第4話 熱い気持ち
「は・・・・・?」
急にどこからともなく現れてこの男、どこの国の誰とやらも知らぬ彼は唐突に結婚を申し込み、さも当然「はい、喜んで。」と取ってもらえるだろうと予測した右手をリィナへずいとさらにダメ押しで寄せる
リィナはただただ唖然と硬直したまま、周りのほうが先にざわつき始め
ライアンと名乗った勇者も伏せていた顔を上げて餌をもらえなかった子犬のような悲しい目をリィナへ向けた
「もしや、すでに素敵なフィアンセか旦那様がおられて?」
いつまでも手を取らないリィナに困惑したのか、藍色に染まった瞳はあきらかにげんなりとして萎えている
「い、いえ・・・」
そういうことではないのだ。結婚相手がいるとか、決まった人がいるというのではないけれどもふらりと来た街で、誰とも知らない者に急にプロポーズをされてもどうしていいのか見当もつかない
「それならば・・・いえ、急な申し出、大変失礼いたしました。あまりにも見目麗しく、この胸からほどばしる衝動に自分を律することができませんでした。レィディ、まずはお名前を拝借したく。」
一転、嬉々とした表情に戻った男は張った声でリィナに問いかけた
リィナは自分の名前を見ず知らずのこの男に開示するか悩み、そして、本名を打ち明けるかそれとも偽名を使うかで悩んだ末
「リィナ、です。」
と本名を明かした
名前だけなら、気づかれることはないだろう。
彼が私に突然声をかけたのは、偶然なのか?それとも、どこかで私の顔を知っていてのことなのだろうか
それに彼は今、自らの称号を『勇者』だと言わなかったか
彼が本物の『勇者』なのだとしたら、敬愛するお兄様の敵ということになる
「リィナ様、まずはお近づきの印にこちらを。」
彼ーライアンは剣に結んでいた赤い布をさっとほどいてリィナの手の中に収めた
端のほうに彼の名前が記されたその布は彼の名刺代わりとも成り得る代物なのだろうか
鮮やかな赤色の中にすすのような黒い汚れがところどころにみられるのは激しい戦果を潜り抜けてきたぞという己の誇示か
「代わりに貴方の物も私にいただきたい。今夜貴方を思い出しながら月に祈りを捧げ眠りにつけるように。」
「はぁ。」
ライアンの熱さに圧されながらリィナは歯切れの悪い返事をかえした
「ではその首にさげていらっしゃる銀のアクセサリーを」
ライアンが最後まで言い終わらないうちにリィナは慌てて手を振って拒否を示す
「いえ、これは、ダメなんです。これは差し上げられません。」
親指ほどの銀の板にいくつか文字のような模様が記入されたそれは太陽の光を帯び、のど元に密着していてもなお静かな冷たさを残したまま首に重く巻き付いている
「そうですか。では・・・」
ライアンが素直に引き下がってくれたのにリィナは安堵しながら、先日市場で自分で買った組紐のブレスレットを差し出した
「これを。」
ライアンはリィナが置いた細い紐を神々しいものを見つめるように興奮した顔で見つめ、そして荒い鼻息をたてながら握りしめた
「ありがとう。リィナ様。また明日、この時間にここで会えますか。返事は急がなくてもかまいません。今しばらく逢瀬を重ね、親密な関係を築いてからでも結婚は遅くはありません。どうかライアンに慈悲深い愛を頂ければ恐悦至極にございます。」
ライアンは恭しく首を垂れてから別れを惜しむようにリィナの顔をじぃっと見つめ仲間と共に仰々しく去って行った
まさに嵐がリィナを襲って大きな爪痕を残して遠のいていく
なんだったんだあの男は・・・・
再び店を構えて商売をする気分にもなれず、リィナはそのまま早めの店じまいをして今日の商いを終えた
帰る支度をし、荷物をまとめていたリィナの元へ幾人かの顔見知りの女性が駆け寄ってきて自分のことのように嬉し気にリィナを称える
「見染められるなんてすごいじゃない。中央の街の勇者様だよ、彼は。私も顔は初めて見たけどね、軍に入隊した息子と同じエンブレムをつけてたから間違いないよ。」
「やっぱりほら、綺麗だし、売ってる物もいいからさ。中央の街まで噂が広がったんだよ。怪我や病で臥せったときに支えてあげられる立派な嫁になるんだよ。」
「我が娘のように嬉しいねぇ。この町から勇者の妻が出るなんて。さぁ、ほら早く帰って支度を整えなよ。」
ーあの・・・まだ私、嫁ぐなんて一言も言ってないんですけど。
それに、私には
叶わないけどそれでも愛してしまった人がいるから
勇者と対極の存在、魔王が、ね
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