勇者との結婚準備

第14話 他の人を慕えるか

リィナは早めに本日分の市を終えて魔王城に帰ると、勇者に突然求婚された話をロビンやラドルフにかいつまんで話した


兄は共に夕食をとりながら、ラドルフはロビンの椅子の傍らで立ったまま今日の出来事をじいと黙って聞いていた


ロビンは難しそうな顔で唸って、白い皿にどんと乗せられた大きなステーキ肉にナイフを入れて切っていく


冷静であまり感情をあらわにしない兄の横顔は怒っているようでも悲しんでいるようでも、さして喜んでいるようでもなく美しさを保ったまま単調に肉を口に入れた


柔らかい赤の絨毯がひかれた食堂は屋敷の中でも一層豪華で装飾品も多く、彼好みの物が少ない自室とは対照的だ



「それで、ロビンお兄様はどう思いますか?」

流れで頂いてしまった赤い布も伏せて兄に差し出し、彼の言葉を待った


「リィナはどうなんだ。こいつと付き合いたいのか?」

深い青色の瞳がきゅっと細められて傍に座るリィナをじぃと見つめる


思えばもう18になるのだし、彼氏のひとりやふたり出来ていても、そして結婚をしていたっておかしくない年齢だが

気が付いたときにはずっと、ロビンの背中ばかりを慕ってきたリィナにとって、別の男性を想うということ自体、絵空事のようで腑に落ちない気がする


「い・・・いえ、そんな、まだ会ったばかりの方ですし、なんとも。」

「じゃあデートでもしてみたらどうだ?」


ロビンの口からそんな言葉が発せられて、リィナは胃の奥に冷たい氷の玉を入れられたように冷たいものが落ちてすぅと血の気がひいていく


「・・・偵察ですか?」

友好的に見えるが、勇者ライアンは魔王である兄のロビンにとって敵対する相手だ

リィナを囮としてあちらに送り、油断したところをという魔王としての算段かもしれない


「まぁそれもあるが。リィナも年頃だし、気が合えば結婚の話も受けてみればいいんじゃないか?」

しかめっ面を少し緩めロビンは

「危険がないと判断したら、だけどな。」

と加えた。


「・・・結婚。」

リィナの口から現実味の無い言葉が零れ落ちていく


昼にちらりと見ただけのライアンの顔立ちは薄い癖のある茶色の髪色だったことくらいしか思い出せない。

すでにおぼろげで旋律が走る一目ぼれとは言い難いにもほどがある

あとは、鬱陶しいくらいに熱い男だったことぐらいか


ぎゃあと喚いてすうとひいていってしまった。布を貰っていなければ夢だったのかもしれないと思うほどあまりに突然のはじまりで、幕引きだ



「ん?どうした?リィナが嫌なら無理にとは言わないぞ。」

「い、いえ、嫌では、嫌ではないのです。少し不安なだけで。」


申しわけ程度に柔らかくほほ笑んで、リィナも皿に乗った肉を口ほうりこんだ


「大丈夫だ。リィナは俺の大切な妹だから、必ず守ってやる。」


差し出された力強い大きな手のひらと、今ナイフを握って皿の上の肉を切っているロビンお兄様の細くて長い手。どちらに手をひいて貰いたいか、考える暇も無いほど答えは明白で、そして遠い


けれど、それは掴むことのできない春の夢

私が心から慕う人は、たとえ血のつながりはなくとも兄妹で、隣にいられたとしても距離が詰まることはない


いっそライアンを本気で愛してみれば、胸の痛みは消えて代わりに温もりをも感じるのかもしれない


それに、彼の傍にいればいるほどこの身が滅んでいくのは必然的で、大好きな人の傍にいればいるほど時間の猶予が早まっていくことは自分が一番よくわかっている


それでもお兄様を救いたかったから、自らの選択に後悔をしたことは一度もない



翌日、リィナはもう一度街へ降りた


買い物客でにぎわう市場の通りから少し離れた民家の木陰で呆れるほど美しく澄み渡った青空を眺めながら彼を待った


もし私を魔王の妹だと知っての誘いだったら、だまされたふりをしてお兄様に協力するのは悪くない


しかし、本心から私に恋慕を抱いているとすれば、同じように私も心から彼を愛し妻として慕うことができるのだろうか


何度も繰り返し答えの出ない問いが頭の中をぐるぐると回って、リィナは大きなため息をほうとついた

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