第56話 殺し合う必要がなくなりさえすれば良い

ラドルフがその情報を持ってきたのはつい昨日のことだ

しつこく、俺にリィナへの感情を尋ねてきたのもつまり俺の気持ちが固まらなければ成立しないという計らいだったらしい


「勇者が魔王を殺すための剣を無くすためには、魔王が死ぬか、勇者が死ぬかでなければならないと思っていました。しかし、必要がなくなりさえすればよいのです。」


どちらかが世界を統一し、勇者も魔王も無い世界を造れば剣の在る意味はなくなるだろう

そう考えて勇者か魔王かのどちらかが死ねば剣は破壊されると信じてきたのに、方法はそれだけではなかったらしい


つまり、剣を使う必要が無ければ良いんだ


「だが、現勇者はリィナの旦那なんじゃないのか。俺はそいつと愛を語り合うつもりはないぞ。」

怪訝な顔をするロビンにラドルフは首を横に振って


「違いますよ。剣の所有者が勇者なのです。市民が信じあがめているものがすなわち勇者なのではありません。リィナ様が剣を身体に宿し、所有したときから、本当は役目がリィナ様に成り代わっているはず。前勇者から職位を引き継いだ彼ではないはずですよ。」


ロビンは「なるほどな」と低くうなり、深くうなずいた


「勇者と魔王の気持ちが通い合っているなら、殺し合うための剣も必要ない。だから壊れて無くなるだろう。ということか。」

「ええ、そういうことです。」

ラドルフは世紀の大発見さながら自慢げに胸を張ってにやりと笑う


「リィナ様のこと、恋人として愛していらっしゃるんですよね。」

「だから、それは・・・。」

ふいと顔をそむけたロビンにラドルフは強い口調で

「ロビン様、はっきりと。」

と答えを促した


「あぁ、はいはい、好きだって。リィナと兄妹以上の関係になれたら嬉しいと思ってるよ。」

ロビンはラドルフの叱責に観念し、自分の想いを恥ずかしそうに吐露した


「では、今すぐにでもリィナ様を奥様としてお迎えしましょう。」

ぱんと手を鳴らし、すぐさま準備に取り掛かるラドルフを制止してロビンは尋ねた

「ちょっと待て。城の皆は納得するのか。人族を妹として住まわせただけでなく、次は嫁になど・・・身勝手な気が・・・。」


ラドルフはけろりとした顔で

「気づいていないのはロビン様くらいで、皆、もうずいぶんと、ずーいぶんと前からリィナ様の気持ちに気づいて見守っているんですよ。今さらそのような心配はございません。」

「俺くらい・・・って、そんなに、前からなのか。」

ロビンは気まずそうに自室の椅子にへたりこみ、自身の鈍感さに落ち込む


「そうですね。はっきりと時期があるわけではありませんが、おそらくもう5,6年ほど前からではないですか?」

「はぁ・・・そんなに・・・。」

「この度の結婚話も、使用人たちの憤慨を抑えるのが大変だったんですから。リィナ様が可哀想だって、あんなに健気に想ってるのに魔王様は何を考えていらっしゃるのか。と、支持率は大暴落ですよ。」


結婚を決めたあたりからチクチク刺さる使用人たちの視線はそういうことだったのか

俺はてっきり、勇者が大軍を引き連れて乗り込んでくるかもしれないことに気を張っているのかと思っていたんだがとんだ思い違いだったらしい


「だけどもし、この新婚生活の間にリィナの気持ちが変わっていたら、俺は約束通りリィナに殺されてくる。」

「な・・・・。」

ラドルフが言葉を失って目を見開いた


「勇者がリィナを利用できる状況のままでは、いつまでも幸せになんかなれないだろう。俺はリィナに自由をもらったんだ。だから俺もリィナを自由にしてやりたい。」

ロビンの意志の籠った瞳から、もう誰が何を言っても意見を曲げるつもりはないのだろうとラドルフは半ばあきらめて

「わかりました。魔王様の仰せのままに。」

と胸に手を当て、首を垂れる


「ラドルフ。」

「はい、なんでしょう。」

これまでの謝意でも述べてくれるのだろうか。まだ結果は決まっていないのに、予想ではおそらく事はうまく運ぶだろうと予想しているのだからそのような湿っぽい言葉をもらうつもりはないのに、とラドルフは考えつつロビンの言葉を待った


「リィナに、なんて伝えたらいいんだ。」

「え・・・?なんて、とおっしゃいますと?」

「告白だよ。されたことはあっても、したことがない。」

大変に重々しい言葉を期待していたラドルフは腰を抜かしそうになりながら苦笑いを浮かべた


「以前、ラブレターを出されたではないですか。メイシャル卿のイザベラ嬢に。」

「いつの話だよ。ガキじゃねえか。」

「ええ、素直で可愛らしいお言葉を連ね、『好きです』と書いていらっしゃいましたよ。」

初恋とも呼べないような幼少期の昔話を持ち出されロビンは頭を抱えた


「変に飾らず、率直なお気持ちをお話になるのが、ロビン様らしくて良いかと思いますが。」

「俺らしいってなんだよ。じゃあお前だったら違うのか。」


ロビンの問いにラドルフは少し考えを巡らせたあと

「私でしたら・・・貴方の笑顔が心を離さず、一目も会えなかった日は夢に出て来てはくれないだろうかと眠れぬ夜を過ごしております。どうか私とほんのすこし時を同じくして過ごしてはいただけないでしょうか。貴方の人生に花を添えられるよう、」


爽やかな笑顔を添えた彼の独壇場に寒気がして、ロビンはラドルフの情熱の舞台を遮った

「あぁ、わかった。もういい、うざい。そんなやつとは絶対に付き合わん。」

眉間にしわをよせ、迷惑そうに手をしっしと払うロビンにラドルフは

「そうですか。これでも女性人気は高いほうなのですよ。」

とさらりと言ってのける


女というのはこんなわけのわからん、回りくどい言い回しが好きなのか

これはもしや、あまりにも近くに強敵すぎる恋敵ができるかもしれないと訝しんだ

それに、恋に関して俺はラドルフに勝ち目がありそうにない

「リィナ様はロビン様に一途ですから。私などには一切なびきませんよ。ご心配なく。」


心を読まれたことにやれやれとため息をついてから、ロビンは立ち上がった

「リィナに殺されに行ってくる。」

「はい、いってらっしゃいませ。」



安堵した顔でひとつの傷もなく城へ戻ってきたロビンにラドルフは、いつも通りの笑顔を添えて

「おかえりなさいませ。」

と彼を迎えたのだった




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