第13話 立つ鳥跡を濁……うわぁ

【オリアナ】


 眼前からタイムとノワールが消えたのを見て、オリアナは血眼になった。


「……う、嘘。タイムは、まさか」


 オリアナはガムシャラに廃村を駆け回った。どこかでタイムとノワールが密談を交わしているのでは、と疑って。あるいは、ノワールの死体がどこかにあると祈って。


 だが、そんなことにはならなかった。しばらくして仲間が子供たちに呼ばれて廃村に戻ってきてからも、事情を説明して探し回った。


 結果として、オリアナは肩を落とした。


「……そんな、そんなことって」


「なぁ、どうしたんだオリアナ。重要人物がまだこの周囲にいるかもしれないって言われて探したけど、こうもいないんじゃそろそろ説明が聞きたい」


「……そう、だよね。うん。……分かった。説明させて」


 オリアナは言う。仲間たちの注目を一身に浴びながら、断言する。


「あたしがここまで同行した、理解不能なまでの強力な魔法使いが、もしかしたら『サバトの魔女たち』についたかもしれない」











 その噂は、瞬く間に騎士団中に駆け巡った。


 曰く「『サバトの魔女たち』幹部の魔女を、瞬殺した魔法使いがいたらしい」


 曰く「その魔法使いは、時計一つで敵を全員殺したらしい」


 曰く「その魔法使いは、その気になれば国一つを一瞬で落とすことができるらしい」


 その噂は、証人となる優秀な騎士団員と、その時救助された子供たちの証言をもとに、確実な存在とされた。


 騎士団という鍛え上げられた騎士たちが揃う環境でも、尋常ならざるその存在は、恐怖と共に語られた。


 果ては団長の耳にも届き、団長は以下のように決定を下した。


「敵か味方かは分からないにしろ、その人物が誰かだけでも明らかにする必要がある。―――『サバトの魔女たち』重要参考人、冒険者タイムを調査せよ!」


『ハッ!』


 騎士団は全国規模に展開し、公に調査活動を開始した。


 それに耳ざとい情報屋たちが反応しない訳がなかった。


「何やら、国を揺るがすほどの大魔法使いが現れたらしいな」


「冒険者タイム、って名前と、時計を持った冒険者ってこと以外に情報がないらしい」


「いや、正確な情報筋だと、弓矢を使うらしいぞ。だが……正直ありきたりだな。この情報は削ろう」


「そういえば、以前から賊の壊滅が続いてたよな。あの襲撃者の正体が分かってない。アレも実はタイムの仕業なんじゃないか?」


「見出しは『時計遣い』? いや、ダサいな。それなら……『時計仕掛けの大魔法使い』。いいな、これで新しい記事の文面は決まりだ!」


 情報屋たちは貴族向け情報誌の記者たちに情報を売り、記者たちはそれをセンセーショナルに報じた。


 その記事は多くの貴族に読まれ、そこから吟遊詩人に流れた。吟遊詩人たちは『時計仕掛けの大魔法使い』の謎に包まれた正体を歌い、民衆はそれに沸いた―――






 そんな記事を読みながら、俺は顔を真っ青にしていた。


「……えっ」


 待って待って待って。何か物凄いことになってる。


 実家の子爵家での談話室。一人午後の優雅な紅茶タイムとしゃれ込んでいた俺は、時事的な情報を入れておこうかな、と情報誌を手にしたのだ。


 もしかしたら、相手は黒猫の魔女ノワールと大物だし、また記事になっていたりするのかな、なんて期待がなかったとは言わない。


 だが、まさか大見出しで、騎士団が全面的に調査本部を立ち上げたとかいう大ごとになってるとは思わないじゃん。


「……夢?」


「夢ではございませんわ、タイム様―――改め、クロック様♡」


 そんな猫なで声を上げて近寄ってきたのは、一匹の黒猫だった。しなやかな体躯を艶めかしく動かしながら俺にぴょんと乗り上げる。


 かと思えば、一瞬で少女の姿に変化して、俺の膝の上に腰掛ける形となった。猫の正体……ノワールは、クスクスと笑いながら俺の顎を撫でる。


「まったく、サバト本部でも大わらわでしたのよ? 結局この『時計仕掛けの大魔法使い』から命からがら逃げだしてきた、という形で納めましたけれど」


 ノワールはそう言って、馴れ馴れしく俺の顔を撫でている。


 俺は渋い顔で「分かった分かった」と退かそうとすると「やん♡ つれませんのね」とノワールは猫に変化して飛び下りる。


