第19話 結婚届にサインを

城の端と端に掲揚されたふたつの国旗にはライアンのつけている緑と金の紋章と、この国の物だろうか水色の地に星と円がちりばめられた紋章が高く掲げられ、春風に吹かれて気持ちよくそよいでいる


晴れ渡った青空はこの日を祝福するようにどこまでも青く澄み渡り、雲ひとつない


城の入り口から先ほどリィナを護送してくれた方々と同じ鎧を着た兵士たちが等間隔に直立不動で向かい合って並び、一番奥でライアンが茶色の髪をやわらかな風になびかせながら満面の笑みを浮かべで悠長に手など振ってリィナを待っていた


「リィナ―‼お待ちしておりましたー‼」


ここから見ると人差し指程度の大きさにしかならない距離感だというのに、バカでかい声ではしゃいでこっちを呼ぶものだから、笑うの我慢大会になってないかと心配になるほどだが、彼らは一様にしっかりと鎧兜を締め切っていてその表情は見透かせない


肩が震えている様子もないので、もしかするとこの男は普段からこういう性格なのかもしれないとリィナは今後を想って胸にもやっとした何かが広がっていった


冷淡で、スマートな兄とは真逆の性格だな

でもあまり感情を表に出さない兄がふわっと笑うその瞬間が好きだったのに、とそこまで考えてかぶりをふった

だめだめ、今、嫁いできたところじゃない


兵士がこちらを向いて立つ真ん中を先導する兵士について石畳の上を歩いた。ヒールが石畳をコツコツと鳴らし、馬車に酔ったわけでもないのにやけに身体が重く感じる


一歩ずつ前へ進むたび、遠ざかって行く気がして、胸が締め付けられていく

多くの兵士の間を通る恥ずかしさと、ここに来ても依然と乗りきらない気持ちが重なって前をゆく兵士の背中だけを見て重い足を前へと無心で進めていく


私が決めたことだ

ロビンお兄様が喜んでくれるのならば、と


お兄様の仇敵ともいえる勇者に嫁げば何か力になって差し上げられるかもしれない

想いが叶わなくとも、彼の身を守ることが出来れば、これ以上の幸せはないだろう


前を行く兵士が足を止め、はっとして顔を上げると、満面の笑みを浮かべ両腕を広げて待ち構えるライアンの姿がすぐそこにあった


「リィナ。わたしの妻になってくれてありがとう。」

柔らかく添える男の言葉に悪意は感じられず、心から愛する者との婚姻を喜んでいるようにしか見られない


「早速だけど、これにサインを。式の段取りはゆっくり考えるとして、先に君と夫婦になりたい。」

ライアンは薄茶色の皮用紙を取り出してリィナに広げて見せる


何行かつらつらと、結婚に関する条約や宣言が書かれており、その下にはもうすでにライアンの名前が記されてあとはリィナが書き込むのみとなっていた


リィナは控えていた兵士から、ペンを預かり、空白になっている部分に自分の名を記す


これで、もう・・・

ペンを握りしめて一瞬ためらったが、ライアンが怪訝な顔をするより先に素早く自分の名を記し、彼に用紙を返す


ライアンの頬はみるみるうちに高揚し赤く染まって、そわそわと身体を揺らした

「ありがとう。リィナ。ありがとう。絶対に幸せにするから。」

「はい。よろしくおねがいします。」


ライアンがガッと拳を突きあげると、後ろに並んでいた兵士たちが大きな声で歓声をあげ口々に祝いの言葉を漏らしたり、口笛を吹いたりして、歓喜を現わした


あるものは槍をくるりくるりと回し、あるものは隣の人と抱き合って飛び跳ねる

ライアンも強くリィナの手を両手で包み込んで感慨深げに大きく振った


「荷物を彼女の部屋に。リィナはわたしと一緒にこちらへ。」


ライアンはリィナの手に指を交差させ強く握った。大きくて力強い手がリィナの手を包み込んでひいていく

夫婦になった途端、リィナ様だった敬称も消えて呼び捨てになり、やけに丁寧だった口調も消えはててため口になった


別にそれは構わないのだけど、お兄様以外、みんな『リィナ様』だったし、ガッチガッチの敬語というわけではなかったけれどそれなりの尊敬語謙譲語を附して話してくれていたからなんだか変な感じがする


まぁ、夫婦になったのだし、当然の変化かな


城の中には真赤な絨毯がびっしりとひかれ、艶やかさを引き立てていた

住んでいた魔王城もなかなかの立派な構えだったが、じゃらじゃらした装飾品が好みでない兄の意向で高級感はあるがよくわからない絵やら、彫刻品やら、宝石なのかキラキラと光る鉱石をこれでもかと飾る趣味はなかった


飾りなのだろう無駄に装飾のついた武器や防具の類も壁一面に飾られて、手すりや窓枠などという調度品も金粉か鉱石か何かの粉末でも塗ってあるのだろうか、大仰なシャンデリア様に照らされて虹色の光りを放っている


今こそ兄の言葉を借りて言ってやりたい


『目がチカチカするからいらねぇ』

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