第32話 ずっと気まずい
さて早朝の第一戦は、俺が鮮やかに勝利したわけだが、ずっと敵対しているわけにはいかない、というのも一つの実情だ。
目的を再確認するが、俺の目的はあくまでも破滅の回避だ。
そして破滅回避における『イグナと仲良くする』という項目は、俺の主の悪役令嬢ことエヴィル・ディーモン・サバンが魔王になった時、やられる側につかない、ということ。
だから、イグナ一人と仲良くなる、というのだけでは目的の六割に指が届く程度のもので、少なくとも過半数からはちゃんと仲間として認められる必要があるのだ。
「どうしたもんかなぁ……」
「クロック様、食事中にお悩みになると、ご飯がまずくなってしまいますよ」
「そうだけどさぁ……」
俺はケイトに怒られつつ、ケイトに作ってもらったサンドイッチを口に運ぶ。
昼休み。学園敷地内の、芝生での昼食時のことだった。
ケイトが敷いてくれたシートの上で、俺は黙々とサンドイッチを食べる。ケイトはこの数年でメイドとして成長したらしく、一通りのことは出来るようになっていた。
俺はチキンの挟まった絶品サンドイッチにかぶりつきながら、ぐむむむと考える。「こら、クロック様」とケイトが唇を尖らせ、俺の口元の汚れを拭う。
「何にそんなお悩みなのですか? クロック様はいつも能天気なのが取り柄ですのに」
「ケイトから見た俺ってそんななの?」
驚愕の事実である。俺、まぁまぁちゃんとした貴族子息をやっているつもりだったのだが。
「いや、何ていうかこう、人間関係っていうかさ」
「人間関係。エヴィル様ですか?」
「エヴィーとの関係で今更悩むことなんてないだろ」
エヴィーだぞ? 悩む余地がない。
俺の返答に、「エヴィル様可哀想……」とドン引きの目を向けてくるケイトである。どういう感情のどういう視線なんだそれは。
「じゃあ誰のことでお悩みに?」
「そりゃあ」
俺が答えようとした瞬間、俺たちに声をかける者がいた。
「おぉー! クロックぅ~! こんなところにいたのか、探したぜ」
「おっ、イグナじゃん」
人懐こい顔をして近寄ってくるのは、赤髪ツンツン頭の、ゲーム主人公ことイグナだった。イグナは俺に近づいてきて、「うーい!」とハイタッチしてくる。
「どうしたんだ?」
「どうしたも何も、クロックが復帰したって今朝レインに聞いてさ。じゃあ一緒に飯食いたいだろ!」
「イグナお前眩しいわ……」
人間関係に何の悩みも抱いていない笑顔である。諸々の原因こいつなのに。鈍感主人公がよ。
にしても、レインから前話を聞いた割に、態度に変化のないイグナである。レインが余計なことを言わなかったのか、あるいはイグナがそれを聞かなかったのか。
……まぁ過剰反応されても困るからなぁ。
下手に俺の方が好感度高くて、メンバーの誰かが追放、というのも嫌なのだ。俺はあくまで『イグナパーティ』の仲間ポジが欲しいのだから。
無論、揉めた結果に俺の追放となるのが一番困る。俺も黙しておくべきだろう。
っていうか、と、イグナ以外にも、もう一人同行者がいることに俺は気づく。
「……あ、その、ど、どうも……」
照れ半分、気まずさ半分、僅かな戸惑い。そんな表情でイグナの傍に立つのは、やはりゲームにおけるメインヒロインの一人だ。
名を、シセル。イグナの幼馴染で、ピンクの髪を肩口まで伸ばした、穏やかなキャラだ。ゲームでもキャラ全員と良好な関係を築いていた。
実の話、レインは前々から仲良くはなれないだろうな、と思っていたが、シセルなら、という一縷の希望を託しているキャラでもある。
「じゃあせっかくだし、四人で食べるか。イグナにシセル、座ってくれ」
「おう! 邪魔するぜ」
「あ、わたしの名前……。あ、えっと、はい……! お邪魔、します」
「邪魔すんなら帰ってー」
「「!?」」
「ごめん冗談」
思ったより驚かれたのですぐに訂正する。
二人はシートの上に腰を落ち着ける。イグナが俺に半笑いで視線を向けてくる。
「クロック、お前思ったより冗談言うよな」
「何言ってんだ。俺ほど真面目な奴はオーレリア広しと言えど一人もいないぞ」
「そういうこと真顔でいえる奴が真面目なわけないだろ」
「バレたか……」
俺は悔しい顔になり、イグナがからからと笑う。ケイトは「クロック様ったら……」と苦笑し、シセルも片隅でクスクスと笑っている。
何とも和やかな雰囲気だ。これならみんなで話して、自然と仲良くなることができるだろう。
とか思ってたら、「あ」とケイトが声を上げた。
「お客様がいらっしゃるなら、お茶菓子もご用意しませんと。皆様、少しお待ちください。ご用意してまいります」
ケイトは立ち上がり、ぺこりとお辞儀をする。
目を丸くするのはイグナだ。
「えっ? オレたちは平民だぜ。そんな畏まらなくっても」
「いえいえ、メイドの振る舞いこそ主の品格を示すもの、と教育されておりますから。ではクロック様、行ってきますね」
「あー、そうだな。よろしく」
ケイト自身がそういうのだから、俺から止めることもない、と俺は見送る。二人きりだとまだ甘えん坊メイドだが、人前だと立派なものだ。
それを見て、イグナたちは俺を驚きの目で見つめる。
「……何か、改めてクロックって貴族なんだなって思わされたぜ」
「平民感満載だろ? 俺もそう思う」
「すげぇよな。この一幕の直後にこの親しみやすさは貴族には出せねぇよ」
褒められてるんだかディスられてるんだか分からない。
とそこで、イグナも「あっ!」と声を上げた。
「やっべ! 他に用事あるの忘れてた!」
「は?」
「いや、マジでごめん! 友達から頼み事されててさ! 今逃したらまずいんだ! 悪い! 中途半端だけどここで!」
「いやいやいや。おいおいおい」
俺の制止など気にも留めず、再び立ち上がったイグナは、足早に去っていく。
さて、するとどうなるかというと、アレだ。
ほぼ初対面みたいな俺とシセル、二人っきり。
「「……」」
緊迫の静寂である。クソ、こうなることが分かってたら絶対にケイトを逃さなかったのに! イグナの突破力さえなければ! ちくしょう!
