第3話 時間魔法で尾行訓練

 その日から俺は、弓矢と投石の練習に打ち込んだ。


「坊ちゃまも飽きませんねぇ……まじめだなぁ……ふぁああ」


 俺のお付きということで、ずっと後ろで待機しているケイトが、大あくびをかます。


 時間は夕方。俺が前世の記憶に目覚めてから、一年の月日が経っていた。


 俺は精神を集中させて、弓に矢をつがえる。構え、キリキリと弦が音をたてる。


 放つ。すると矢は、まっすぐに的を貫いた。中心ど真ん中に突き刺さる。


 最初はずいぶんと下手だったが、コツを掴んでからはかなり上達した。まっすぐ飛ぶし、狙ったところに刺さる。


 とはいえ、子供の筋力では、めちゃくちゃ遠くまでは飛ばせないが。


「次は、こっち」


 俺は弓を下ろし、石と投石紐―――俗に言うスリングを手に持った。


 スリングの端の輪っかに右手の中指を通す。真ん中に石を収める。そして反対の端も右手で握る。


 弓矢とは少し趣が違う。構えは動的。くるくると石の入った紐を回す。そして勢いをつけ―――


「せいッ!」


 放つ。石が刺さった矢を砕く。


 そこで、ケイトがついに文句を言った。


「ねぇー坊ちゃま~、全部成功だと見てて飽きますよ~、たまには失敗しませんか~?」


「主人の失敗を望むとは、ケイトは本当に優秀なメイドだな」


「でしょ~? 坊ちゃまがずっと同じことやってても、勝手にどこかに行かないんですから優秀ですよね~」


 再びの大あくびだ。ケイトは皮肉が通じないので無敵だなぁとか思う。


「ふぅ……今日はこんなところでいいか。ケイト」


「ん……んんっ、ふぅ、はーい。やっと解放ですね。はい! お身体お拭きします!」


 タオルを持ってきて、上裸で訓練に励んでいた俺の体を、ケイトは拭く。そうしながらケイトは口を開いた。


「にしても、坊ちゃまも熱心ですよね。何で弓と投石ばっかり、あんなに頑張れるんですか?」


「え? そりゃあ……」


 俺は小声で、しかし覚悟と共に呟く。


「―――原作の諸悪の根源、正体隠して処しまくるのには最低限このくらいできなきゃ」


「……はい? 声が小さくて聞こえませんでした」


「何でもない」


「もー何ですか~? このくらいで機嫌損ねないでくださいよ~」


 ブーブーと言うケイトに「黙って仕事をしろ」と頭を撫でる。何だかんだ懐いてくれてるケイトは「仕方ないですね……」と照れた様子で俺の汗を拭いた。


 そうしていると、屋敷で兵士が忙しそうに走っているのが目に付いた。


「矢の備蓄は足りてるか!?」


「足りないから倉庫から引きずり出してるところだ! 大砲はどうする!」


「兵士長から指示は出ていない! 今回は要らないってことだろう!」


「分かった! じゃあ矢だけだな!? ―――あ、坊ちゃん、失礼いたします! では!」


 俺に気付いて一礼しつつ、素早く声を交わしながら走り去っていく。


 俺はキョトンとしてから、ケイトに尋ねた。


「アレは?」


「ああ、最近賊がちょっかい掛けてくるみたいで。このフォロワーズ子爵領って結構人が行き交うじゃないですか。それでって感じみたいです」


「あー、人の往来が多いと、そのまんま治安の悪化になるところあるもんな」


 交通の要衝でもあるフォロワーズ子爵領は、商人も多々来る一方、治安の悪さも目立つ地域で有名だ。


 その関係で市井を訪れたことは、今世の記憶でも一度しかないほど。「ふぅん……」と俺は様子を見つつ考える。


「兵士たち、大砲は要らないって言ってたよな。つまり、その程度の敵って訳だ」


「そうですね。子爵家の兵士は戦闘経験豊富ですから、少々の賊程度ならサクッと排除しちゃうんじゃないですか?」


「なるほど、なるほど……」


 俺は腕を組んで考える。ケイトが「何ですか、その悪だくみっぽい感じ……」といぶかしんでいる。


「いいや、別に。何も企んじゃないさ」


 俺は肩を竦め、嘘を適当に誤魔化しながら、ケイトを連れて屋敷に戻る。











 その夜更け、俺は弓矢とスリングを手に、目立たないようコートを羽織って寝床を抜け出していた。


「はてさて兵士たちの動きはどんな感じかなっと」


 隠れて様子を窺うと、兵士たちは激しく言葉を交わしている。


「賊は逃げていくぞ!」「深追いするな! どうせ罠を張ってるに決まってる!」「城壁を守ることだけ考えろ!」


「ふむふむ、そういう感じか……。じゃあ、俺が出張っていっても、ウチの兵士にバレることはなさそうだな」


 俺は頷き、にんまりと笑って懐中時計を手にした。


「止まれ」


 ボタンを押しこむ。時間が止まる。


 すると、いつものように時空をさまようカートゥーン犬、ティンが俺の横にぬるりと現れた。


