悪役令嬢の腰巾着、破滅フラグへし折るために暗躍してたら『時計仕掛けの大魔法使い』とか呼ばれてた
一森 一輝
暗躍の時計仕掛け
第1話 時間魔法
「時間魔法、いる?」
「え? あ、はい。貰えるなら……」
じゃああげるね、と笑顔で、目の前の神秘的な女性は言った。
これがいわゆる転生チートなのだということを気づいたのは、転生後十年して、自分が転生者だと自覚した日のことだった。
その日幼い俺は、高熱でぶっ倒れた。
周囲は大わらわで俺の看病をしてくれて、ありがたいなぁとうなされながら思った。
だから「みなさん、ありがとうございます……」と力を振り絞って言った。
そしたらみんな「クロック坊ちゃんがとうとう峠だぞ!」と必死になった。
「……」
というおぼろげな記憶を思い出しながら、俺はベッドの上でパチリ目を覚ました。
「なるほどね……」
熱で死に近づいたのがきっかけか、前世の記憶を取り戻した俺である。
ゆっくりと上体を起こすと、近くで備えていたらしいメイドさんが、「坊ちゃま!」と目を見開いて近づいてくる。
「お、お身体は! お身体は大丈夫なのですか!」
「え、はい。多少疲れはありますが、そのくらいで」
お気遣いありがとうございます、と俺が言うと、メイドさんが、目を丸くして外に出た。
「坊ちゃまが! クロック坊ちゃまがまだおかしいです!」
「……えー」
何でやねん、と思いながら、錯乱して出ていくメイドさんの背中を目で追うしかできない俺だ。
どうも話を聞く限り、病気前の俺は、それはそれはナマイキなクソガキだったらしい。
そんな俺が使用人に敬語などを使うものだから、みんな困惑している、ということなのだそう。
確かに思い出すと、我ながら嫌なガキんちょだった。
メイドに「こんな菓子が食えるか!」とケーキを投げ、「お前の顔がムカつく!」と従僕を殴ったようなクソガキだ。
「坊ちゃま! どうされたのですか? まさか記憶喪失になられたのですか!?」
「え、いや、その……そ、そろそろ大人になるべきかと思いまして」
執事に問い詰められた俺は、視線を逸らし、冷や汗をかきながらそう答えた。
ともあれ、
「クロック坊ちゃまがまともになった!」
「しかもたまにお菓子を分けてくださるくらい優しくなった!」
という妙な噂が立ったこと以外は、以前と変わらない生活に戻った俺なわけだが。
「……クロック、ねぇ」
クロック。今世の俺の名前だ。クロック・フォロワーズ。フォロワーズ子爵家の三男である。
何か聞いたことあるんだよなこの名前……、と俺は渋い顔だ。何で渋い顔なのかというと、良くない印象が何故かあるから。
「多分、知ってる名前だよな」
と思う。だが、前世の俺は純日本人。外国人の友達なんて一人もいないくらい、平凡な奴だった。
とするなら、外国名で知っている以上、何かのキャラクターだろう。しかも名前だけでパッと思い出せない類の。
「お眉の間にしわをよせられて、いかがされましたか?」
最近よくお菓子をせびりに来るようになった、年下のメイド、ケイトが俺に話しかけてくる。俺はしばらく悩んでから、立ち上がった。
「ケイト、鏡持ってきてくれるか? 代わりにそこのお菓子は全部食べていいぞ」
「やったぁ! あ、いえ、分かりました! 持ってきます!」
ぱぁっ、と顔を華やがせてから、キリリと引き締めて、ケイトは部屋を飛び出していく。それから一分ほどで、ケイトは手鏡を手に戻ってきた。
「ありがとう。ほら、報酬の品だ」
「うへへ……クロック坊ちゃまも人が悪い……」
「人が悪いの意味分かってないだろ」
「はえ?」
手鏡とお菓子の皿を交換して、ケイトは俺の隣、ベッドの上に腰かけてむしゃむしゃとクッキーを食べ始める。
妹がいたらこんな感じかなぁと微笑ましく思いながら、俺は鏡をしばし見つめた。
クロック・フォロワーズ。ゆっくりウェーブする真ん中分けの茶髪に、青い目。何とも嫌味な貴族のガキ、と言った風な外見だ。
