第50話 偽装結婚
「『魔王の暗殺』。」
ライアンの冷たい言葉にリィナははっとして、彼の腰元にある大剣に腕を伸ばしたが、すぐにライアンは言葉を付け足す
「って、言うと思った?」
ライアンは、リィナの驚いた表情を満足げににやりと眺める
「僕はねぇ、魔王の首になんて興味がないんだよ。生首なんて飾っておいたって気持ち悪いだけでしょう。僕の趣ある城には合わない代物だねぇ。」
リィナの身体の中の剣を利用し、ロビンを殺させるのだろうという予想が外れ、リィナはほっとすると共に彼の本当の目的を計りかねる
「じゃあ、なにを。」
「僕が欲しいのは『魔王の権力』。魔族を束ね、たった一言で彼らを掌握してしまう、圧倒的な権力が欲しいんだ。」
「権力、ですか。」
ライアンはコクリとうなずいてさらに続けた
「魔王の封印が消えてから、約10年。長らく待った甲斐があったよ。ばらけていた魔族の権力が今はほぼ魔王に集中してるって噂じゃないか。では今、魔王さえ抑えられれば魔族はほぼ僕の思い通り。すごく魅力的な話でしょう。」
ロビンお兄様の封印を解いてから、彼は魔王として魔族の統治に注力し、今や魔王を中心とした集中統治体制を敷いている
ロビンがリィナの身体を犠牲にし、自らの身体の自由を謳歌して成し遂げた偉業だが、ライアンはその情報すらも手にし、ロビンの功績を横取りしようというのだ
「魔族に何をさせるつもりなんですか。」
「ひとまずは、労働力と兵力かな。人間よりも力が強くて身体も丈夫だから、一般的な人間の3人分くらいは働いてもらえそうだし、人をかき集めるよりもかなり効率的だよ。」
効率などと道具のように彼らを示す言葉遣いにリィナは怒りを覚えた
それに、この暗く閉鎖的な牢に閉じ込められている魔族たちのような扱いをするつもりなのであればいくら丈夫な彼らとはいえ、健康的な生活とは程遠く、誰もが皆干物のようにやせ細り血色の悪い顔色をしている
「魔王を殺す気は、無いのですね。」
「そうだよ。殺しちゃったら、利用できないでしょ。そのための君なんだからさ。でももし裏切ったら、その身体の中の剣で殺させるからね。」
ライアンの言葉に温かみはなく、握る短剣が常に首元に添えられているような、そんな気分だ
どうにかこの城を脱出して、兄やラドルフに助けを求めようかという考えが頭をよぎった
何かあったら絶対に助けてやる、いつでも帰ってきていいと言ってくれたのはロビンの本心だろう
私の帰る場所は、私の家族は、仲間は彼らだと胸を張って言える
だけど、
「ひとつだけ、お願いがあります。私と幸せな結婚生活を送ってください。」
もう帰れないんだ。ロビンお兄様のところには
彼を殺す怪物はライアンではなくて私自身だから
抑えるのが限界だった『退魔の剣』はライアンの傍にきてから、ひっそりとなりをひそめ魔王を殺せと血が騒ぐことも頭の中に大鐘を鳴らすこともなくなった
きっと、魔王城に帰れば私はいつかお兄様を手に掛けてしまう
「約束の10年はもう過ぎたから、リィナになら喜んで殺されてやる。」なんてお兄様は笑って言うんだもの
私は、どんどん剣に負けていく自分が情けなくて、悔しくて、辛くて仕方ない
「その理由は?」
「魔王は察しの良い人です。私が脅されていると分かれば、あなたの考えている魔族との関係を築く作戦は破綻するでしょう。私と偽りの愛情を育んでいれば、彼の目はいくらかごまかせるはずです。」
ライアンは少し考えるそぶりをみせてから
「なるほど。では、そうしよう。」
とうなずいた
「だけど、リィナには何の算段がある。僕と偽りの結婚生活を続けて、何を企んでいるんだ。」
「魔族と、理解し合えると証明してみせます。あなたが魔族を奴隷のように扱うのを傍で止めますから。」
ライアンは馬鹿にするように鼻でふっと笑って
「ほう。出来るものなら、やってみるといい。」
と肩をすくめた
「じゃあ、リィナ。ここでの話は私たちだけの秘密ということで、ここを出たらまた愛し合う夫婦に戻ろうか。」
ライアンは剣を収め、代わりに右手を恭しく差し出した
はじめて街で出会ったときのように、舞踏館にいる王子様さながらそっと手を出して首を垂れた
「はい、よろしくお願いします。」
リィナはライアンの手をしっかりと握り、礼をする
これは自分と、そして一番大切な人を守るための契約
宿敵である勇者が魔王の元へ走るのを阻止し、そして、自らの剣を眠らせておくための新たな同盟だ
私は貴方がずっと、安心して笑っていてくれることが何よりの幸せなのです
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