魔王の封印と退魔の剣

第33話 新月の夜に魔王の血を求めて暴れる剣

リィナは大きな窓をぴったりと閉めてから、本格的な荷ほどきをようやく始めた


そう多くはないが服や日用品、アクセサリー、思い出の置物など広すぎる部屋には申し訳程度にしかならない彩りを施していく


そしてカバンの中で最後に転がった分厚い本のページをめくって、それを確認した

中がごっそり切り抜かれた本の中に小瓶が何本かほとんど黒に近い赤色の液体を保って転がっている


「これを使う機会がなければいいけど。いいえ、きっともう傍にいるわけではないから大丈夫。」


結婚を決めた日の夜、ロビンお兄様が何本か用意しておくからと約束してくれていた品だ


中身は彼の、魔王の血である

長期保存が効くようにと特殊な小瓶に入れ、万が一にも他人にバレることのないように本の中へ仕込んだ


瓶の中を眺めていると心地の良い浮遊感に襲われて、鼓動が早くなっていく

全身に力が漲り、呼吸も忘れるほどうっとりと眺める小瓶を手に取り栓へ手をかける

早くなる呼吸も渇望感も、欲望がふつふつと自らの中に湧き上がって羨望の眼差しで手元を見つめた


『血が・・・・、魔王の血が・・・欲しい。』


頭の中で何人かの声が重なり合いながら鐘のようにがぁんと鳴り響き、視覚も、聴覚も、嗅覚もすべて身体の中に宿るあれに奪われる


少し鉄の混じった、けれど甘い匂い


食べたい、吸いたい、飲み干したい、もっと、もっと、全てが干からびるまで全部食らいつくして飲み込んでしまいたい


そうっとほぼ無意識に小瓶の蓋を開けるリィナの手は迷いがなくなめらかに栓に手をかけて親指と人差し指でそれをつまみ上へ引き抜く

溢れる血の香りが少しずつ溢れて、乾いた舌によだれがどばぁと押し寄せた


「ダメよ。リィナ。これは貴方の敬愛するお兄様のものでしょう。この身を引き換えにして自由にしたいと思った人でしょう。」


天啓のように降り注いだ言葉にリィナははっとして自身を取り戻し、慌てて本の中へ小瓶を戻すとやや乱暴に引きだしの中へと突っ込んだ


危なかった・・・・

また飲み込まれるところだった

ふぅと大きな息をついて、自分の胸に手を当てた


私の中に宿る『退魔の剣』

ライアンの城に飾られてあるものと形はほぼ同じだった。けれどこれは魔王城の森の頂きで、魔王を磔にしていた剣そのものよ

彼を領地へ封印をしていたのもこの剣。そして、それを引き抜いて彼を自由にしたのもこの剣


魔の剣を持つものが魔王と殺し殺される運命にあると分かっていて引き抜いたのは私


最も私にお兄様を殺す力なんてあるはずがないの

だから必然的に殺されるつもりで

私ごと破壊してもらうつもりで

けれど、自分の首を刎ねることができる一番危険な者とわかっていてそばにおいていたのはロビンお兄様。彼自身だ


とくに剣が血を求め、リィナの身体の中で暴れ出す新月の夜

リィナがロビンの血を求め暴れ狂うようになったのは剣を抜き、魔王の封印を解いたことがきっかけだった




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