第32話 新しいお友達
小春日和の、いや、灼熱の夏真っ盛りとも呼べる朝食の時間が終わり、ライアンは仕事のため別館へ、リィナは自室へと戻った
広々としたパステルグリーンの部屋はまだ自室とは呼べないほど馴染みが浅くここへ帰ったとて本当に気が休まるわけではないが、近くで控えている人がいないだけでも羽を伸ばせるというもの
息詰まったものを吹き飛ばそうと窓を開け放して外の空気を入れた
カーテンがはためき、大きな窓からたっぷりと新鮮な空気が流れ込むのをリィナは全身で受け止めて胸いっぱいに吸い込む
ベランダのすぐ下には広々としたガーデンが広がり、色とりどりの春の花が大輪を咲かせる花盛りを迎えていた
「まぁ、なんて綺麗な。」
リィナは思わず虹色に満ちた光景にうっとりと心を弾ませ、さらに先の街へと目を向けて
愕然とした
財力の象徴と言わんばかりに豪華絢爛な城の様子とは一変して、破れた黄土色の布が建物とも呼べない四角い空間にはためき、土壁で建てられた家であったものは廃墟同然に片方が崩れて時折吹く強めの春風にさらされ建物の面積が削られていく
かつて住処であったところに人の姿は見えず、がらんどうの荒れ地としか呼べない空間が広がっていた
魔王城から続く森を抜け、決して大きくはないが賑わいのある街を散策するのが好きだったリィナは城の先を見て一瞬目の前が暗くなる
「うそ、でしょう。」
城での生活に慣れ、時間的猶予が出来たら城の向こう側の街へお買い物にでも行きたいと考えていたのにこれでは計画が実行できそうにない
リィナは城の手入れをしていた老年の男性に、ベランダの上から声をかけた
「あのー!すいませーん!」
男性は周りをきょろきょろと見渡すがまさか、上から声をかけられているとは思いもしなかったのだろう。小首を傾げ、また仕事の続きを始めようとする
「上です。上!」
声に気が付いた男性は驚いた顔をしてから、仰々しく頭を下げる
「お尋ねしてもいいですか?」
リィナの問いかけに男性は頭を下げた姿勢のまま身じろぎひとつしない
・・・あれ?もしかして耳が遠いのかな
リィナはベランダの下を見下ろしてそんなに高くはないと判断し、ひょいっと柵を超えて庭へと降りた
危なげのない安定した着地を見せ、得意げに頷いて男性へもう一度、今度は近くから声をかけた
「あの・・・。おじさん。」
「え・・・なに。今の、」
男性は目をぱちくりとさせて、リィナが元居たベランダと今いる場所へ視線を何度も往復させた
「あぁ、気にしないでください。ちょっとお転婆なだけです。」
「いや、それにしても。」
リィナは苦笑いを浮かべてなんとかこの話題をうやむやにし本題へと入る
「どうしてここはこんなにも贅沢なのに、街はさびれてるんですか。中央に財力があるということはそれを支える周囲もまた豊かなはずではないのですか?」
男性は哀し気に首を横に振って答える
「お嬢ちゃんは最近ここにきた人だね。魔物の討伐だとか、魔王のせん滅だとか、大層な名目をつけては徴収を増やし、それで、まぁ、見ての通りさ。」
「そんな・・・。魔物が悪い者ばかりなわけではないのに。ねぇ?」
視線を投げかけられた男性は肩をびくりと揺らし
「さ、さぁ、どうかな・・。」
と視線を泳がせた
「だって、あなたみたいにこんなに綺麗なお庭を手入れしてくれている魔物だっているわ。」
「え・・・・・。」
男性は時が止まったように全身を凍らせ、ぎょっと目を見開く。そして、消え入る声で
「どうしてわかった。」
とつぶやく
「どうしてって・・・・うーん、なんだろ。オーラ、みたいな?」
魔王城で魔族とばかり暮らしていたリィナにとって、その質問は無粋だ
何気なく発した言葉だったが彼は慌てふためいて
「頼む、どうか、どうか殺さないでくれ。俺はここで一生あなた方に尽くす。約束する。だから、」
男性がまだ何か畳みかけようとするのをリィナは遮って
「そんなことしないよ。よろしくね。私、リィナです。」
と言って右手を差し出した
かしこまって後ばかりつけてくるシシリアたちより、リィナにとっては彼のほうがとっつきやすい
魔族たちといる空気感が好きで、彼らの自由奔放なところが好きで、特殊な能力も個性と認め隣の芝はしょせん隣の芝と割り切っているところが好きなのだ
同じ服を着て、同じ角度で頭を下げて、同じように笑う彼女たちはいつまでたっても距離が縮まりそうになくてわびしい
男性は驚いてリィナの顔と手をまじまじと見つめていたが、ゆっくりとした動作で手をとると
「スラマンドです。よろしく。」
握った彼の腕にはうっすらと鎖の跡がついていた。何年も同じところを絞められているのか深いあざのとなってえぐれ痛々しい
「これ・・・」
リィナが指すのをスラマンドは微笑し
「命を取らないでいただいた約束だから。殺さない代わりにここで一生働く、と。」
「そんな・・・・。」
ロビンお兄様はそんなことしなかった
殺さないでおく代わりに城で、妹にして大切に育ててもらったのは私だ
逃げられないようにと首にドックタグを巻いたけれど、効力があったのは最初だけでいまではただのネックレスになっているに等しい
力をもたない人の少女と、突出した能力を持つ魔物では扱いが違う。確かにそうだけれど、彼はすでに心から忠誠を誓い十分に奉仕しているではないか
「そんな顔をしてもらったのは、いつぶりだろうね。魔族というだけで善いも悪いもなく、勇者様の持つ『退魔の剣』で斬殺されてしまうというのに。リィナは、何者だい。」
「何者って、お兄様の妹よ。」
リィナは小さなウインクをスラマンドに返した
「じゃあ、また。お話に付き合ってね。」
リィナはすっくと立ち上がり、「よぉ!」っと気合を入れて飛び上がる。魔王城で暮らしている間に蓄積した微力だが恐ろしく濃い魔力はほんの少し上の階まで飛び上がるくらいなんてことはない
涼しい顔でベランダからスラマンドに小さく手を振り、また荒んだ街を眺めてはひとり胸を痛めた
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