第29話 魔王は孤高であれ
不甲斐ない自分に腹を立てて、ベットの端に座り込み打流れているロビンを、月が心配して窓の外から様子を伺っている
月光にのみ照らされてた横顔は威勢のある魔王のものではなく、ただ自らの過ちに打ちひしがれるただの男のものだ
ロビンがいつまでもそうして、自分の不甲斐なさに頭を沈めていたところへ、扉をノックする軽い音が聞こえた
「お兄様。リィナです。まだ、起きてますか。」
「起きてる。入っていいぞ。」
泣き顔はすっかり晴れて、恥ずかしそうに身体を揺らす。ロビンは彼女の顔を見て少し安堵の息を漏らした
リィナは背中に隠しきれていない枕を後ろ手で必死に支え
「ロビンお兄様。今日は助けに来てくれて本当にありがとうございます。それと、遅くなってごめんなさい。途中で道に迷って、分からなくなってしまったの。それで、とても怖くて、その・・・今日は、眠れそうにないから、あのね・・・。」
もじもじ身体を小刻みに左右に動かして、最後まで言い切らないまま口をきゅっと結んだリィナへ
「一緒に寝るか。」
と俺は半ば投げやりに問いかけた
「うんっ‼」
ぱぁっと花を咲かせたリィナが勢いよく俺のベットへとジャンピングヘッドスライディングしてくるもんだから、俺は必死でリィナの小さな身体を受け止める
はじめから枕持ってきてるくせに
でもまぁ、今日のことは俺のせいでもあるから、甘えさせてやるか。
「ロビンお兄様、あのね。今日すっごくかっこよかったのです。神様みたいに、あぁ違った、魔王様みたいにぴかっと表れてね。リィナを守ってくれて、」
「魔王様みたいじゃなくて、魔王様だ。それに俺はハゲてねえから光らねえ。」
リィナは俺のとなりでふわっと笑う。真っ黒だった俺のキャンバスにぽんと一輪の花が咲いて、連鎖的にそれが広がっていく。いつしかそこに風が吹き込んで花びらも舞っていく
赤、黄色、橙、青、様々な色で染められていく世界が俺は少しも嫌ではなくて
さっきまでぐっしゃぐっしゃのぶっさいくな顔で泣いていた彼女はどこへやら、天使の笑みを浮かべ朗らかに誰もが恐れるとされる魔王の隣ではしゃいでいる
「リィナはロビンお兄様が大好きです。お兄様の妹にしてくれて、ありがとう。」
月光がリィナの嬉々とした表情を煌々と青白く照らし出した
濁りの無いまっすぐで純粋な目が俺を見て、そこだけ切り取ったかのように時が止まる
今、なんて・・・。
月の光が雲間で陰ってリィナの顔を曇らせたから俺はようやく忘れていた息を吸う
「・・・・くっちゃべってないで。ガキは早く寝ろ。」
不自然な沈黙を無理やりかき消してそれだけ言った俺は布団をばさっと頭の上からかぶってそっぽをむいた
その背中に小さな手がしがみついて
「ロビンお兄様ぁ・・・。」
「・・・・なんだ、まだあるのか。」
ロビンはしばらく返事を待ったが、答えが返ってくる様子もない
仕方なく背中を見やると背中にしっかりとしがみついたまま安らかに寝息をたてている
「誰だよ、眠れねえっつったのは。秒速で寝てんじゃねぇか。あいつの部屋、戻すか。」
リィナの手をほどき、部屋に連れ戻そうとした俺はさっきのリィナの笑顔を思い出して、動きを止めた
「今晩ぐらいは、まぁいいか。」
もうリィナの身を案じることもないんだろうな
もう帰って来ないんじゃないかと心配することも
助けに来てと俺にすがることもない。
よかったじゃないか。ラドルフのいう拾った責任というのが最後まで果たせて
リィナは良いところへもらわれていった。俺の傍なんかよりずっと住みやすくて、居心地がよくて、不自由もなくて、愛情があって
俺にはもうしてられることはないわけで、
それなのに、本当にこれで良かったのかと身体の奥底で誰かが叫んでいる
リィナは幸せになったんだ
ちょっと邪魔くさい猫が一匹いなくなっただけのこと
それなのに、何が俺の神経をこんなにも逆なでして、何度も何度も、彼女のいた席を、彼女のいた部屋を覗いているのか分からない
ひとりで食う飯はこんなにも味気なかったか。ひとりで見る夕日はこんなにも寂しかったか
『魔王は孤高であれ』
何度も自分へ言い聞かせてきた言葉だ
強さとは孤独。飛びぬけて強い者に肩を並べる者などいなくて当然
だったら今、頬を伝う冷たいものはなんだろう
すっかり落ちてしまった陽の代わりに空は紫色へと移ろい、星が瞬いていく
星はー、ほら、まただ
何かにつけてリィナとの記憶が蘇ってくる
彼女と過ごした時間が脳裏によぎって、熱いものがこみあげてくる
俺はこんなにも弱かったかな。孤高の魔王は星を見て涙が伝うほど、俺は弱かったかな
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