第49話 ライアンの本音

首筋にまわされた太い腕と、シダーウッドの香水、そしていつも甘く私を呼ぶ声

「ライアン。それがあなたの本音ですか。」


唐突な結婚話に、急かされた婚姻届け、私を監視するかの如く要所要所で目を光らせるメイドたち、開けられた形跡のある私の荷物

何かがおかしいと思っていた

きっと、私を魔王であるロビンお兄様の妹だと知ってのこと

一目ぼれだなんて真っ赤な嘘だ。私の身体から漏れた妖気ででも気づいたのだろうか


「まぁ、リィナのことは本当に綺麗な人だと思ってるよ。村人Aなら、僕の秘書にしてあげても良かったんだけどね。」


ライアンはゆっくりリィナの首から刃物を離し、向き合ってにっこりと笑うと、尖った刃物の先をリィナの顎に沿わせて、ほくそ笑む


「あぁ、綺麗な顔に傷が入るのってやっぱり、趣がないかなぁ。」

ライアンは短剣の刀をリィナの頬にぺちぺちと当てて、なんだか楽しんでいるようにすら感じられる

「あなたの目的は、私ですか?」


はじめてロビンお兄様と出会った時とは違う、首に当たっている刃物からも、彼の腕からも冷たい氷のような殺気は感じられない


「いいや。僕の目的はね、」


『魔王の暗殺』


彼からその言葉がこぼれれば、相打ちになってでもライアンを刺し貫く

リィナはライアンの左腰に携えられた大剣をじぃと見つめ、彼の出方を伺った


「その1。リィナを惚れさせて、僕の思い通りに動いてもらう。

その2。リィナを薬漬けにして、僕の思い通りに動いてもらう。

その3。リィナを脅して、僕の思い通りに動いてもらう。

僕は優しいから、本当はその1でいきたかったんだけど、ほら、もう冷めちゃったでしょ?だから、2か3か。リィナが選んでいいよ。」


ライアンは悪びれる様子もなく、肩をすくませた


「思い通りって、何をさせるつもりですか。」


「そりゃ、もちろん。」

とライアンは満面の笑みを浮かべてさらに続けた

「魔王城ってさぁ、結界が強くって全然踏み込めないんだよね。入っても入ってもすぐ振り出しに戻ってきちゃって、全然魔王のところまでたどり着けないんだ。だけど、リィナなら行けるでしょ?魔王に認められた人間だもん、ねぇ?」


魔王のところへたどり着いて、彼に何をしようというんだ

私を利用して、ライアンは、やはり


「じゃあとりあえず3番にしといてみようか。もし、俺に逆らったら、君のお友達のあのおじいさん。殺しちゃおうかな。君の大事なお友達の魔族もみーんな、もっと、もっといじめちゃおうかな。」


「やめてください!彼らは、魔族は、人間と同じ感情を持った生き物です。殺すだなんてそんな物騒なこと、きちんとお互いに向き合って理解し合えば、ちゃんと分かり合えます。」


リィナは強い眼差しでライアンを睨みつけたが、彼はめんどくさそうに肩をすくめへらっと笑っただけで、リィナの言葉は彼に何も届きはしない


「リィナの中に『退魔の剣』が宿ってるって噂も、本当だったみたいだね。僕の城に飾ってある『退魔の剣』を見たときの、リィナの血の気の引いた顔。一発で分かったよ。僕を殺すために送り込んだアサシンがその演技じゃあ、ちょっと、お笑い草だね。」


「殺すって・・・・。」

「それとも本気で結婚しに来たの?馬鹿なフリしてリィナを人質にとる作戦にまんまと乗ってくれたわけだから。大マヌケだよねぇ、おたくの魔王様は。」


尊敬する兄を侮辱され、リィナは握っている拳に力がこもる


「どうせ、僕を殺すまたとない好機だと思ってリィナを嫁がせたんでしょ。飛んで火にいる夏の虫はそっちだってのに。」

ライアンはリィナを見て、またにやりと笑い、首筋にそっと手の甲を滑らせて耳元に顔を近づけてささやいた


「勇者撃退の道具にされちゃって、可哀想にね。でも大丈夫。リィナは人間だから、勇者の僕が手厚く保護してあげるよ。」

「いりません!私は道具になんてされてません。彼は、貴方と違って卑劣な人ではありませんから。」


リィナにぐっと近づいたライアンを押しのけ、知りもしない、分かろうともしない魔族を、馬鹿にするのはやめろと強く反論しようとした喉元へ、鋭く尖った刃が垂直に構えられる


「リィナさぁ、自分の状況わかってる?君の首なんて、僕が本気になればすぐに飛んでしまうんだよ。それとも痛い目に合わないと分からない?」


リィナは静かに口をつぐみ、一呼吸おいてから静かに尋ねる

「ライアンの目的は、何ですか。私を利用して何がしたいのですか。」


ライアンは満足げににこりと笑って答えた

「そりゃあもちろん。ー




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