第16話 固まらない気持ち

山の斜面が夕日の赤で染めあがるころ、リィナはライアンとのデートを切り上げて魔王城へと戻った


白い壁に毒々しい紫色のオーラをまとって森の奥に悠然と立つ姿は身の毛をよだつものがあるがリィナにとってはそれさえも愛おしいほどに慣れ親しんだ我が家だ


「ただいま。」

すれ違う使用人や兵士らしい服装の者たちとすれ違うたびリィナはぼそりとつぶやく


「おかえりなさいませ。リィナ様。」

軽い会釈をしながら返してくれる言葉は安心感があり、ここが自分の居場所であると実感できる


光沢のある白で統一された高級感のある広い廊下には黒と金の刺繍の入った絨毯がまっすぐにひかれ、かけられた大きな窓からは西日が差し込んで廊下全体をオレンジ色に染めている


慣れない人と話したせいでだるくなった身体を休めようと自室へ向かう途中、ちょうど角を曲がってきた兄とぶつかりかけてリィナは変な声を漏らした


「お・・・うっふ!」

よろめいてバランスを崩したリィナの腰のあたりにロビンがとっさに腕を添えてそれを支えた


少し冷たくて力強い腕が背中や腰にしっかりと当たって、心配げにのぞき込む兄の端正な顔立ちが美しくてリィナはほんの少しの間ほうと見とれて浸ってしまう


ライアンの傍にいて、横顔を覗いても少しも跳ねなかった胸は今、大きく飛び上がりドクンと身体の内側を激しく揺らす


胸に何かが響いたかと思えばすぐに鼓動も大きく高く鳴って全身がかぁと熱くなった


「大丈夫か?」

ロビンの眉間が心配そうに寄せられて、深い青色の瞳がリィナの顔をじいと見つめる

「あ・・・だい、大丈夫です。」


もう少しこのままでいたくて、いや本当は抱きついてしまいたくて

もっと近くで見ていたい、もっと触れて欲しい

気持ちばかり膨らんで、つい30分前の決意が揺らぐ


ロビンはリィナの身体を優しく抱き起こして自分の足で完全に立てるのを確認してからふぅと息をついて話を切り出した


「それで、どうだった?」

「良い方だと思います。まっすぐというか、うるさいというか・・。けれど、賢い印象はあまり受けなかったので、計画的に私に婚姻を依頼したのでは無い気もします。まだ断定は出来ませんが。」


リィナは今日の出来事をかいつまんで兄に話し、ロビンは考え込むような顔でじっと黙ってリィナの話を聞いた


リィナはロビンが話を挟む様子が無いのを確認し、一呼吸おいてから続けた


「それでまた、求婚を。彼は今日、明日中にでも結婚したいという風で、私は、どうしたらいいか。」

リィナは少しうつむいて、大きな窓から差し込む西日が彼女の頬を染める


本当は兄の口から「ここにいろ。」と言って欲しいと望んでいた


叶わなくてもいいから傍にいさせて欲しくて

ロビンお兄様が結婚に乗り気でなければ、まだ・・・・何の望みもないけど、それでも少し気が晴れる


傍にいて欲しいと思ってくれているんだって喜んで、もう少し貴方の良い妹でいられる気がする


ロビンはじっくり噛みしめるようにリィナの話を聞いたあと


「行ってみたらどうだ。」

と優しくこぼした


ロビンの言葉に

「え・・・」

とリィナは顔をあげてロビンの目を見る


「元はといえば俺の気まぐれでリィナを妹にしてここに置いたのであって、リィナは人の子だろう。魔族ばかりの魔王城にいるより、勇者の嫁になれば悠々自適の金持ち生活が手にはいるんじゃないのか。」


ロビンの目は少しだけ寂しそうに揺れて、それでも妹を思う優しい眼差しへと変わる


「ですが勇者はロビンお兄様の命を狙う存在ですよ。」

「そんな声のでかいマヌケ馬鹿に俺様がやられると思ってんのか?天下の魔王様だぞ、俺は。無用な心配はするな。」


小ばかにした笑みを口元に浮かべロビンは言い放った


「そうですけど。」

とリィナは視線を床に落とす


ロビンはにやりと笑い

「相手が勇者であれ、致命傷は与えられても殺すことはできない。俺を殺せるのはリィナ、お前だけだ。そうだろ?」

リィナは兄の目をしっかりと見て軽くうなずく


「お前になら、俺は喜んで殺されてやる。」

細く長い指で頭をわしっと掴んでくしゃくしゃと撫でた


リィナが「でも、」と言いかけるよりも先に廊下の奥から

「ロビン様ー!どちらに?」

と兄を呼ぶ使用人の声が響いた


「話の続きはあとでゆっくり、俺の部屋でしよう。」

ロビンはそれだけ言い残すと足早に声のしたほうへと歩いて行ってしまった

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