花嫁を強奪しにくる乱暴なお兄様
第57話 姫の奪還
太陽が高く上がった夫婦そろっての昼食は、饒舌にしゃべるライアンの言葉ばかりが食堂に響き渡り、リィナはそれにほほ笑みながら時々相槌を打った
その光景は以前と何も変わらない
外からの暖かな光を反射するよく磨かれた銀の匙で、乳白色のスープをひと匙すくって、リィナはそれを口に運ぶのを一瞬ためらった
もし、ここに薬を盛られていたら・・・
ライアンは一瞬曇ったリィナの表情を見逃さず
「何か?」
と清々しい笑顔を添えて尋ねる
「いえ・・・。」
リィナはにこりと笑ってスープを舌の上に滑らせると、味わうこともないままごくりと飲み込む
「どう、美味しいでしょう。今日のスープは北の方の領土でとれたジャガイモを追熟させ、野菜の甘みを最大限に引き立てた香り高いポタージュなんだよ。」
「へぇ、そうなんですか。」
ライアンの鋭い眼光に責められて、慌てて食道へと流し込んだスープだ。味わいなんてものを感じている余裕などない
「野菜しか入っていないから、身体に優しいよ。」
余裕のある笑みをリィナに投げかけながら、ライアンもまたスープをひとくち口へと運ぶ
リィナの懸念を払拭させるための言葉だろう。「今は」何もいれていない。ただ、ライアンの言葉リィナが従えなかったら、そのときは・・・・
味気のない食事を黙々と咀嚼しながら、リィナの背に冷たいものがはしった
乳白色のスープの水面に円形状の波長が浮かぶ。なにやら廊下が騒がしく、人の喧騒や鎧同士のこすれ合う鈍い金属音がずんずんと近づいてくる
ライアンは何事かと眉をひそめ、リィナは彼の到着を予見しぱぁと顔をほころばせた
焦げ茶色の木の扉がドンと開け放たれて、黒の礼服にマントを羽織った帝王が得意げな顔でそこに立っている
「よぉ。」
まさにヒーローさながら、後光でも刺しそうな堂々たる立ち振る舞いと左腰に帯刀した長い黄金の剣が、彼の気品の高さを物語っている
神々しいオーラだけでも人を圧倒させ、自然と腰が引けるのは彼が魔王だからという理由だけではないだろう
毅然とした態度で腕を組み、よく磨かれた黒のロングブーツを纏って仁王立ちする彼の後ろで、対照的に白の礼服を着たすらりとした体躯の男性が氷点下の眼差しをこちらへ向けて控えている
リィナが待ち望んでいた強い味方、ロビンとラドルフだ
「お前はっ!」
ライアンは素早く立ち上がると腰に携えた剣を抜こうと身構えた
「俺はお前と話し合いに来たんだ。斬りあうつもりはない。この距離ならお前が剣を抜くよりも先に、お前の首が飛ぶだろうが、さて、どうする。」
ライアンとロビンがにらみ合っている隙に、後ろから傭兵のひとりが駆け寄りロビンに一矢報わんと剣を振り上げた
リィナがあっと声をあげるよりも先に、ラドルフが傭兵の鼻の先に剣を突きつけて冷たく言い放つ
「死にたいのですか。望みどおりにして差し上げましょうか。」
彼は「ひぃぃ」と高い声をあげて腰を抜かし、1歩2歩後ろへよろめくと腰を抜かしてへたりこんだ
「お待たせいたしました、リィナ様。旦那様がどなたか分からず、しばらく彷徨っておりました。到着が遅れたことをお詫び申し上げます。」
さらりと皮肉を述べて恭しく胸に手を当て、軽く首を垂れるラドルフにライアンはピクリと青筋を立てる
「なんだって?」
「同じような格好、同じような顔をされており、どなたが勇者かわからなかったのですよ。」
登場からわずか1分足らずで、春の暖かな日差しが差し込む食堂の体感温度は氷点下を下回っている
ギリギリと歯を噛みしめて怒りをにじませるライアンへロビンがたたみかけた
「彰の多さだの、名誉だの、そんなくだらないもので価値を決めているんだろう、お前らは。上着に入った線が1本多いか少ないかなんて、いちいち見てられねえんだよ。」
「ほう。言ってくれるじゃないか。」
ライアンは憎らし気にロビンを睨みながらもゆっくりと剣の鞘から手を離し、腰を落とした臨戦態勢から身体をまっすぐ起こして起立した
「それで、君のいう話し合いとはなんだ。」
ライアンの問いかけにロビンは
「用があるのは俺なんだろう。だったらリィナは返してもらう。」
「嫌だ、と言ったら?」
「力尽くで取り返すまでだ。行くぞ、リィナ。」
ロビンは柔らかい絨毯を皮のロングブーツでずんずんと踏みしめ、迷いなくリィナのほうへと近づく
ライアンはその様子を悠然と眺めながら勝ち誇った声でにやりと笑った
「彼女はもう剣に飲まれかかっている。共にいればお前を襲うのは時間の問題だぞ。」
「だったらそれでいい。」
ロビンはリィナの腕をつかみ、自分の方へ引き寄せた。そして、もう一度ライアンを見て
「お前が本気でリィナ愛していたら、本物の勇者になれたんだ。自分で最大の機会を棒に振ったな。いつまでも胸に光らせてるバッチにふんぞり返って生きていればいい。」
「本物の勇者?まるで僕が偽物だとでも言いたげだな。」
「あぁ、そうだよ。」
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