第17話 危険を冒してでも嫁がせるわけ

ロビンが声のした方へ廊下を曲がると、白で統一された礼服に身を包んだ男が深く首を垂れた


「それで、どうだった?ラドルフ。」

ロビンは一番親身に傍についてくれている従者、ラドルフへひそめた声で尋ねる


ゆるくうねった白い髪は肩につくほど長く、垂れ気味な目は優しさを感じさせるが奥にある瞳はどこか冷たい


彼はロビンが産まれたときから傍にいて世話を焼いてくれていて、親のような存在でもある


「本日、リィナ様の跡をつけていたものはふたり。いづれもリィナ様を森の入り口まではつけていましたが、すぐに迷い見失ったことであきらめたようですね。」

「そうか。で、どう思う?」

ラドルフはロビンの問いかけに少し押し黙った後


「計画的な詐欺行為という可能性も捨てきれません。」

と短く答えた


ロビンは眉を潜め

「やはりか。」

と深くうなずく


「おそらくは、リィナ様をロビン様が懇意にされている方と知ってのこと。このまま話を進めればロビン様のお命が危ぶまれる可能性もございます。この縁談はなかったことにされたほうがよろしいのでは?」


ラドルフの提案にロビンはゆっくりとしかし確実に首を横に何度か振った

「いや、進める。」


ラドルフはロビンの返答にはっと息を飲んで

「どうしてです。リィナ様を危険にさらすことになりますよ。それともまさか、この期に及んで利用するために彼女を妹にしたなんておっしゃいませんよね。」


ロビンはラドルフの言葉にはっと顔をあげて鋭い目つきで彼を睨む


「違う。そうじゃない。まだ彼がリィナを利用する目的で近づいたと決まった訳じゃないし、リィナの話ではずいぶんと好意的だったそうだ。」


ロビンは一度深く息を吸うとゆっくり言葉をつむいだ


「リィナには、普通の幸せを掴ませてやりたい。これは兄として、そして魔王としての俺の責務だ。」


ロビンははっきりと意志の光る目でラドルフを見た


「奴の目的は俺か、それともリィナの身体に宿ってる退魔の剣。あるいはその両方か。奴がどうやってその情報を手に入れたのかは知らないが、そもそもの持ち主である勇者ならリィナの中に宿る剣を取り出す方法も知っているのかもしれないだろう。」


もの言いたげな表情でロビンの顔をじぃと見るラドルフへ、ロビンは続けて


「それに、お前だって気が付いてるだろ。リィナの身体はもう限界が近い。一刻の猶予もないんだ。俺の傍にいればいるほど、リィナの中に宿る剣はリィナの身体に負担をかけてる。ばれていないと思っているのかずっと笑ってるがな、おそらくリィナを呪縛から解放してやるチャンスはもうここしかないと思う。」


ラドルフは先ほどまでの淡々とした物言いとは一転、声音に優しさが含まれて表情も柔らかくロビンを見た


「しかし、ロビン様はそれでよろしいのですか。もっと他に方法があるはず。今、東西を駆け巡り方法を調べさせています。もう少しだけお待ちください。きっと良い答えが。リィナ様にとってもロビン様にとっても良い答えが見つかるはずです。」


「良い答え?リィナを愛してくれる男に嫁がせるのに、なにも悪いことなんてないだろ。何かあれば必ず助けに行く。リィナが自分で決めて勇者側に立ったとしたら俺は殺されてやる覚悟だってちゃんと、」


怪訝な表情を浮かべるロビンに、ラドルフはわかりやすく大きなため息をひとつたっぷりと吐いて


「まさかご自分のお気持ちにも気づいていらっしゃらないので?」

と半ば投げやりに言い捨てる

「なんだ。俺の気持ちって。」


「あーあー。なんて愚鈍な魔王様なのでしょうねぇ。姫君のお気持ちはおろか、ご自身のお気持ちにも気づかれていないとは。魔王様失格ですよ。」

ラドルフはひどく疲れた表情でやれやれと首をふって伏し目がちだ


「はぁ?どういう意味だよ。愚鈍って!俺は、あいつのことを想って!」

「想っていらっしゃるのであればもっと深くリィナ様のことをご覧ください。それと、ご自身の胸にも手を当ててよく考えること。以上です。」


ラドルフは軽く会釈をするとふいと身体の向きを反転させて、廊下の奥へと去って行った


ロビンはくしゃりと紙のように丸められた思考をすっきりさせようと城の外へふらりと出た


大きく傾いていた西日はもう身体のほとんどを水平線に沈め、紅を押しやる闇がすぐそこまで迫っている

白い下弦の月が薄紫色の空に一点のまばゆさを放って浮かんでいた


「なんだよ・・・・。気持ちだのなんだのって。俺はリィナが幸せになればそれで、別に、」

陽が沈み少し肌寒くなった風がロビンの肩をかすめていく


春の花の美しさを見ることも、人で溢れた街の喧騒を聞くことも、若葉で溢れた丘の芝に触れることもリィナがいなければできなかった


俺は魔の剣に磔にされたまま、城と湿った森以外を知ることも無く、無為に時を重ねていくだけだったんだ

だから、せめてリィナには必ず幸せになってもらわなければならない


でないと俺は、兄として、彼女に自由を与えてもらった者として胸を張って空の下を歩けない


彼女を愛おしむ者が現れた今、彼女の背中を押さない理由をロビンは探すことができなかった


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