「悪役で出てきそうな顔してるよなぁ。悪い顔してみたら……ハハハ! うわーいるいる。こういう顔の取り巻き」
自分で陰険そうな表情をして、そのいかにもさに笑ってしまう。笑ってしまってから、悟った。
「……知ってるな。うん。知ってるわ、こいつ」
ゲームだ、と俺は呟いた。確か名前は『ファンタジア・アカデミア』。オーソドックスなファンタジー系のゲームだ。
元気で正義漢な主人公が、色んな仲間たちと共に学園に潜む巨悪と戦う、みたいな感じのストーリーだったことは覚えている。
それで、俺ことクロック・フォロワーズの立ち位置は……。
「……魔王に乗っ取られた悪役令嬢を裏で支えまくった結果、最後に断頭台に送られる悪役モブ一号……」
死ぬじゃん。
俺このままだと死ぬじゃん。
俺は頭を抱えてしまう。横にいるケイトが「クロック様? 大丈夫ですか? クッキー食べますか?」と差し出してくる。
「いや、それはケイトが食べな……」
「そうですか? では遠慮なく~」
俺が手を押し戻すと、ケイトは再びカリカリとクッキーを貪り食い始める。俺は腕を組んで考えた。
―――原作ゲームにはラスボスになる悪役令嬢がいる。
その悪役令嬢の『世話役』を仰せつかっていたのが、俺ことクロック・フォロワーズなのだ。
さてその上で、悪役令嬢が何故ラスボスになるのかと言えば、それは魔王に乗っ取られるから。
原作クロック君はそれに気付くも、元々の忠義と魔王からの脅迫によって悪役令嬢を陰で支える羽目になる。あくどいことも頑張ってする。
結果、断頭台に送られて死。何だそれ悲しすぎだろ。不可抗力しかないじゃん。
俺はそんな原作クロック君の運命を想起して、思う。
このまま運命通りに死ぬのはまっぴらごめんだ。
俺は自分の命が惜しい。それこそ、他人の命を犠牲にしてでも、生き延びたい。
とすれば、破滅の運命は回避するために動かなければならない。
「具体的には、どうする」
俺は悪役令嬢の巻き添えで死ぬ。なら、破滅回避のためには、悪役令嬢の取り巻きをやめればいいだけか? と。
だが、その案はすぐに却下だ。
「確か公爵家のご令嬢で、ウチの……フォロワーズ子爵家の寄り親の娘だから、直々に世話役を任されてる、みたいな話だったはずだ」
つまり外堀を埋められている。俺個人の決定権のないタイプの奴だ。
とするなら、悪役令嬢ごと破滅ルートを避ける必要があるということになる。
しかし記憶の悪役令嬢、性格がめちゃくちゃキツくて、俺の言うことなんて聞きそうにないんだよな……。
難しい。そう思う。ひとまず、本人に会ってから考えなければどうにもならない奴だろう。
「……それに、前世の記憶以外で思い出した、あの記憶」
神秘的な女性に尋ねられた『時間魔法、いる?』という質問。そして『じゃああげるね』という気軽いアンサー。
俺は自分の手を見下ろす。そこには何もない。何もないが、気配があった。
「……来い」
俺は右手をぎゅっと握り締める。すると拳ができる代わりに、俺の手に懐中時計が握られている。
俺はその時計をまじまじと見つめてから、こう言った。
「……あの夢、マジなのか」
時間魔法。何ともチート臭い魔法名だが、果たして。
俺は立ち上がる。「ケイト、ついてこい」と命じる。
「はい? 分かりましたけど、どちらへ?」
俺は渋い顔で息を吐き、答えた。
「庭に。ちょっと試したいことがあってな」
時間魔法と聞いて俺が真っ先に想像するのは、時間停止だ。
停止させた時間の中で、好き勝手する。相手から完全に自由意志を奪って攻撃なり何なりを加えられるから、最強議論でも名前が上がるような能力だ。
だが、俺はそれに懐疑的である。
何というか、物理的に無理が出過ぎるという気がするのだ。無論、魔法なのだからと言ってしまえばそれまでだが、検証する価値はある。
