第23話 ダンスの練習の成果

さて、問題のパーティーはというとー

大広間に50人ほどの招待客がひしめいて、さらに使用人たちもせわしなく動き回るのだからざっと100人は超えているだろう


「リィナ。とても美しいよ。君はやはりわたしの運命の人。」


赤ワインを片手に、流し目でライアンが30分に1回。いや、15分に1回ぐらいか。はじめはそこそこ嬉しくても、あんまり言われ続けると辟易するものだ


ライアンは私の腰に手を回したままあっちへこっちへと連れてまわるので気も休まらないし、酒はさすがに断ったが会場の熱気と人の多さで気分も酩酊する


少しバルコニーへと思っても、主役だけにどさくさにまぎれて抜けられる隙もない


魔王城でも時々パーティが開かれてはいたが、お兄様は中央にどがっと座って、挨拶に訪れる魔物たちへ涼しい顔で一言二言沿える程度で、自分からあっちへこっちへ動くことは無く、それでいて全員の名前を覚えているのだからさすがとしか言いようがなかった


時折、

「おい、リィナ。役目を果たしてこい。」

と言われ、来客者の元へ笑顔で向かう


兄のいう『役目』とは俺の代わりにニコニコして来いという意味だ

来てくれた方々に笑顔を振るまって、適当に会話を交わし、親交を深めることにはある程度慣れていたはずだったのに


今日はどっぷりと疲れが溜まって、頭も霧がかかったようにぼんやりと重くすっきりしない

慣れない衣服のせいか、それとも隣にいる人のせいか。あるいは両方か


美しい弦楽器の演奏がゆったりと流れ、人がごった返しているにも関わらず、穏やかな雰囲気さえ感じられる

ライアンは、曲が変わったと同時、椅子からすうっと立ち上がると、リィナへ手を差し出して


「さぁ、リィナ。踊りましょう。」

「お、おお、踊りっ?私、踊りはあまり・・・」

「大丈夫です。私の手をとって。」

リィナが手を添えた途端、ライアンは軽く礼をして、リィナの腰に手を回し身体を寄せる


「え・・・ちょっと。」

「上手いじゃないですか。」

流れるような動作で足や手を動かすライアンにリィナは必死についていく


だって、練習してきたもの・・・・


ラドルフに「勇者に嫁ぐのであればきっといつか必要になりますから」と教えられた踊りだがなんとか様になっているようでほっと胸をなでおろす


しかし、細身のラドルフよりも力強い腕も、太い指も、当たっている身体の温かさも慣れなくてぎこちない。ラドルフはもっと単調で形式的だった。私と踊りたいという前のめりの意志が無いのだから当たり前かもしれないが、強く引き寄せられる腰元も見下ろす情熱的な視線も、視線が合うたびにこりと微笑して返すところも練習とは違っていて心が乱れていく


その乱れは良い方向にだろうか。

彼の温度を感じて、彼の情熱を間近で感じて、私は、私は、とても、

「とても、幸せです。ライアン様。」

「あぁ、私もだよ。リィナ。」


踊りの練習の途中、ラドルフが言ったのだ

「リィナ様が今、どなたと踊っているところを想像なさっているか、当てて差し上げましょうか。」

「いや、いいよ。そんなの。全部わかってるくせに。」

リィナはバツの悪そうに顔を逸らす


ラドルフにはおそらく、自分が気づくよりも先に知られてしまっている

全てを見透かしたような彼の目の奥は少しだけ恐ろしいのだ


それをダメとも言わない、けれど背中を押すわけでもない

その証拠に彼は今現在もこうして、ライアンと結婚した先で必要になるからと踊りを教えてくれている


「踊ったら最後に、途中でも構いませんが『とても幸せです。』と添えること。いいですね。踊っていれば息も上がって、頬も染まり、それなりになるでしょう。」


ラドルフ先生。貴方のご指導は満点だったようです

肌を合わせれば自然と言葉が出ると思っていたのに、練習していて良かったと思えてしまうのは胸がざわめかないからだ


違う。違う。求めていたものとまるで違う

触れて欲しい手はこれじゃない。添えて欲しい腕はこれじゃない

もっと冷淡で美しい人だった、どこか寂しくて底知れなくて凛々しい


あまり話さなくてそれでも傍にいると心が安らいだ。不器用な笑顔も、じぃと考え込む横顔も全てが煌めいて尊かった


違う人の隣にきても消えてくれない。むしろもっともっと欲しくなって、もう手に入らないのだと実感して痛い


不謹慎ですね。最低な妻ですね。こんな私ではお兄様も愛想をつかしてしまうでしょうね

終わらせてくれたら良かったのにな。貴方の力で、私を滅ぼしてくれたら、全部失くせてしまえたら幸せだったのにな




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