第13話 太らせて食べようか
「わ、私、私まだ、太ってません。」
恐怖に気圧され震えながら、やっとの思いで出た言葉はそれだけだった
ぎゅうと両目をつぶり、ロビンが刃物を取り出してリィナの首元にあてがうのを待つ
冷たくて硬い刃先が薄い皮膚を破って、赤黒い鮮血が滴るだろう
と、リィナは覚悟し息を止めてその時を待った
が、しかし、
首元への冷たい感触はいつまでたっても訪れない
「はぁ?」
ロビンはリィナを訝し気な視線で見やり眉間にしわを寄せる
「だ、だから、太らせて、食べる。つもり、なんですよね?」
あの時私を殺さなかったのも。身体に負担のかからないふかふかのベットを与えてくれたのも。美味しい朝食を用意してくれたのも、全部。そう考えれば納得がいく
いいえ、そう考えなければ納得がいかない。ただ、近しい者を亡くしたという理由だけで、なんの価値もない幼い女の子を身近に置くだろうか。
「魔族が人間を食べるって、お前本気でそう思ってるのか。」
刻まれた眉間のしわはますます濃くなり、目を瞬かせてロビンはリィナへ投げかけた
「え、違うん・・ですか。だって、美味しいお菓子の家に住んだ子供たちは・・・。」
「それ、ほんとに魔族か?」
「いや、私が読んだのは魔女のおばあさんでしたけど。」
ロビンは何度か目をぱちくりとさせてから、
「太ったって、食うか。馬鹿野郎。お前のことはそのうちに利用させてもらうから、それまで大人しくここにいろ。」
ロビンの表情は少しばかり柔らかい。先ほどの射抜くような眼差しも、畏怖を感じさせる威圧感もふわりと消えて、偉そうな物言いはそのままだがなぜかそれすらも頼もしく思えてしまう
ロビンはリィナの首に触れている右手をゆっくりと動かして、じぃとそこをのぞき込んだ
彼の青い瞳の奥に潜む金色の三日月がきらりと光って、そしてきゅっと細められる
「傷、痛むか?」
昨夜、彼が短刀を押し当てたときについた傷のことだろう
そして彼が気にして首元をなぞったのも、それで、
「い、いえ。大丈夫、です。」
「ふぅん。そうか。」
彼は一拍おいてから、短く息を吸い
「お前、リィナといったか。小奇麗にすればまぁ、あれだな。ちょっとは、マシに見える顔になった。必要な物があれば誰かに伝えろ。いいな。」
「はい。」
おそるおそる正面から彼の目を見る。深い青の瞳はやや鋭く、白い肌とすっと筋の通った鼻筋が美しい。昨夜は暗くて良く見えなかったけれどとても整った顔立ちをしていて、かっこいいというよりは美しいといった表現のほうが似合うだろうか
黒の礼服とすらりとした身体によく合っていて、あふれ出る孤高のオーラは魔王様にふさわしく敵であれば震えあがるほど恐ろしいのに、味方となればこれ以上とない安心感がある
「じゃあな。」
踵を返したロビンの背中にリィナは声をかけた
「あの、ロビン・・お兄様。」
「うん?」
「そう、お呼びしてもよろしいでしょうか。私は貴方の妹に、理想の妹に必ずなって見せますから。」
たとえかりそめでもいいか。偽りでもいいか。叶うはずのない夢が叶った
羨ましがって見つめるしかなかったお姫様になることができたのだから。
「あぁ、まぁ、せいぜい努力しろ。」
「ロビンお兄様―‼」
「今日は一緒にゲームをしましょう」
「お勉強ですか?私にも教えてください。」
「あ!ひとりで美味しい物食べてる!私にもください!」
「ロビンお兄様、ロビンお兄様、今日は、・・・・・」
リィナがロビンへ猫のようにごろごろとじゃれつくようになるのは、もうほんの少し、少しだけ先のお話
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