攻め込んでくる。だが俺はそれを考慮して配置替えをした。


 有利になった自駒で、攻めを排除する。


「えっ、嘘。そっちにナイトが居た……!?」


「恐れながら、ひっそりと忍ばせていました」


 時間を止めてな。


「く、ぅ……」


 エヴィルは険しい顔で、盤面を見つめている。


 その後も、エヴィルは大胆不敵に俺に攻め入ってくる。だが俺は時間魔法でズルを重ね、その度に巻き返す。


「チェックメイトです、エヴィル様」


 結果は、エヴィルの惨敗。大胆さがすべて裏目に出る形で、エヴィルは俺に敗北した。


「……」


 エヴィルは俯いて、腕をプルプルと震わせている。よほど悔しいのだろう。実際ズルなしでは勝てなかったと思う程度には、エヴィルは強かった。


 正直、ムカつくバカ女に勝ってやったぜ! という感覚はない。最初は舐め腐っているにもほどがある、と思っていたが、今は違う。


 エヴィルは、確かに女王の器だ。チェスがただ強いとかそういうのではない。


 駒の動かし方で相手の性質を読み、言葉で優位に立つ。迫力だけで他者を従わせる。そう言うことを十一歳の若さでしてのける。


 末恐ろしい、と思ってしまうほどだ。そうエヴィルを見ていると、彼女は顔を上げた。


 エヴィルは、顔を真っ赤にして、泣いていた。だが、泣き声の一つも上げずに、口を引き結んでいた。


 エヴィルは手を差し出してくる。


「アタシは、主に足る格を、示せなかったわ」


 差し出す手は震えている。おいおい、と俺は思う。


「死ぬほど、悔しい……ッ。クロック、お前がズルをしたんじゃないかとすら疑う、醜い心が、アタシの中にある、わ」


 俺はその指摘に、ドキリとする。しかしエヴィルは続けた。


「けれど、それ、なら、……そのズルを見抜けなかったの、が、アタシの……落ち度でも、ある……ッ」


 だから、と真珠のような涙をこぼしながら、エヴィルは言った。


「ア、タシの、負け、よ……ッ。いい、勝負だっ、……たわ」


「……ええ、ありがとうございました」


 俺はエヴィルの手を握り返す。握手。しながら、すさまじいと思う。


 原作におけるエヴィルは、出自以外には特に何かが特別優れている、という描写はない。全体的にハイスペックで弱点がない、くらいのものだ。


 しかし、人間として正面に立って、思い知らされる。


 エヴィルは単なるワガママお嬢様ではない。泣くほどの悔しさと、相手に対する敬意を同時に持つなど、大人でも難しい。


「ッ……!」


 握手を終えるなり、エヴィルは走って部屋を飛び出していった。俺はそれを目で追ってから、全身の力を抜いて背もたれに寄りかかる。


「止まれ」


 そして、時間を止めた。ティンが「ボン~~~!」と詰め寄ってくる。


「ボンがズルするから、お嬢ちゃん泣いてもうたやないか! ほら、ワイが一緒に謝ったるから、今からごめんなさい言いに行こな?」


「いや、要らない。ズルだったのは絶対にバレてる。けど、それも飲み込んで負けだって言ったんだ、エヴィルは」


「へ? そうなんか?」


「ああ。そうだ」


 俺はため息を吐く。それから苦笑いして、腕を組んだ。


「……マジか。あんなのの手綱握んなきゃ、俺破滅エンドなの?」


 時間魔法使っても難しくない? 悪役令嬢なら三下キャラであれよ。何で精神性が偉人のそれなんだよ。







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