第4話 時間魔法で実地戦闘

 賊に気付かれたり気づかれなかったりしながら追って行った先で、俺はやっとこさ賊の拠点に辿り着いていた。


「思ったよりちゃんとした拠点だな」


 木で作った防護柵に、仮設テントのようなものがチラホラと点在している。山奥にあるからか、キャンプファイアーめいた火が堂々と燃やされていた。


 俺は高台からしばらく観察し、いくつか策を立てる。


 忘れちゃならないのが、俺は少なくとも体格は子供ということ。連中はみな大人ということ。


 それを忘れて警戒させれば、時間魔法を使うまでもなく俺は仕留められかねないということだ。


「つまり必要なのは……演技ってとこか」


 子供が子供らしい演技をすれば、騙されない大人は少ない。


 俺はほくそ笑んで、木から飛び降りた。


 まず俺は、武器の一切合切を近くの茂みに隠した。弓矢とスリング。それからコートを脱いで、武器を覆い隠す。


 現れるのは身綺麗な子供だ。しかも貴族らしいシャツまで着こんでいる。


 それが山賊の拠点にいるのだ。誰がどう見ても、仲間が拉致してきた貴族の子供にしか見えない。


「行こう」


 俺はそそくさと移動し、入り口から内部に侵入した。


 小さな背丈とはいえ、入り口から入ってくる者がいれば、賊とて気付くし警戒する。


「ん? 何だ?」「ガキ?」「何だありゃ」


 気づかれてきたな、と周りの反応で把握する。そこで、俺は手を顔に運んで大声を上げた。


「えぇぇえええん! えぇぇえええん!」


 子供の秘儀、泣き真似である。すると気付いていなかった賊たちも、揃って俺に気付きだす。


「何だおいうるせーな」「おい誰だぁ!? 拉致ったガキは縛って奥にしまっとけって決めたろ!」「つーかどこのガキだおい……んん!?」


 近づいてきた賊が、俺の身なりを見て顔色を変える。


「こいつ子爵家のガキじゃねぇか!?」「おいマジかよ! 大手柄じゃねぇか誰だよ攫ってきたの!」「お、俺だ俺! 俺が攫ってきた!」嘘つけおい。


 賊が俺の存在に気付いて騒ぎ出し、ぞろぞろと集まってくる。テントにこもっていた奴や、策の外を警戒していたような連中もだ。


 ―――俺がわざわざ姿を現した理由は、これだ。


 賊は経験豊富な大人である。とするなら、俺の想定外の場所に隠れている場合がある。そう言うのを逃せば、リスクになると考えたのだ。


 その意味で、貴族の子供という存在は、賊なら十分に、ほとんど全員を引きずり出せると俺は思った。


 予想は的中。木の上からも賊が下りてきて、俺は泣き真似を続けながらマジかよと思う。


「俺の手柄だぞ! へへ、俺が攫ってきたんだ!」


 しかもありがたいことに、嘘をついて俺の身柄を保証してくれる賊まで現れる始末だ。周りからは「あいつがぁ?」「ホントかよ」と怪しまれているが、俺を疑う奴はいない。


「ほーらいい子だな~。さ、おじさんが優しく縛ってやるから、こっちおいで~」


 間抜け面をした賊が俺をそんな風に近づいてくる。俺は周囲を確認して、もういいか、と思うまで引きつけ―――


 ニヤ、と笑った。


「うまいこと集まってくれて、ありがとな」


 時間を、止める。


 すると、すべての賊が停止した。俺は「うん、いい感じだ」と頷いてから、集まった賊の間をすり抜けるように歩き出す。


 まずはコートを羽織り、武器を回収。かなり矢を多めに持ってきたから、足りないということはないだろう。一応スリングも持ってきてるし。


「ボン~、お楽しみやなぁ、ここからぁ~」


「ティン、お前実は趣味悪いか?」


「いやいや何を言いよるんやこのボンは。ワイはただ、処刑ってのは楽しいよなぁって言っただけで」


「それが趣味悪いんだぞ」


「ファッ!?」


 驚く趣味悪犬ティンを置いて、俺は防護柵の中に戻る。


 さて、とはいえティンの言う通り、ここからは処刑に近い。動けない相手に、確実に死ぬ一撃を叩き込む。それは処刑に近いだろう。


 俺は一番近い賊に歩み寄り、その顔を見た。遠巻きで、僅かに笑っている。俺の身代金で、あるいは俺を売ってより良い暮らしをしようと考える顔だ。


 俺は弓を構え、矢をつがえる。下卑た顔。敵。


 俺は深呼吸をして、呟く。


「俺は、自分の命のために、人の命を奪うことができる」


 手を放す。矢が放たれ、男の前で停止した。


「……ふぅ~……」


「ボン、やったなぁ! これで時間を動かせば、そいつは死ぬで。ナイス初殺し!」


「うるせぇ」


「何や冷たいなぁボン。いけずやわぁ」


「だからどこの言葉なんだよそれは」


 俺はティンに悪態をつきながら、次の敵を前に矢をつがえた。


 淡々と、淡々とそれを繰り返す。目の前に立ち、矢をつがえ、放つ。それの繰り返し。十人、二十人、三十人と繰り返す。たくさん持ってきた矢の、ほとんどを使う。


「……こんなもんか?」


「ワイが確認した限り、柵の中は全員やで! こういうのの撃ち漏らしは危ないから、ネズミ一匹漏らさんくらいちゃんと見てきたわ」


