第24話 隣り合って・・・・何を

ようやくパーティーも終わり、苦しかった衣装も脱いで、身を投げるようにソファに身体を埋めたリィナは襲い来る猛烈な疲れと睡魔に襲われてぼんやり窓の外を眺めた


窓の外では月が暇そうにぽっかりと浮かんでいて、燦燦と注ぐ青白い光りは磨き上げられた大きな窓からもたっぷり差し込んで長かった一日のことをリィナはゆっくりと思い出していた


朝、お兄様たちと別れてここに来たのがもう何年も前のことのように思われる

もうこのまま重い瞼に誘われてここで眠ってしまおうかと、長い瞬きを幾度か繰り返してリィナはハッとした


ま、まだ大仕事がひとつ残ってた!


風呂に入ったあとやけに丁寧に化粧水や保湿液を全身に塗りたくられて、凝っているだろうからとマッサージを施され、甘い香りのする香水まで振られたのはおそらく


あーあー、なんで寝室一緒なんだろう

簡易ベット置いてもらえばよかった

こんな疲れてる日ぐらいひとりで広々と寝たいようおうおうおう・・・・


城に来て1日目で寝室をボイコットしてこっちで寝るわけにもいかないだろうし、かといって丁寧に断りを入れるのもなんだか

そこまで迫っていた睡魔はあっという間に明後日のほうへ飛んで行ってしまい

今はむしろ目がさえているくらいだ


着心地の良いパジャマも、「これでいきましょう」と強めに推された下着も、きっとこのために

はぁ・・・と深いため息をつきながらもリィナは義務感に襲われて寝室へと向かった


濃い茶色の扉の前で一呼吸、大きく息を吸い込み覚悟を決めて部屋の扉をノックする

「あの・・・リィナです。」

「どうぞ。入って。」

中から聞こえたのはライアン、その人の声だ

静かに扉を開けて一歩、部屋の中へと踏み込むとライアンはすでにベットの右端で仰向けになていた


「今日は疲れたでしょう。」

「え・・・あぁ、まあ少し。」


いつも緩やかになびかせている茶色の髪は少しばかり落ち着いていて、ほのかに甘い香りも漂っている

間接照明で照らされただけの部屋はほんのりと明るいのみで、カーテンで仕切られ月の光りも差し込んでいない


部屋には入ったものの扉の前で立ち尽くしたまま動けないリィナへ

「こちらへ、どうぞ。」

ライアンはベットを優しくぽんぽんと叩いた

「あ・・・はい。」


大きなベットの端にちょこんと転がったまま棒になっているリィナの傍に、ライアンは少しだけ近寄ってこちらを向いた


「どうだった?今日は。」

「なんだか嵐のような1日で、もう何がなんだか。」

正直に漏らすリィナにライアンは優しく笑って

「明日からは少しゆっくりできると思うから、疲れを癒すといいよ。」

ほの暗い中で見えるライアンの表情はいつもより柔らかくて、こんな状況だというのに不思議と恐怖はない


「ごめんね。心を決めてくれたのに初日からこんなに振り回してばかりで。」

「いえ・・・。」


確かに振り回されてばかりだったが悪いことばかりだったわけではない。広すぎて覚えていないが城のどこかに飾られてあった『退魔の剣』が本物とそっくりな姿で、この城に存在している

そして、その剣に触れた勇者ライアンがその声を聞けるというのは大きな収穫だと言っていい


けれどあの剣を知っているのは、あの時城にいた魔族の皆とラドルフ、お兄様、そして、私しか知らないはず

魔王を殺し損なって、あの地に磔にしたのがライアンだというの?

いいえ、違う。あの時の勇者は、先代の魔王とその戦いで亡くなっているはず

ではどうして・・・


「リィナ?どうかしましたか?疲れました?」

「はい、すいません。少し。」

ライアンはゆっくりとした動作でリィナに近づいて、背中に片方の手を背中に回した


腕と手の温もりが背中からじわりじわりと伝わり上がってきて、頭にまで血が上る

ふたりきりのベットで、こんなに近くに・・・


これはもう、とぎゅうっと目をつぶって次の触感を待つリィナだが、いつまで経っても次はない

おかしいな。と思ってうっすらと目を開ければ、ライアンも瞳を閉じて睡眠の体勢に入っている


「あの・・・・」

「はい。」

「寝るんですか。」

「はい。寝ますよ。」


私は何を想像して、身体を固くしたというのだろうか

少し恥ずかしくなって口をつむぐリィナにライアンが続けた


「姫が強くご所望であればナニかをしても良いのですが。今日は私も疲れておりまして。」

「あ、そう・・・ですか。」


リィナは少し安堵してほっと胸をなでおろした

では疲れていなかったら?

明日は、明後日は、毎日ライアンが疲れているとは限らないしいつまでだって逃げているわけには


「リィナが嫌だと言えば、わたしは絶対に強要はしません。だからきちんと本音を話して。わたしはいつまでだって待つから。」

リィナはライアンに抱きしめられた形のまま、小さくうなずく

「もう少しだけ、近づいてもいい?」

「は、い。」


返事をした瞬間、リィナの背中が強い力で引き寄せられて、さっき踊りを踊った時よりもライアンが近くなる

ライアンの体温によって温められた布団はひどく熱を持っていて愛おしそうに胸の中へ抱きこめるライアンは先ほどの力強さとうって変わってとても柔らかくて優しい


「好きだよ。リィナ。本当に。妻になってくれたこと、とても感謝している。」

ライアンはゆっくりとリィナの頭を撫でて、ささやくようにそう言った

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