第24話 火中の栗はここにある
さて、この場で俺が勝つためにすべきことは、非常にややこしいと断言できる。
まずもって、俺の素の能力で羽ペンの魔女クイルをしばくことは不可能だ。素の能力というのはつまり、時間魔法抜きの能力ということ。
だが俺がいきなり時間魔法を使えば、目撃者となるイグナ、相手貴族が、俺がやったと気づくだろう。うまくやってもおかしなことになる。いきなり敵が全滅するから。
だから、俺は一度この場から逃げる必要がある。そして『時計仕掛けの大魔法使い』タイムとして、この場に舞い戻るのだ。
しかし、この計画には複数の問題がある。
ケンカを売っておいて情けなく逃げれば、イグナから心証を悪くする。それは最終的な俺の破滅回避の手が潰れるのと同義だ。絶対に出来ない。
だが逃げなければ正体を隠したまま戦えない。冒険者タイムになる前に倒れてしまうというわけだ。
さてどうする? 俺は必死に考える。何だこの状況。時間魔法があれば人生余裕って誰か言ってたと思うんだけど。
「さぁ行きなさぁい! 我が奴隷たちぃ!」
羽ペンの魔女の命令に従って、異形の奴隷たちが俺たちにこぞって走りくる。
いきなり詰みか、と俺が身を固くすると、俺の横でイグナが前に踏み込んだ。
「―――お前らみたいな、魔王に魂売ったクソどもは、炎に巻かれて死んじまえ!」
イグナが手をかざす。同時に、その手から巨大な炎が吹き荒れた。
「うぉぉおおおお!? あっちぃぃいいいい!」
俺は火に巻き込まれないギリギリの立ち位置でその熱を受け、「ぐわー!」と顔を押さえてのけぞる。
「悪いなクロック! 詠唱が長引いた分威力が上がり過ぎた!」
苦笑しつつイグナは俺の肩を引いて、俺の避難を手伝ってくれる。余波なのにめっちゃ熱かった今。やっぱ主人公やるなぁおい。
それから俺は、前方を確認する。異形の奴隷たちが燃え上がる。だがその奥……魔女クイルまで届いたか。
そう思った時に、強い風が吹き、炎が横からかき消された。
「ふぅん? 赤髪のあなたは、まぁまぁな魔法使いなのねぇ」
「クソッ……」
見れば、奥の方で羽ペンを振ったらしいクイルの姿がそこにあった。羽ペンで強風の魔術を起こしたとか、そう言うことなのだろう。
だが、ダメージはゼロではない。奴隷たちは全体的に焼け焦げた跡がある。もう何度か同じのを食らわせれば、まとめて倒すことは出来るだろう。
だがそんな正攻法の勝利は端からあてにしていない。
俺は考える。どうする。俺はどうしたら、うまいことこの場から退散できる。まず俺を退散させてくれ。
「なら、あなたから消えてもらうわぁ」
クイルが羽ペンを振るう。すると、奴隷たちがこぞってイグナ目がけて走り来た。
「ッ!」
イグナが顔を強張らせる。本気でマズイ攻撃なのだろう。というか俺もついで死にかねない感じはある。物量の暴力だ。
そこで俺は、いいことを思いついた。
「イグナッ!」
「っ!?」
俺はイグナの襟首をつかみ、後ろに投げ飛ばす。「何を!」と怒鳴るイグナに、俺は笑いかけた。
「お前だけでも逃げろ」
「はっ?」
「魔法を撃てば奴らは燃える。それで足止めができる。けど最初に撃つ時間が要る。だから俺ごと焼きながら逃げろ」
「―――はぁああ!? そんなっ、そんなことできるわけ」
「うるせぇ! 俺一人じゃ逃げられない! 二人で逃げるのも無理! ならこれしかないだろうが! お前だけでも生き延びるんだよ!」
俺の怒号に、イグナはビクリと震える。いくらか口をわななかせ―――
しかしそこは主人公たる器か。イグナは涙をにじませながらも、頷いて見せた。
「分かった。オレ、やる。やってやるよ! クソッ!」
「ああ」
俺は笑う。イグナが口を開く。
「ああ、くそ、クソッ垂れ。神よ、オレの運命をどう思う。笑えるか? それともオレと一緒に怒ってくれるか? 怒ってくれるなら、力を貸せ!」
イグナの周囲に火が巻き上がる。怒鳴りあった時間の分、奴隷たちはすぐそこまで迫っていて、俺に殴りかかってくる。
