始まった結婚は嵐のように吹き荒れる

第18話 あと10分で貴方の妻に

ある日の夕食時にリィナが「私、ライアン様に嫁ごうと思います。」とロビンに告げてから、話は転がるように急速なスピードで進んでいった


もちろん結婚相手であるライアンにも意向を伝え、「今日にでも式を挙げましょう。それが叶わなければ判だけでも」とおもむろに茶褐色の皮用紙を腰元から取り出してきたのだから驚きだ


今日返事をするとも、貴方と結婚するとも何も伝えていなかったのにもかかわらず。そして、まだ私からライアンが好きだと言った覚えはない


急かす彼をなんとか押しとどめ、そして今日、ライアンの城へと輿入れする日がついに訪れてしまった


ロビンは「そうか。わかった。」と言っただけで、悲しむ様子もけれど喜ぶ様子もなく、彼らしい落ち着いた面持ちで妹を嫁に出す準備を手伝ってくれていた


「合わなかったら、帰ってこい。お前の部屋も荷物も全部残しておくから。頻繁に里帰りもしてきていいぞ。」


荷造りを手伝いながらこぼしたロビンの横顔は少しばかり寂しそうで、きゅうっと胸が締め付けられた


「あ、私、やっぱり・・・」

「あぁ、それも持っていくか?」

リィナが今しがた「これは置いていきます」と宣言した動物を模したぬいぐるみを指さして、ロビンはふっと笑う

「お前、そういうの好きだもんなぁ。」

「いや・・・」


そうじゃなくて。いや、ぬいぐるみは好きだけど。特にこれはお兄様と出かけたときに買ってもらった思い出の品で、だから本当は持って行きたいけどそんなに小さなものでもないし今回は渋々諦めることにしたんだけど、やっぱり諦めがつかなくなって・・・って違う


貴方がそんな顔をしてくれたから


「ほら、こっち渡せよ。詰めるんだろ。それ。」

「いえ・・・・いいです。」

リィナは掴んでいたぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて視線を落とす


「まぁ、あいつにまた買ってもらえばいい。」

「そう、ですね。」


ぬいぐるみがつぶらな瞳で「まあ元気だせよ」とでも言ってくれているようで、リィナは物憂げな顔をしてぬいぐるみの頭をゆっくりと撫でた


最後のひと時を惜しむようになるべく兄と一緒にいたが、時間は無情にも過ぎていって、ついにその時は訪れてしまった


兄やラドルフ、そして使用人の皆にも「お元気で」と背中を押され、城を出たのはつい先ほどなのに、もう寂しくなってあの空気が懐かしくさえ思えてくる


魔王の領地である深い森を抜け、待ち合わせにした街の外れへリィナが向かうとライアンがいつも胸にデカデカと掲げている紋章を横っ腹にどかんとプリントした立派な馬車が待ち構えていて、彼の部下と思われる男の指示に従い、一等バカ高そうな真ん中の馬車に乗り込んで居心地悪く揺られている


窓から覗く景色は街がどんどん遠ざかってゆき、高くそびえる魔王の山も小さくかすんで見えずらくなってゆく


人が6人ほど乗り込めそうな馬車の中にはリィナと、重そうな鎧で全身を覆った兵士がふたり


脱帽し、一時は顔を見せてくれたが、すぐにかぶりなおして、リィナの横と正面にひとりずつ、でんと構えて座っているのだからなおさら気分がすぐれない


もう手をひいてくれることも、頭を撫でてくれることも、ないのかな


ほう、と深いため息をつくリィナに向かいの兵士が

「あと10分ほどで到着いたしますので、もうしばらくご辛抱ください。もうすぐライアン様にお会いできますよ。」

と気遣いをくれた


あと10分。あと、10分か

彼らにはライアンを思ってついたため息に聞こえたのだろう。まさか兄を本気で慕って、あと10分で完全に打ち破られる女のものだとは思いもしないか


彼を好きにならなければ。そして、この想いを忘れなければ。キリキリと締め付ける胸の痛みは断続的に響いて真っ黒な曇り空が続くばかりだ


ほぼ同じペースで進み続けていた馬車の動きが少しずつ鈍くなり、やがて完全に止まる


「お待たせいたしました。こちらへ。」

開け放たれた馬車の扉から身をかがめて外へ出ると、石畳の道がまっすぐ続き柔らかな黄金色を放つ外装と赤い屋根が特徴的な荘厳で豪奢な城がでんと構えていた


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