とはいえ、まだ俺は謎の時計が手元に現れただけ。これでただの時計だったらお笑い草だな、と思いながら、俺は時計の上のボタンを押しこんだ。
「止まれ」
直後、俺は時間魔法を舐めていたことに気付かされる。
「……マジか」
俺は戸惑う。頬をつねる。痛み。ならつまり、これはそう言うことだ。
庭に一緒に来たメイドのケイト。彼女は俺が時計のボタンを押しこむまで「今日の坊ちゃまは変ですねぇ」と言いながらクッキーを両手でかじっていた。
だが今、ケイトは笑いながらピクリとも動かなくなった。ケイトの手から零れ落ちるクッキーのかすは、空中で静止した。世界から俺以外の音が消えた。
時が止まったのだ。俺はその事実に思わず硬直し、ただただ瞠目した。
それから手の内の懐中時計に目をやり、もう一度ボタンを押しこむ。
「……動け」
「―――アレ? 坊ちゃま、今変な動きしませんでしたか?」
ケイトがキョトンとして俺に問う。時間停止中に動いたから、ケイトからはそう見えたのか。俺は「ああ、いや、何でもない……」と動悸を誤魔化すばかりだ。
それから手を開いて懐中時計を手放すと、時計はすぐさま霞に消えた。俺は理解する。
ガチだ。
時間魔法、ガチだ。
俺は口を引き結んで考える。
強い。強いと思う。時間停止。その中で自由に動ける俺。そりゃあ強い。
だが、同時に思う。物理的におかしいという感覚。
時間が停止しているなら、俺が動けても空気は動かないのではないか。光は動かないのではないか。つまり動けないはずだし、何も見えないはずではないか。
「検証が必要だな……」
俺は呟き。もう一度時計を握りこむ。
「止まれ」
ボタンを押しこみ、時間を停止させる。世界が静止する。
「まずは継続時間実験だな。どこまで持つのか……――――クッ!?」
そこで、俺はだんだん体の内側にかかる圧力というか、消耗感に気付く。
「や、やっぱり魔力とか、エネルギー源が減るよな、こういうのは……!」
僅かに息が荒くなる。だが、耐えられないほどではない。俺は地面を睨みながら深呼吸をし、「よし、やろう」と呟く。
まず、少し体を動かしてみる。動くな。ってことは、体の周りの風も動いてるってことだ。
次に、空に視線を向ける。太陽は輝いている。昼。つまり、光も動いてるし、普通に過ごせてるから温度も普通と同じだ。
じゃあ、俺以外の停止してる物体は? と近づく。例えば……ケイトの手元のクッキーは?
手で持ち上げる。手触りは変わらない。指に力を籠める。普通のクッキーなら砕ける力。
「硬い……」
びくともしない。なら、と試しにくわえてみる。歯を立てる。砕けない。かってぇ。俺は首を傾げる。
「動くものと、動かないものがある……? いや、もしかしたら固体は全部動かないのか?」
俺は唸る。考える。
まず、時間は止められる。間違いない。時間は停止している。
だが、魔力消費も激しい。訓練しなければ結構すぐになくなりそうだ。実際俺は、現時点でもキツさを感じている。
そして、検証において重要な点。時間停止中、少なくとも固体においては、かなり硬くなっている……。
もしかして、と俺はぼそり呟いた。
「時間魔法……もしかして弱い?」
その時だった。俺は不意に、目の前を横切る影に気付く。
――――目の前を横切る影!? この停止した時間の中で!?
俺は慌てて顔を上げる。するとそれは、こう言った。
「はぁーあ。何やねん、この辺で妙な動きを感じたから来てみれば、別に何もないやんけ。ワイの勘も鈍ったってかぁー?」
何やらエセ関西弁のような口調でうだうだと呟くそれに、俺は思わず叫んでいた。
「犬が動いてる!?!??!??!?!???」
「ひょぇぇええええ!? 何や!? えっ、
俺も驚きの瞬間だったし、犬の方もめちゃくちゃ驚いていた。
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