「……ええと」
とはいえ、イグナパーティ全員とふんわり仲良くなりたい、というのが俺の目的。俺は少しでも仲良くなるべく、話し出す。
「改めまして、俺はクロック・フォロワーズだ。フォロワーズ子爵家の三男坊。家督を継ぐわけでもない人間だから、あんまり気負わずよろしくな」
「あ、は、はい……。わ、わたしは、シセル、です。よろしくお願いします」
「……」
「……」
そして沈黙である。まずいぞ。会話ってこんなに難しかったっけ。エヴィー、イグナとかとは、こんな空気にまったくならなかったのに。
いやいや、ここは正念場だぞ俺。何とか話題をヒリ出せ!
「そ、そういえば、パーティメンバーって他にも二人居たよな。付いてこなかったのか?」
「あ、その、イグナくんがクロック、……くん? 様? のところに行くって言い張ったから、二人とも居なくなっちゃって……」
「おぉ……」
納得と衝撃の事実である。この二つが同居することってあんまりないのにな。不思議だ。
「ごっ、ごめんなさい! あの、違くて、その、ふ、二人とも身分の高い方は苦手っていうか、反骨精神が旺盛っていうか、その、あの!」
シセルは目をぐるぐるさせて弁解する。俺は「大丈夫! 落ち着いて、どうどう」と諫める。
「だ、だからあの、どうか処罰だけは、不敬罪はどうか許してください……!」
「いや、そういうのは無いから。やれる貴族はいるだろうけど、俺はしないし」
「ひぃっ! お願いします! どうか! 何でもしますから!」
「何でも……あの、そういうことあんまり気軽に言わない方がいいぞ……?」
ゲームでもテンパりやすいのは知っていたが、本人はここまでとは、と俺は戦慄する。
シセル。イグナパーティでも癒し担当のヒーラー。穏やかで少し気が弱く、いつもイグナの後ろについてくる妹分。
ゲームにおける説明文にはそう書かれていて、ゲーム内の動きも実際そんな風だったが……。
貴族の身分に委縮してるのだろうか。緊張を解きほぐさないと、仲良くなるどころじゃないぞ。どうする。
俺は考える。時間が欲しくなる。後ろ手に時計を握り、時間を止める。
「ボン! ここは何でもって言ってるし、据え膳食わぬは男の恥って奴や!」
「ティン! 黙ってろ!」
時間を止めたのをいいことに、時空犬ティンが適当なことをほざきながら飛び出してきた。相変わらずカートゥーンみたいな面をしている。
何でお前さらっと日本の格言使ってんだよ、と思ったが、まぁ不思議生物ティンなので致し方ない。
だが、『何でも』という言葉がキラーワードなので、拾ってみるのも一つの手だ、という意見には賛成だ。冗談っぽく返せばシセルの緊張もほぐれるかもしれない。
俺は時間を動かす。ティンが消え、シセルが動き出す。
俺は言った。
「何でもって言ってたよな」
「はひゃっ、ひゃい! い、言いました……」
シセルは涙目だ。早く緊張を解きほぐしてあげよう。
俺は可能な限り優しく微笑んで、こう言った。
「じゃあ、俺と友達になってくれ。どうだ?」
決まった、と思う。これなら敵意がないと理解して、きっと普通の態度に戻ってくれるはず―――
「ひっ、わ、わかりまひた……」
シセルは、涙目で、プルプルとチワワのように震えながら頷く。
「……」
「……ひぃ……イグナくん……ふぇえ……」
シセルは変わらず、小声で怯えながら震えている。
……シセルとの仲良し大作戦は、あえなく失敗に終わったようだった。
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