第3話 唐突なプロポーズ
嫁ぎに出るほんの少し前のこと。
快晴の澄んだ青空の下、リィナは街に溶け込めるようにと簡素な洋服に袖を通して、にぎわっている市場の脇に慣れた手つきで露天を構えた
街からは馬車でも約1日はかかる、城下町にはうんと及ばないがそれでも並べられた露店の多さや客数では引けをとらないほどの人気を誇る市場の片隅で薬草売りをして賃金を稼いでいるのだ
リィナの薬草は大変良く効くという噂が人づてで広まり、はじめは鳴かず飛ばずだった売上も今では売り切れ続出で追いつかないほどの儲けになっている
それもそのはず、リィナの売る薬草は人の住む環境では育たない
魔の妖気を吸い取って強く大きく育った葉を刈り取って少量に分け、人が飲用しても副作用の無いように丁寧に混合されてできたものなのだ
過ごしやすい陽気に、まだ強く吹くと寒く感じられる風を肩に感じる
露店が完成するや否や、お得意様のの中年女性が満面の笑みで駆け寄ってきた
「いつもの、咳の薬草を頂戴。あと、主人が腰を痛めちゃったみたいで、何か効くものがあったらそれも欲しいわ。」
「はい。かりこまりました。炎症を抑える薬草がありますからそれも一緒にいれておきますね。」
薄い茶封筒に、薄緑色の顆粒を2袋詰めて女性に笑顔で手渡す
「いつもありがとうね。本当に助かってるのよ。」
「いえいえ、またお願いします。」
彼女のように心の澄んだ客はいい。けれど中には急に現れた商売敵を良く思わない輩も幾人かいるようで、薬の原料や採取場所をしつこく聞かれたこともあった
酷い奴に至ってはこっそり後をつけて来る者まで
けれど、誰一人として最後まで跡を終えた者はいない
街の外れの山奥へ慣れた足取りで軽快に歩く彼女を見失い、そして迷い歩いていつしか元居た場所に戻ってきてしまう
上に、上にと上ったはずなのに、麓へ戻る
右へ、右へ、進んだはずなのに、踏み入れたスタート地点から寸分も狂いもなく同じ道へ戻る
『呪われた薬草だ』と噂を流されたこともあったが、効果を提唱してくれる客の勢いに押され、いつの間にか根も葉もない悪口を零されることも無くなった
今日は雲ひとつ広がらない快晴。お天気に腰を折られることなく陽が落ちるまで存分に露店を広げていられそうだ
飛び込みのお客様のご来店でつけ損ねていたエメラルドグリーンのエプロンを首からかけて、腰の後ろで蝶結びを作った
「よしっ、今日も頑張るぞ。」
エプロンの端をぱんっとはたいて自分自身に気合を入れる
魔王の結界の外だから、いつもより身体が軽い。楽なようで、けれどどこか寂しさを覚える
最近は発作も強くなってきたし、いつまで自分を誤魔化しきれるのか不安ではあるけれどそれでも
少しでも長く、愛してしまった人の傍にいられるように
お昼を少し過ぎたころだろうか、市場の奥で馬が地を蹴る音がこちらへ向って響き近づいてきた
「勇者ご一行のお通りだ。道を開けろ。」と先頭にいる男が大きなダミ声で半ば叫ぶようにしながら、安穏な市場にがしゃがしゃと鈍い音を響かせて鈍色の鎧で闊歩する10人ほどの行列が胸を張ながら悠然と歩いてくる
広げたテントや机が揺れ乗せている商品が振動で床へ落ちるのをリィナはなんとかキャッチして大事を回避し、これだからお偉いさんは嫌いだなぁ、と渋々簡易的に店を片付ける準備を始める
何をそんなに威張っているのか鎧ご一行は見せびらかすようにゆっくりと市のど真ん中を抜けて、脇に退いた市民は身を低くし合掌をしている者さえもいる
なにがそんなに偉いのか
市政に疎いリィナはあきれ顔でため息をつきながら彼らのいやにゆっくりとした御通行を待った
すると、彼らの半ばにいた五月蠅いくらいに装飾がついた鎧の者がリィナの店の前でふいに立ち止まって動こうとしない
顔も身体と同じように鎧で覆われているので、彼がどんな顔をして自分の前に立ちすくんでいるのかリィナは怪訝な顔でそれに尋ねた
「あの・・・なんですか?」
そいつは急にリィナの前で立膝をついて兜をゆっくりと脱ぐ
「あなたは・・・・なんて綺麗なお方でしょう。私は貴方と目が合った瞬間、雷にうたれたかのように、いえ、神の天啓が下ったように運命を感じました。どうか私の妻になってはいただけませんか。申し遅れましたが私は『勇者』の称号を皇帝閣下より賜ったライアン・スコット・スミドラルでございます。」
きりりとするどい細い瞳に薄い茶色の少し癖のある髪が風に揺れ、頬を流れ落ちる汗が太陽の光できらりと光る
整った太い眉にすらっとした顎の青年は爽やかな笑みを浮かべながら「さぁ」と言わんばかりに大きな手をリィナに差し出す
「え・・・と、あの・・・・。」
突然の申し出にリィナはあんぐりと口を開けて固まったまま、周りで様子を見ていた街の人たちや彼を取り巻く鎧の男たちのほうが早い反応をみせてざわつき始める
彼はリィナの微妙かつ遅い反応に、苦い顔をしながらわざとらしく大きな咳払いをひとつゴッホンと吐いて
「では率直に申し上げまして・・・私は、素敵な貴方と、結婚したい。」
砂地の路地に光る銀色のレッグアーマーをガッシリとつけたまま立膝をつき、優雅な動きで右手をリィナのほうへ差し出した
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