第38話 魔王に襲い掛かる黄金の剣
ロビンは青々とした芝生の茂る丘の上を仰ぎ見た
丘の頂上から何かに憑りつかれているように、ふらりふらりとおぼつかない足取りで丘を、自分の方へ向かって降りて来る少女の姿があった
手には身長ほどもある大きな黄金の剣を構え、剣は自ら光を放つかのように、陽が暮れた中にあってもギラギラと猛るように光っている
「ラドルフ、あれって。」
ロビンはラドルフと顔を見合わせコクリと頷き合った
「『退魔の剣』の封印が解かれたのかと。」
ロビンはごくりと生唾を飲む。その唾すらも食道を降りていかないほど切迫し焦りばかりが募っていく
「まさか、俺を殺しに?」
「魔王討伐にと猛る者があのように身をのけぞらせ、苦悶の表情を浮かべますか。」
こらえるように苦し気な顔で剣を握りしめたままよろめくリィナの姿を見てラドルフがそう返答する
「じゃあ、どうして。」
ラドルフはリィナに『退魔の剣』と魔王の封印について尋ねられたことを思い出して恐ろしい答えにたどり着いた
確信はない。けれど、ロビンを殺したいという意志が無いにもかかわらずあれを抜いたのは、おおよそそれしか考えられない。
小さな身体でなんと恐ろしいことを考え出すのかとラドルフは悲嘆にくれ首を横に振った
「おそらくはロビン様の封印を解くために。」
「だけど抜いたからって解けるわけじゃ・・・・」
そこまで言いかけてロビンは何かに気が付き、はっと目を見開いてラドルフに詰め寄る
「俺に、リィナを殺せって言ってるのか。お前がそんな知恵をリィナに与えたのか!」
ロビンはすごい勢いで彼よりも頭一つ分身長の高いラドルフに詰め寄ると乱暴に胸ぐらをつかんで彼の身体を揺する
「違います、ロビン様。確かに剣の話も封印の話も致しました。ですが、事実を伝えたまでです。抜いて欲しいとは、むしろ、抜くなと忠告を致しました。」
ロビンは掴んでいた胸倉をゆっくりと離すと
「俺は、どうしたらいい。」
と低い声で尋ねた
一瞬高低のある丘の影に隠れたと思ったリィナが突然大きく跳躍し姿を現わす
黄金の大剣を振り上げ、目はギョロリと流血し口元には引きつった笑いを浮かべて、そして迷いなく手中の剣を振り下ろした
ごうっと風を切る鈍い音を上げながらロビンへと距離と詰めるリィナの姿にいつもの面影はなく、剣の虜になったように一心不乱に上下、左右へと振り回してさらに不敵な笑みは深くなる
「魔王の血が・・・欲しい。」
リィナのものではないひどくしゃがれた低い声がリィナの声帯を通してつむがれる
爛爛とギラつき充血で赤く染まった瞳でロビンを凝視した
大剣はリィナの身体には大きすぎて身体ごと持っていくようにして振りかぶるが、基礎も体幹も備わっていない彼女がはじめて手にした剣で、戦いに慣れた魔王を狙うには余りにも戦力差がありすぎた
ロビンはあっさりとリィナの剣を余裕を持って避けながら、腰元にある短剣に手を伸ばして鞘に触れたが掴んだまま抜くことはせずラドルフに投げかける
「何か、方法は?」
唇を強く噛みしめ答えに詰まるラドルフの沈黙がひどく長い時間に思えてロビンは彼の頭の中に答えがひとつしかないことを知る
ラドルフは何も答えることがないままゆっくりと首を横に振って、視線を落とすのみ
「あああっ‼」
と高い声を上げたリィナは一瞬ふらりと身体を揺らし、剣をだらりとさせてゆっくりと顔を上げた
虚ろだった瞳に弱い光が戻り、へらへらと笑いを浮かべていた口元はきゅっときつく結ばれて耐え抜くように力が込められている
「お兄様。私ごと、殺して。今なら、剣も封印も壊せる、から。」
額から汗をにじませ中にある何かと抗い、戦うようにして苦しそうに息を吸う
「お兄様、早く・・・。」
苦悶の表情を浮かべながらもどこか穏やかな口調で、リィナはロビンを見た
ロビンが良く知った柔らかい一輪の花が咲いている
風に揺れれば簡単に折れてしまいそうにか弱くてたおやかで美しい優しい花
兄のためにと自ら身を捧げ、喜んで殺されようとする
馬鹿げてる。アホで、マヌケで、とんだ勘違いだ
俺はそんな風にリィナを使いたかったんじゃない
最初は何か役にたつかと、利用できるかと思った。本当に妹にしたかったわけじゃなくて、姉様も母様もそして父様もいなくなってふいに出た言葉が『妹』だっただけだ
封印を解きたいなんていつ言った
お前を身代わりにするなんていつ言ったんだよ
俺はリィナと穏やかにここにいられれば良かった
本当の妹として傍にいて欲しい。ただそれだけで、他に望むものも望むこともなかった
陽が陰り薄暗い中で剣が放つ光がリィナを煌々と照らして妖艶さを際立たせている
汗のにじんだ額や髪に夜風がひゅうっと吹きつけて青々と生い茂った長い丘の草とリィナの長いスカートがふわりと揺れた
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