第5話 問題の悪役令嬢

 自室で、情報誌を読んでいた。


 書かれている内容は、最近の賊の連続壊滅事件についてだ。


 ここ一年間ほど、何者かによる賊の壊滅事件が横行しているらしい。壊滅しているのは賊だからそう大ごとにはなっていないが、水面下で騒がれていると。


 冒険者の証言では『偵察に向かったらすでに全滅していた』『依頼で連合を組んで討伐に向かったら死体の山がそこにあった』『楽して依頼金が貰えるのはいいが不気味』とのこと。


 冒険者だったらギルドが管理しているはずだし、騎士団がやっているなら広報を出すはず。何者の仕業? と荒事に関わる人間のもっぱらの噂らしい。


 俺はそれを渋面で眺めながら、ポツリ呟く。


「話題になってるな……少し控えるか……」


「何がですか? クロック様」


「!? ケイト、居るなら居ると言え!」


 俺は背後からの、メイドのケイトの言葉に驚いて、思わずソファから立ち上がる。「何ですか大げさですね」と生意気なことを言いながら、ケイトは持っていた箒で掃除に戻る。


「居るも何も、ケイトはクロック様付きのメイドになったじゃないですか。前々からそうではありましたけど、今となってはクロック様の傍にいない方が珍しいです」


「……確かに」


 そういえば最近、ケイトは俺付きのメイドに命じられたんだった、と納得する。


 俺が初めて賊を壊滅させてから一年。俺は十二歳になっていた。


 あれ以来、俺は訓練も兼ねて賊狩りを続けていた。その甲斐もあって、かなり実践には慣れてきたという感触がある。


 少なくとも、最初の戦闘のように気分は悪くならないし、予想外の反撃に動揺することもなくなった。


 まだまだ課題はあるが、戦闘慣れはいい意味でできたかな、という感じだ。


 無論、まだまだ課題は山積みだが……とりあえず、アレだな。俺の成果で冒険者がタダ金貰ってんのが気に食わんな。


 俺も近いうちに冒険者登録しようかな。とか考えていると、ケイトがこんなことを言い出した。


「そういえば坊ちゃま、子爵様が『明日は重要な顔合わせがあるから、自室で待機しているように』っておっしゃってましたよ」


「え? お父様が? これまた何の用で」


「どこかで聞いたんですけど、確かに噂では……」


 ケイトは茶髪の髪をくりくりと指で弄びながら、斜め上を見て記憶を探る。


 その答えは、俺の考えうる中でも、最悪のものだった。


「このフォロワーズ子爵領の寄り親、サバン公爵家のご令嬢が来る、みたいな話だったかと思います」











 サバン公爵家。それはこの国を裏で牛耳る、大貴族だ。


 同時に後ろ暗い噂も多い。反抗した相手は数日中に行方不明になるとか、今の王を傀儡にしているとか、そういう噂だ。


 実際それが事実なのかというと――――残念ながら事実である。サバン公爵家当主、フィクス・マスターマインド・サバンは、そうやってこの国を牛耳っている。


 そして娘も、その精神を正しく受け継いだ結果、ラスボスに体を乗っ取られて主人公に処される結末を迎える訳なのだが。


「初めまして、クロック君。私はフィクス・マスターマインド・サバン。君たちフォロワーズ子爵家の寄り親に当たる、サバン公爵家の当主だ」


 そう名乗ったのは、穏やかそうに微笑む金髪のイケオジだった。めちゃくちゃ高そうな服を身に纏い、足を組んでソファに腰かけている。


「お、お初にお目にかかります。クロック・フォロワーズです……」


 俺は深々と頭を下げて握手を交わす。するとフィクスは「ハハハ、礼儀正しい子だね。前情報よりよほど優秀だ」と笑う。


 寄り親、というのはつまり貴族間における上司役、という理解で問題ない。


 寄り子貴族が困ったら寄り親貴族が力を貸す。代わりに寄り子貴族は従属を示す。そういう関係だ。


 つまる話……親の上司である。しかも大貴族。逆らえる訳ねぇ。たとえ大悪党でも。いや大悪党だからこそ。


「いやはや、ご足労ありがとうございます、フィクス様。クロック、この方が私たちフォロワーズ子爵家を助けてくれる大貴族、サバン公爵家の方々だぞ」


 そして俺に、小悪党感をにじませながら釘を刺すのが、恥ずかしながら我が親父、フォロワーズ子爵家当主である。


「……よろしくお願いいたします」


 俺は頭を下げ、無難にこなす。あークソ、こいつらの所為で将来の俺は断頭台行きだっていうのに、何で頭を下げなきゃならんのだ。


 憤懣やる方ない気持ちである。チクショウがよ。


「さ、お前も挨拶なさい。今後は、彼がお前を補佐するんだ」


 フィクス御大はそう言って、少女の背中を押した。


 腰まで届くウェーブする金髪をツーサイドアップになびかせた、美しい人形のような少女だった。


 金髪の少女は、記憶の通りひどく険しい顔をしていた。生まれながらにすべてを見下す少女。性格のキツそうな釣り眉をさらに吊り上げて、腕を組んで叫ぶ。


 そう、彼女こそがゲームにおけるラスボスの器。悪役令嬢にして俺の主―――


「アタシはエヴィル。エヴィル・ディーモン・サバン! 嫌いなのはへらへらして他人の顔を窺う弱い男よ」


「……どうぞよろしくお願いします」


 知ってたけど初手侮辱とはキレてんな。キレキレだ。俺はもう笑うしかない。


「フンッ」


 エヴィルは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。俺は貼り付けたような笑みを続けるばかり。


「うん、仲良くなれそうで良かったよ」


 フィクス御大はそう言って穏やかに微笑んだ。御大、冗談が過ぎますね。


 と思っていると、父からも俺に言い聞かせてくる。


「クロック。これからお前は、エヴィル様の世話役として動くのだぞ」


「世話役、ですか」


「ああ。使用人では出来ないようなことが、今後入学する学園ではあるだろう。それを貴族として責任をもって補佐するのが、お前の使命だ」


 使命、ねぇ。ある意味ではその通りだ。失敗すれば破滅だからな。


 とは思いつつも、俺にも目的がある。破滅を避けるためにも、エヴィルをある程度は更生させなきゃならない。


 機嫌を損ねる訳にはいかないか、と俺は笑みをはがさないでおく。


「では、私たちは大人の会話があるからね。エヴィー、外で遊んできなさい。クロック君、君にはエヴィーの相手をお願いできるかな?」


「こいつとですかしら? お父様」


「もちろんです、お任せください」


 嫌がるエヴィルの言葉を半分遮るくらいの速度で、俺は御大に媚を売る。エヴィルは何だこいつ、という顔を俺にしているが、俺は気にしない。


「では、エヴィル様。こちらへ」


「フン、まぁいいわ。お父様の話を聞いていてもつまらないもの。精々アタシを楽しませなさい」


 わがままなお嬢様だこと、と思いながら、俺はエヴィルを伴って部屋を出る。







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