第10話 180℃変わった生活
昨夜は暗さと恐怖であまり見えていなかったが、普段使っている布を重ねただけの固いベットやボロ布を縫い合わせただけの衣服とはまるで違う
ふかふかでやわらかく大きなベットに、柔らかな質感の色鮮やかなワンピースだ
服のとことどころにも装飾やレースがあてられ女の子らしい可愛らしいデザインとなっている
このひと部屋だけでリィナの家の半分は入ってしまえそうなほど広い空間を悠々と使い、ところどころに可愛らしい人形や装飾品も見られる
部屋も隅々まで磨き上げられ蜘蛛の巣ひとつ張っていないし、窓ガラスにひびのひとつもない
それに昨夜は隙間風の甲高い音に悩まされることが一度も無かった
一度地獄にも落ちたが、今は少しだけお姫様にでもなったような不思議な気分にすらさせられる
真新しく優雅な洋服も、ゆったりとした豪華な食事も羨ましく眺めるだけだった
彼らが踏んだ床をあかぎれでぼろぼろになった手で雑巾がけするか、食べ残しのおこぼれをようやくいただける程度
ふかふかのベットで眠るお嬢様の部屋に呼ばれることはあっても決してそこで眠ることは無い
羨望の眼差しで見つめるだけ
手に入らないと分かっているのに、それでも、一度でもいいからあちら側になってみたくて
夢は夢のまま。目を覚ませば現実は、掃除と皿洗いと洗濯に追われる毎日だ
リィナは不思議な高揚感に包まれて、けれど自分の役割もしっかりと忘れずにそっと部屋の扉を開けて廊下に出た
長い廊下には幾人かの使用人が床を掃いたり、窓を磨いたりと忙しく手を動かしている
彼らは魔物と言っても人と変わらない容姿をしており、禍々しい雰囲気は感じられない
争いごとのさなかというわけではなく、ただ日課の掃除にいそしんでいる姿は魔物だと言われても恐ろしさ感じ得ない
リィナは窓を拭いていた女性の使用人のひとりにそっと近づいて
「あの・・・わたしにもやらせてもらえませんか。」
と声をかけた
リィナの申し出に驚いた表情を浮かべた彼女は首を横に振って
「これは私たちの仕事だから。」
と愛想笑いを浮かべてやんわりと断りをいれる
「でも、綺麗なお洋服もふかふかのベットでも寝かせていただきました。何かお返ししなければ、私は怒られてしまいます。」
リィナの家系は代々使用人だ。そこそこの良家に食べて寝るのが精一杯というだけの賃金を貰って日々の暮らしをやりくりしていた
リィナもまだ駆け出しではあったが幼いうちから簡単な雑務をこなして家族を助けていたのだ
「良くしてもらったら、返さなければ罰があたりますよ。」と母は何度も私に教え、そして、その言葉通り懸命に注意深く働かなければお給与はもらえない
まずはこの洋服と寝かせてもらった代金、そして食べるものを得られるだけのお給与をもらわなければ。
リィナは今日を、明日を、1日でも長く生きられる方法を考えた
使用人の女性たちは「やらせてください」と言って聞かないリィナにしぶしぶ雑巾を差し出して、廊下の窓を拭いてもらうようにと指示を出した
リィナの身長ほどもある大きな窓からは朝の清々しい日差しがたっぷりと城の中まで差し込んでいる
リィナは固く絞った雑巾を片手に必死に手を伸ばし窓の隅々まで丹念に磨く
窓ふきは毎日かかすことなく行なっている業務だ。手慣れた様子で窓ふきに没頭していると、ここが魔王城であることも、昨夜魔王に捕らえられたことも、家族と離れ離れになったことも、頭の片隅に吹かれて少しばかり気が晴れる
けれど首にかけられた冷たい銀色の金属板は、魔王の物になった証としてしっかりリィナの細い首に巻き付いて得も言われる重みを肩に感じた
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