第37話 剣に飲まれて
重い水の中に沈められたみたいに全身が重くて自分の意志で動かせない。誰か違う人が見ている景色をその人の目を通して見ているかのような不思議な感覚に襲われる
さっき通ってきた緑のよく茂った丘をゆっくりとゆっくりと、不安定な足取りで降りて必死の抵抗に抱えていた剣はいつの間にか、軽々と上段に構えて今にも誰かに切りかからんとして震えている
「だめだよ。誰も傷つけたら。」
虚ろにつぶやいた言葉は夏の夜風に吹かれて明後日の方向へ流れ去っていく
丘を半分ほど降りたころ、地響きに異変を感じた屋敷の皆が転がるように城から飛び出した
もちろんその中にはロビンの姿もはっきりと確認できる
「リィナ‼」
丘の上からおぼつかない足取りで斜面を下るリィナをいち早く見つけたロビンは大きな声で名前を呼び、駆け寄ろうとしたところを隣にいたラドルフが腕でけん制し首を横に振る
「何か様子がおかしいように思います。」
「あ、あれは!」
誰から発せられたのか、リィナの掲げる黄金の大剣の意味に気が付いた者が怯えた声をあげてあたりは一斉に甲高い悲鳴に包まれ騒然となった。しかし、
「黙れ‼」
ロビンの一喝で皆が一斉に口を閉ざし、黙ってリィナの姿を見上げる
「リィナ・・・なんで、あんなもの・・・。」
ロビンが悲壮な顔をしてリィナを見上げていた
信じられないという驚愕とも、どうしてという落胆ともつかない、困惑した表情を浮かべ左右に揺れるリィナの身体をしっかりと目で追っている
******
ロビンを視界に捕らえた時から、他の音や視界は全て過ぎ去ってロビンだけが抜き出されて見える
頭の中では鳴りやまない嗄れ声が続き
『血が・・・血が・・・魔王の血が欲しい』
と彼の血を求め欲望のままリィナの身体を導いていく
丘を少しずつ転がるように降りていく自分の足を止めようと、リィナは必死になったが一向に言うことを聞いてくれる気配は全くなく、少しずつだが確実にロビンのほうへと近づいている
このままでは誰かを無為に傷つけてしまうのではないか、とリィナは不安になって剣へ訴えかける
「や・・・めて。お兄様も、他の皆も、大切な家族なんだから。」
リィナの細い声は剣に届かず丘を吹き上げる生ぬるい風と逆行して彼らのもとへと近づいていった
手も足も、声も全部自分のものじゃないみたいだ
お兄様を、皆を守りたいと強く願ってこの身をささげたのにもう負けてしまったのか
弱いなぁ。情けないなぁ。
いつだって私を導いてくれる力強い背中には届かなった
隣に立ちたいと願って、貴方の傍にいたいと目指した人へ少しだけ近づいた気になっていた
強くなれた気がして、なんでも出来る気がして、貴方を守れる気がして、愚かだったと今、気が付いた
守ってもらってばかりだ。欲しい物を貰ってばかりだ
自由に外に出て、笑っているのを見たかった
自慢の妹で、最高の妹でいたかったんだ
最後に、最後にひとつだけ言い忘れたな
一番伝えたくて、一番伝えられない言葉
ううん、胸にしまっておいて正解だった
ずっと妹でいられて幸せだったよ
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