第55話 剣を破壊するもうひとつの方法

月光がよく似合う兄が、大きな白い上弦の月を背に安堵した顔で笑う

ずっとしまい込んでいた想いをうっかり口にしてしまったが、兄の本心は一体なんのだろう


さっきロビンの唇が当たっていたのが幻のように思えて、そっと自分の唇に触れて確認してしまった

温かみは本物だっただろうか

頬に添えてくれていた指も、柔らかく頭を包んでくれた手も、幻想ではなかっただろうか

何度も、何度も、妄想し、宙に想いを馳せたものの延長ではなかろうか


「思い残したことはもう何もない。思い切って俺を貫けばいい。」

両手を左右に大きく広げ、さぁ、どうぞと言わんばかりにリィナの前にロビンは立った


ロビンの「愛している」はやはり、私を妹としての言葉だろう

じゃあ、さっきのキスは?

私の淡い空想だった?

温もりも触感も、喜びもときめきも全て、夢幻にすぎなかったのだろうか


前に一度、ライアンに指でなぞられたときは少しも跳ねなかった胸の高鳴りは今、うるさいほどドクンドクンと鳴り響き、魔王の血に歌う『退魔の剣』さえも跳ねのけてしまえそうなほど強く大きく熱く動いている


「嫌です。殺すなんて出来ません。私はロビンお兄様の、いえ、ロビン様のことを心から、」

ロビンはリィナの言葉を最後まで聞かぬままそれ以上は何も言うなと首を左右にゆっくりと振る


「本当に勇者じゃなくて、俺でいいのか。リィナは俺が勝手に魔族側へ監禁したんだ。これが人族へ帰る最後のチャンスかもしれないぞ。」

「いいえ、私は、人間だとか魔族だとか、そんなものよりもただ、貴方を想っていたいんです。」


ロビンはこくりとうなずいて、右手を差し出し

「一緒に帰ろう。」

と言って笑った


「でも、もうダメなんです。私はロビン様の傍にいればいつか、貴方を殺してしまいそうで。一番大切な人を傷つけてしまいそうで、怖いんです。だから、ここで、遠くでずっと貴方のことを想い続けさせてください。」


「わかってる。だけど、もうじき解決する。大丈夫だ。」

ロビンの目に力が宿っていた。彼の言葉ははったりでも偽りでもないのだろう。私が魔王を殺す以外にも身体の中の剣を破壊する方法が、あるのかもしれない


「ロビン様になにか危険が伴うのですか。今回の私の結婚話のように、またロビン様の身が危ぶまれるのであれば、私はこのままライアンの妻で、彼を見張っていますから。もう、無理しないで。」


リィナはロビンの身を案じ、そう返したが、ロビンはばつの悪そうな顔で、彼にしては珍しく歯切れの悪い口調で

「いや、あの・・・俺には別に痛みを伴わないことなんだが。その、リィナには少し無理をしてもらわないといけないかもしれない。」


「はい、大丈夫です。ロビン様のためなら、どんな困難でも乗り越えて見せます。」

「う・・・ん。」


普段の自信ありげな魔王らしい態度はどこへやら、夜風に吹かれて飛ばされでもしてしまったのだろうか

「あの・・・?ロビン様?剣を破壊する方法が見つかったのですか?」

「あぁ、まぁ、それは、うん。リィナさえ良ければ、だが、たぶん。」

「どういう意味ですか?」


ロビンはひとつ咳ばらいをしてから、頬を赤らめ、視線を横へと泳がせた

「俺と・・・・として、・・・・ん、過ごせるか。」

「はい?よく聞こえなかったのですが。」

「だから・・・。」


げほっ、ごほんっ・・・

喉につっかえたものを大きな咳払いで払いのけ、ロビンは明後日の方向を見て気まずそうだ

リィナがきょとんとした顔でロビンを見つめ続けると彼はようやく決心を固め、そっぽを向いたまま低い声で吐き出した


「俺と、恋人として、一晩、一緒に、だな・・・・。」

じきに尻すぼみになってゆくロビンの言葉と、赤く染まってゆく顔に、リィナは少し呆気にとられた


「それと、剣の破壊と、関係があるのですか?」

「そうじゃなきゃ、そんなこと言うわけないだろうが。」

いえ、関係なくともお誘いいただければ私は天にも昇る気持ちでお受けするのですがと、のどまで出かかってリィナは言葉を飲み込み愛想笑いをにこりと投げる


「宿敵である勇者と魔王が愛情をもって交われば、討伐を目的とした『退魔の剣』の威力は消滅するだろう。と、ラドルフからの情報だ。」

「なるほど。では、今ですか。」

「いま!?」

目の玉をひん剥いて驚き声をあげたロビンは困惑顔で

「俺にも、心の準備ってものがだな・・・・。」

とたじたじだ


「さっき、キスしてくれたじゃないですか。それまで殺したいと騒いでいた私の血が、感情に押し込められて少し薙いでいったんです。ラドルフの話はたぶん、真実だと思いますよ。」

「もっと早く知っていたら、こんなに回り道をしなくて済んだのにな。辛い思いをたくさんさせてしまって悪かった。」


早く知りたかったのは剣の破壊の話だろうか。それとも、私の気持ちのことだろうか

何気なく伸ばされた手が飼い犬の頭でも撫でるかのようにリィナの頭をよしよしと撫でた

何も変わらないのだなとリィナは安堵しながら、ロビンの手をじんわりと感じ温かい気持ちで包まれる


「リィナの気持ちはちゃんと確認できたから、また明日、迎えに来る。」

ロビンはそう言うと、闇の中へと消えていった


夢じゃなかったよね

「リィナを愛している。」ロビンの言葉を何度も、何度も思い出し、胸をときめかせた

ずっと叶わないとおもい悩んでいた君と、こんな風に結ばれるなんて思いもしなかった


まだ部屋の中に残るロビンの香りに頬を染め、リィナはあふれ出る笑みを抑えられないままソファの上で転げまわった




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