だから俺は、捨て身で巨躯の奴隷たちに体当たりした。かった! 壁みたいだ。何だこいつら。素で勝てる気がしない。
「炎の神よ! 見てるか! 全員オレを見やがれ! オレは今から、自分の命のためにまた味方を焼くんだ! クソ、クソッ、クソォォォオオ!」
俺はボコボコに殴られる。巨大な奴隷の拳は、一撃一撃で骨がきしみ、口に血がにじむ。
痛い。痛い。マジで痛い。ああクソ。涙が出てきた。死にそうだ。死ぬ。顔にも胴体にも拳がめり込んでくる。
「だから、全部! 痛みすらないくらいの火力で、全部燃やし尽くせぇッ! せめて、友達の、はなむけにッ!」
イグナの詠唱が最高潮に達する。奴隷たちの奥から「あっはははははっ! 無様だわぁ!」と魔女の哄笑が上がっている。
「火の粉を巻き上げ、燃え尽きろッ! ―――ファイアストーム!!!!」
その瞬間。
イグナの手から、強烈な炎が放たれた。
本当に俺ごと焼く勢いで、火が向かってくる。先ほどよりも威力は高いだろう。それを肌で感じる。
火はイグナの手から広がって、その視線を覆いつくし、さらに広がって奴隷たちを飲み込むほどになる。すげぇなイグナ。初期からこのポテンシャルあんのかよ。
俺はそう感心しながら「ふぅ」と、やっと一息ついて、呟いた。
「今なら、誰も見てないな。あー大変だった」
俺は時計を握りこみ、時間を停止させる。
すべてが、すべてが停止した。奴隷たちも、イグナの火も、魔女も相手貴族も全部、全部だ。
俺はそれを確認して「あー! めんどくさかった~! 体いってぇ~!」と伸びをする。
「災難やったなぁボン。しかし、何やこの魔法の威力。とんでもあらへんな」
完全に他人事、という物言いで、イグナの火を見上げつつティンが現れる。「本当だったってマジで」と俺はため息交じりにティンに近づいていく。
ティンは、背中に色々と背負っていた。俺が指定した荷物の数々だ。
「ということで、言われた通りワイが、ボンの変装用衣装一式を持ってきてやったで! あと弓矢もな!」
「助かる。ここから取りに戻るのとか絶対やだったしな」
「けどなぁボン。この火の勢いなら、本当に全部飲み込んでまうんやない? ボンの出る幕あるんかいな?」
「んー、まぁ多分ある。様子見つつ、参入のタイミング計ればいいだろ」
俺はその場に座り込み、「あーいって~。あざになってない?」と聞く。
「んー、なっとるな。黒猫の嬢ちゃんが用意した化粧品もあるし、隠すか?」
「そうしようか。さて、じゃあまずは身体年齢を上げて……っと」
俺は時計を自分に押し当てて、時計の針をぐるぐると回す。すると俺の体はすくすくと成長し、着ている制服が小さく感じるほどになる。
「脱いでからやればよかった。ぴちぴちだ……」
「ファーwwwwwww ボンwwwwww ぴっちぴちwwwww」
「クソウザイ」
俺はぴちぴちの服を苦労して脱いで、用意してもらった衣装に着替える。
数年前の冒険者タイムの姿など、数年たった今ではどこにも伝わっていない。代わりに伝わっているのは、吟遊詩人が作り上げた格好いいイメージの方だ。
茶色を基調とした紳士服風の格好に、長いコート。目深にトップハットを被り、素顔を窺わせない怪人。
だから、その通りの姿を用意してやった。何度か練習で着たから、着こなしは万全だ。
「最後に化粧……お? 怪我治ってね?」
「あー、そうか成長するほどの時間が経ったんなら、怪我も治っとるわな」
「マジかよそう言う使い方もあるのか」
上手くやれば色々活用できそうだな、と思う。ま、それはひとまず置いておこう。
「さってと。じゃあこの場から退散して、うまく再登場させてもらうとするか」
すっかり別人の姿となった俺は、ツカツカと、炎と奴隷に挟まれた死地から歩き去る。
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