「心配だから俺も確認する」


「何でやぁ~!」


 確認を済ませる。恐らく、全員。全員の頭や首を狙って、俺は矢を射た。


 それから、連中を一望できる場所に移動する。ひとまずは防護柵の入り口でいいだろう。


 俺は空中に浮かぶ矢を突き付けられた、賊たちを眺める。それから、手の中の時計を見る。


 深呼吸。呟く。


「もう、手は下したんだ。その結果が、現れるだけ。時間を動かさなくても、魔力が切れたら連中は全員死ぬ。もう、後悔しても遅いんだ」


「それに、後悔なんかすることないで。連中は敵や。敵はな、殺さなアカンのやで」


「……ティン。お前フランクのようで、結構シビアな価値観持ってるよな」


「? よう分からんけど褒められた?」


「どっちでもない。けど、いい意味で気は抜けた」


 俺は肩の力を抜いて、時計のボタンに指をかける。


「俺は、異世界に来たんだ。破滅の運命を避けるんだ。だから―――人くらい殺せなきゃならないんだ」


 ボタンを押す。


 時間が、動き出した。


「あっ」「ぎっ」「げ」「くっ」「おごっ」「あぎ」「き」「るぇ」「ふぇ」「ば」「てぃ」


 全員。賊の全員が、まともな悲鳴一つ上げられないままに矢で射ぬかれ絶命した。


 賊、計三十六人。そのすべてを、俺が殺した。


「……うぷっ」


 流石に気分が悪くなり、俺はえずく。血、死体、血、死体。血の池に沈む死体の山は、現代人のメンタルには流石に衝撃的だ。


 だが、俺は吐き戻さない。喉から酸っぱい胃酸が上ってくるが、飲み下す。自分でやった凶行で吐くだなんてダサいことはしない。


「ふ、ぅ……。やり、きった。俺は、やりきっ……!?」


 顔を上げる。それで、気づいた。


 血だまりの中で、たった一人、立ったままの賊の存在に。


「……は? 何だ、これ。どうなってる。何で、何で全員殺されてやがるッ!」


 その賊は、首に矢が突き刺さっていたが、中心を逸れていたようだった。それで辛うじて生きている――――いや、生命力が高いのか、ピンピンしている。


「何で、何だこれは! クソ! 魔法使いか!? どんな魔法ならこんな真似ができる、チクショウ!」


 賊は素早く腰の剣を抜き放ち、周囲を見回す。


「誰だ! 殺してやる。絶対に殺してやる! 俺の仲間を、家族を皆殺しにしやがって! 絶対に見つけ出して殺してや―――」


 そしてその目が、俺を捉えた。


「……貴族の、ガキ? お前、何でそこに立ってる。みんなに囲まれてたんじゃなかったのか。お前―――――お前か?」


 賊の、目の色が変わる。


 同時に、賊は駆けだした。


「ウォオオオオアアアアアアアアア!」


 その本気の怒号に、俺は一瞬怯む。その一瞬で、賊は俺との間の距離を大きく詰めてくる。


「テメェの所為か! テメェがやったのかぁぁああああ!」


 賊は剣を振り上げる。俺はとっさに矢を構え放つ。


 俺の弓矢の訓練は無駄ではなかったと見え、矢は賊の胴体を貫いた。驚いたが、これで終わり―――


「この程度で、止まるかバカがァァアアアアア!」


「――――ッ!」


 止まらない。賊は、止まらない。襲い来る敵は、矢の一本では倒れない。


 そこで俺はやっと我に返り、時計で時間を停止させた。


「―――――ハァッ! はぁっ、はぁ……!」


 至近距離。俺めがけて、すでに賊は剣を振り下ろしていた。あと一瞬でも遅ければ、俺は賊に頭をカチ割られていた。


「おぉぉおおお! あっぶな! ボン、時間が動いてる間に矢を撃つのはやめときーや? 手の内バレるし、その程度じゃ向かってくる敵倒せへんで?」


「ああ……! 今、痛いほど、実感した」


 余裕なんかじゃない。時間魔法というめちゃくちゃ強いチート魔法が使えても、大人の敵は強いし、俺は無力な子供なのだ。


 訓練がいる。もっとしっかりと訓練して、賊相手に戦闘も繰り返す必要がある。そうでなければ、俺はきっと、時間魔法に慢心していつか死ぬ。


 俺は場所を移動して、賊の背後から十本、矢をつがえ放った。時間を動かす。賊が「ぎゃぁっ」と短く悲鳴を上げて即死する。


「強くなろう」


 俺は自分に誓う。


「破滅を避けるために、もっと、もっと強く」


 弓を下ろす。息を吐く。落ち着く時間が必要だと思って、時間を止める。


 それから、後ろを振り返った。


 そこには、もう生者の気配は存在しなかった。全員が息絶え、血を流し、死体の山が築かれている。


 前を向く。今、殺した最後の賊が倒れている。


「俺が殺したんだ」


「そやな。ボンが始末したんや。立派やで」


「殺してでも、前に進むんだ」


「その通りや。殺されるくらいなら殺した方がええ」


 俺はいちいち相槌を入れてくるティンに苦笑して、歩き出す。


 死体を踏み越え、山道を下り、家路へと、進む。







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