「ですので、しばらく『冒険者タイム』としての活動は自粛されることをお勧めいたしますわ。騎士団もサバトも、血眼になってあなた様を探しておりますから」


「まぁ、そう、だよなぁ……。困ったな。もう少し茶々を入れておきたい事件、いくつかあったんだけど」


 俺が苦い顔をすると「なら、わたくしからご提案がございますわ♡」と再び人間に戻ったノワールが、俺に詰め寄ってくる。


「せっかくクロック様がお示しくださった救い、わたくしで独占するのも甘美ではございますが……どうせなら布教しても構いませんこと?」


「布教?」


「はい♡ わたくしと同じような願いを持つ魔女、その中でも信用できそうな者を厳選し、わたくし陣営に引き込むのです」


 名付けて、とノワールは言う。


「『サバトの魔女たち・時計派』! サバトにて活動しながら、いざという時にクロック様の手足となって動く、クロック様の信者たる魔女たちですわ」


「……なるほど」


 それは、傍から聞く限り中々魅力的な提案だった。


 何せ、動かそうとすればすぐに動く、魔女という力を持った即応部隊が手に入る、ということだ。魅力的でない訳がない。


 もちろん俺も能天気じゃない。ノワールが裏切る可能性は十分ある、という認識だ。魔女なんだし、演技で号泣の一つも出来るだろう。


 だが、それならば『時計派』なる団体を作る利益は、ノワールにはない。裏切るなら、俺を騙して隙をつき、サバトの面々で叩けばいいだけだ。


 ……余談だが、ノワールにはこの『クロック・フォロワーズ』という存在も隠れ蓑の一つ、という風に伝えてある。


 つまりは、本当の姿は伝えていない、というスタンスだ。俺は裏切りが怖い臆病者である。文句あっか。


「面白い、いい案だ。順次進めてくれ」


「~~~~~~ッ!♡♡♡♡♡ ありがとうございます! かしこまりましたわ、クロック様!」


 謎にゾクゾクと背筋を震わせたかと思えば、三度ねこに変化して、ノワールはこの場から居なくなっていった。


 俺はそれを確認してから、時計を握り時間を止める。


「ボン、大変なことになってもうたな~~~!」


 いつも通りぬへっとした顔立ちの時空犬、ティンが俺をからかってくる。


 俺はため息交じりに返した。


「本当にな。どうすんだこれ」


「どうするも何も、ボンが始めたことや。ボンがしっかりケツ持ったらなアカンで」


「分かってるよ。分かってるけど、手に余るなって思うのは自由だろ」


「ファ―――!wwwwwww」


「笑い方キモ」


「言いすぎやろしばくぞガキィ!」


「笑い方に対するディスだけ沸点低すぎだろ」


 俺はティンをあしらいながら、ため息を吐く。


 とりあえず、アレだな。しばらく、ほとぼりが冷めるまで、少なくとも数年は、『タイム』として活動するのは止めておこう……。






【エヴィル】


 同日時、同時刻。サバン公爵家の第三執務室にて、悪役令嬢ことエヴィルは『冒険者タイム』についての記事を眺めていた。


 そこに書かれている情報は、センセーショナルに歪められたものである。


 ―――時計をかざしただけで目の前の魔女を打ち破り、最後には連れ去って消えた絶大な魔法使い。


 伏せがちの目で、指先をクルクル回して己の金髪を弄びながら、エヴィルは呟く。


「魔女を連れ去るほどの実力……けれど、地形変化などの情報もなし。記事から省かれている情報を考えるに、恐らく単純に高威力な魔法ではないわね」


 むしろ、とエヴィルは呟く。


「時間対効果を考えるに、かなり綿密な威力調節が感じられるわ。短い時間の攻防なのに、裏側から膨大な時間を感じられる処理」


 口を曲げ、目を細め、エヴィルはため息を吐いた。


「……どうしてかしら。クロックを思い出すわね」


 エヴィルはそうこぼしてから、情報誌を畳んだ。それから「出かけるわよ! 行先はフォロワーズ子爵家! 馬車を手配なさい!」と歩き出す。







―――――――――――――――――――――――


フォロー、♡、☆、いつもありがとうございます!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る