第15話 本物の妹になりたい

「リィナ様‼いらしてくださったのですね。身に余る幸せ、感謝いたします。」


太くよく通る声が通りに響き、昨日とはうって変わって鮮やかな緑色の生地に金色の装飾がところせましとつけられた礼服を纏ったライアンが人懐っこい笑顔を浮かべながらリィナに近づきうやうやしく礼をした


大行列を引き連れている様子はなく、どうやら今日は彼ひとりのようだ


「えぇ、あの、えぇと、お話をしてみたいなと思って。」

はにかんだような、ぎこちなさを隠しきれない微笑みを張り付けながらリィナはライアンを見つめる


ライアンは屈託のない笑みを浮かべて

「では本日は、どうでしょう、城でお茶でも。それとも街の散策になさいますか?」

「そう、ですね。散策を。少し歩きたいです。」


ライアンは頬を紅色に染めながらリィナの目をしっかりと見つめ、歩調をあわせてゆっくりと隣を歩く


彼の様子は本当に恋人との逢瀬を楽しんでいる姿にしか見えなくて、時々手や肩が触れるたび少し嬉しそうに、そして何か言いたげにリィナを見ては手持無沙汰に握ったり閉じたりして忙しそうだ


リィナと視線が交わるたび、照れくさげに目尻を下げてえへへと笑うのが新鮮で、ガタイの良い男性だというのに可愛らしいとすら思えてしまう


いつしか街の石畳を抜け、まだ整備の整っていない砂地を歩いた

ライアンのブーツとリィナのサンダルがじゃりじゃりと砂を踏みしめる音が近くに広がる森林に響いていく


街の喧騒とは一転、春の陽気が草木をそよぎさわさわと葉を鳴らす

春風が咲き始めた花の甘い香りを運び鼻腔をくすぐった


「あの、どうして私に求婚を?」

「昨日はその、あまりに突然の申し出に戸惑われたことでしょう。私の中の情熱が押さえきれず、貴方を、リィナ様を一目見たその時から、落雷が落ちたようなそんな感情に誘われ心のままに言葉にしてしまった次第でございます。城へ帰って冷静になってから、反省いたしました。」


ライアンはまたしても興奮気味に鼻息を荒立ててそう語った


「反省?どうして?」

「もっとしたたかにアプローチするべきだったと。」

ライアンははぁと肩を落とす


「反省・・・したんですか?」

「えぇ!ですから、今日は、あまりガツガツしないようにと心がけて、したたかに。したたかにと。それで、その、したたかというのはどういう風なのでございましょうか。」

ライアンはまっすぐ真剣な表情でリィナに尋ねた


「え・・・・。」

リィナは愛想笑いを浮かべたまま固まり、ライアンはいつまでもリィナの答えをきりっとした真面目な表情で待つ


「無理に変えなくてもよろしいのではないですか?」


そもそもわからないのに進んでどうするつもりだったんだろう、この人

もしかして、もしかすると、武力にステータスを全振りした阿呆なのか


「そう・・・ですか。では・・・。」

ライアンはふと足を止めてリィナに向き直るとすぅっと息を大きく吸った


「好きです!どうかこの私と結婚してください!」


森の草木までもが飛び上がる、地面を揺らす大きな、大きすぎる声

腰を90度に曲げて小刻みに震える右手をずいと差し出している


リィナはその手をどうしてやっていいものか分からずうろたえて


「え・・・あの・・・。」

「必ず、必ず幸せにしますから。少しずつで構いません。愛を育んで行きましょう。」

「あぁ・・・はぁ。」


「ね!よし、決まりだ!そうとなれば早急に結婚の準備を。」

「え・・ちょっと。」


何が何だか分からないまま彼のペースに飲み込まれ、うろたえている間にも話がどんどん転がって前へ進んでいく


「では城へ挨拶に参りましょうか。」

お得意の屈託のない笑顔付で「さぁ」と差し出された手をなんとか跳ねのけて


「今日は、ちょっと。」

「どうしてです?早い方がいいでしょう。」

「ふ、服が、ほら、こんなだし。」

リィナは街に溶け込めるようにと着てきた簡素的なデザインの洋服を少し引っ張ってライアンに見せる


「服なんてこちらでいくらでも用意させますよ。」


「いえ、今日は、お日柄も良くないですし。」

「どこがですか?よく晴れた良いお天気ですよ。」

「いや、あの・・・。」


リィナはとうとう頭も良く回らなくなってきて、もう諦めるしかないかとため息をつきかけたころ


ライアンは優しくほほ笑んで

「こういう強引なところがいけないと昨晩反省したところでした。今日は挨拶に行くのは辞めておきましょう。そのかわり、もう少しリィナ様と歩きたいのですが、よろしいですか?」


リィナはほっと安堵の息をついて同意を示し、また砂地を歩き出す


「この辺りは足場がよくありませんが、大丈夫ですか?足が痛かったり、していませんか?」

「いえ、大丈夫です。」


優雅に笑って見せたが、こんな程度で足場が悪いと思ってもらっては困るのだ

だって私は獣道を歩いてきたんだ。そしてまた歩いて帰るんだ


腐っても魔王の妹。砂地くらいで根をあげるような本物のお嬢様ではない

やはりこの男は何も知らず純粋な好意で近づいてきてくれたのではないか


だったら、私はライアンと、

ライアンを好きになれば、あなたで心を満たせば、叶わぬ想いに胸を痛めることも無くなるだろう


たとえ隣にいられなかったとしても彼の噂を聞いて、幸あれと願うことくらいはできようか

にぎやかでまっすぐなライアンと幸せな家庭を築いてみようか


いつまでも届かない人の背中を追いかけるよりも、手に届く幸せを握って温めてみようか


それで諦められる?こじらせてくすぶっているもやが晴れるかしら

余りにも深くて貴方しか見ていなかった

貴方しかいらないと思っていた

この命すらも捧げたいと願った人

だから身体を犠牲にして貴方に自由を与えたの


身体の次は心を捧げればいい

私は貴方の望む『妹』になりたい



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