「ふぁああ、ボン、こんな深夜に何しとるん? 子供は寝る時間やで」


「ああ、この一年で実力もついてきたし、腕試しも兼ねて、小さなことから一つ一つやっていくかって思ってな」


「小さなことから一つ一つ……? 何やボン、編み物でも始めるんか?」


「何がどうなってそういう発想になったんだよ」


 違うわ、と俺は突っぱねる。


「破滅回避活動だよ。俺が破滅しないように、色々と立ち回るってことだ」


 俺が唇を尖らせて言うと、ティンはしばらくアホ面を晒してから、こう言った。


「破滅回避?」


「……もしかして全部忘れた?」


「いや! 待て。思い出す。思い出すから、もーちょいヒントくれへん?」


「ティン……」


 俺は一つ嘆息をしてから「俺が将来、破滅する運命にあるって話だ」と告げる。


「ああ! アレな! ……ん? それで何で今日抜け出す言う話になったんや?」


 首を傾げるティンに、俺はアゴで兵士たちを示す。


「兵士たち、賊とぶつかってたろ?」


「ああ、賊やな。ちょこちょこカワイ子ちゃん拉致ってパコって殺してるから、死ねばエエと思うとるよ」


 スッと重い情報を差し込んでくるな。


「あいつらさ、放っておくと、俺が破滅する原因の組織――――『サバトの魔女たち』に組み込まれて、戦力増強するんだよ」


 サバトの魔女たち。魔王復活を目論む邪教。悪役令嬢に魔王を乗り移らせて、己の望みを叶えようと考える者たち。


 俺の破滅には、大きく連中が関わってくる。すなわち敵だ。可能なうちに、戦力はそいでおきたい。


「ほー、そんなとこにも被害があるんやな。害虫やん、もはや」


「だろ? だから、これを機に初駆除しとくかって思ってな」


 つまりは、腕試し兼露払い。それが、俺が夜更けに起き出してきて、兵士たちの動きを探っている理由だ。


 賊が減れば敵の戦力が減って良し。俺は賊を相手に、自分がどのくらい戦えるのかが分かって良し。兵士たちは賊が減って良しというわけである。


 するとティンが言った。


「なるほどなぁ……いやでもダメやでボン! ボン、自分が何歳やと思うとるん!?」


「十一歳」


「……何や、意外に大人やな。戦いを知るにはいい歳や」


「ティンの基準おかしくね?」


 ティンの理解を得られたところで、俺は歩き出した。


 停止した兵士たちの横を抜け、草むらに隠れた子供だけが通れる塀の隙間から、俺は外に出る。


「ティン、賊ってどっちだ?」


「アレやないか? ほら、あの、みすぼらしい服着た……」


「アレか。ほとんど無傷だな。本当にちょっかいかけただけか」


 引き際が上手いなぁと思いつつ、俺たちは進む。


 賊の近くまで迫り、それから顔を観察した。いかにも山賊といった顔だ。略奪が趣味ですと言うような柄の悪さを感じる。


「よし、顔覚えた。一旦隠れて、逃げるのを追うか。拠点をつきとめたら全滅させよう」


「今更なんやけど、ボンって人殺しとか忌避感ないタイプ?」


「いや、多分あるけど甘っちょろいこと言ってたら俺が将来に掛けて死ぬし」


「自分の命と天秤に掛けたら殺せるタイプやな……。ってか魔力大丈夫か?」


「魔力は問題ない。この一年間で死ぬほど鍛えて、今では一週間時間止められる」


「毎日ぶっ倒れるまで時間魔法使ってたもんなぁ……」


 後顧の憂いはない、ということで、俺は茂みに隠れて時間を動かした。


「ヒャハハハハハハ! 流石領主砦は固ぇなぁ!」


「一旦撤退だな! 魔法使いの先生に頼むとするかぁ!」


 ゲラゲラ笑いながら駆けていく賊どもである。放置してたら手痛い反撃を食らいそうだな。俺は息を潜めながらついて―――


「追っ手か?」


 賊が俺に振り返って、手に持つ松明を投げてくる。俺は瞬時に時間を止める。


「……ビビった」


 俺の眼前で、松明が空中で停止している。マジかよ。何であの騒ぎの中で気づけるんだ。


 そう目を丸くしていると、ティンが横から注意してくる。


「ボン。ボンの強みは時間魔法で、他は十一歳のガキってこと忘れたらアカンで」


「あ、ああ……。いや、そうだな。その通りだ。あいつら全員戦闘経験のある大人なんだもんな。普通にしてたら俺よりよっぽど強いんだ」


 覚えておこう。俺は頷いて他の草むらに移動し、時間を動かす。


 俺がいた場所に、松明が落ちた。無論俺は、そこにいない。


「ん……気のせいか」


「何だァ!? 臆病風に吹かれたかよ! ギャハハハハ!」


「うるせぇ! クソ、いると思ったんだがなぁ」


 賊は松明を拾いなおして、再び走っていく。


 そこにはただ、松明の火で燃やされた、小さな草が揺れていた。







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